冒頭の話し方ですべてが決まる! 人を動かす話し方
人を動かすときに「傾聴」は必要ない?
私は営業のコンサルタントです。一般企業の現場に入って実際に結果を出すことを支援目的としています。コンサルティング事業が本業ですが、オープンセミナーも各種取り揃えており、「話し方講座」「コミュニケーション研修」なども数年前から実施しています。受講者の多くは一般企業の営業。ただ「コミュニケーション」は多くの人にとって関心の高いテーマですから、企業経営者、管理者、事務方まで幅広い層の方々が来られます。
世の中には多くの「話し方講座」「コミュニケーション研修」が存在しますが、私が他の講師の方々と違う点はただ一つ。その話し方で相手を動かすことができるか、という一点のみです。流暢に話ができるか、スマートにプレゼンテーションできるかということは二の次です。
研修はその場で終わるのでいいのですが、現場に入ってコンサルティングする場合、クライアントの営業には本当に「人を動かす話し方」ができてもらわないと困ります。そういう意味で、多くの人が、人を動かす話し方について勘違いしていることを挙げます。それは「傾聴」です。「相手の話を聴く」ということ。
これまでに「部下の言うことに耳を傾けなさい」「お客様のニーズをしっかりと聞きなさい」と指導されてきた人にとっては抵抗がある提言ではないでしょうか。こちらの一方的な喋りで人の行動を変えようだなんて、考えが古すぎる、と受け止められる方もいることでしょう。教科書的にはそうかもしれませんが、現場に入って本当に結果をだそうとすると、「傾聴」という考え方が邪魔になることが多いのです。
傾聴が必要なのは「ペーシング」プロセス
人を動かすうえで、重要なことはまず相手との信頼関係(ラポール)です。日頃から、お互いの利害に関係のないような他愛もない話をし、親密な間柄になるためのコミュニケーション(ペーシング)は、とても重要なファクターであり、そのペーシングプロセスにおいて相手の話に耳を傾ける行為はとても重要です。「傾聴」する姿勢そのものが相手に与えるインパクトが強いからです。
ただペーシングは、あくまでも相手を動かすためのコミュニケーション(リーディング)の前段階であるということを忘れてはなりません。いざ相手を動かそうとするときの話し方に、傾聴は必要がないし、かえって逆効果になることがあるのです。
相手の中に「答えがある」という誤解
それではなぜ「傾聴」をしないほうが人を動かすことができるのか、その理由を知識、法則、能力の3つの視点から紹介していこうと思います。
1)正しい知識
2)一貫性の法則
3)コミュニケーションスキル
まず話し手と聞き手と分けたとき、「正しい知識」を所有しているのはどちらか、ということについて考えてみましょう。営業とお客様という関係であれば、お客様よりも営業のほうにその道のプロとしての知識がなければいけません。お客様が営業に求めているのは、「話し相手」ではないのです。困っていることを解決するための策を期待しているのです。
上司と部下の関係でも同じ。「コーチング」がビジネスの現場で機能しづらい2つの理由でも書いたとおり、部下の中に答えがあるかというと、そうではないケースが多々あります。「最近、仕事に対する意欲が落ちているように見えるが、君はどうしたらいいと思う?」と聞いて、相手はそのための解決策(つまり正しい知識)を持っているのでしょうか。そのように質問されても困る部下がほとんどであり、どうにもならなくなって「やりたいことが見つからない」などいった、その場のしのぎの答えを誘発させてしまうのです。
相手に対して「解決策」や「ニーズ」を「聞く」ということは、質問した側が無策であるということを暴露しているようなものです。リーディングプロセスに入っても「何かニーズや要望はありますか?」と質問するということは、お客様に対して何も関心がないし、お困りごとを解決したいという意欲もないということです。そのような営業を目の当たりにしたら、事前にそれぐらい掴んで訪問に来い、我が社の現状を踏まえたうえで提案しにこい、というのがお客様の本音でしょう。相手を動かすためには、話し手がまず「正しい知識」によって裏付けられた「答え」を持っていることが前提です。
(コラム圧倒的な「知識」で、人を動かす話し方参照)
引っ込みがつかなくなる「一貫性の法則」
2つ目は「一貫性の法則」です。これは、すでに完了した言動を人間は一貫して正当化したくなる、という心理法則のことを指しています。間違いだったと後でわかっても、口にしてしまった以上は後にひけなくなったという体験は誰にでもありますよね。これが「一貫性の法則」と呼ばれるものです。
世の中には「イエスバット法」など、応酬話法と呼ばれるコミュニケーション技術が多数あります。ディベートの技法は相手の発言内容に対してどのように返すべきかを教えてくれるテクニックです。しかし前述したとおり、人は「一貫性の法則」が働いてしまうことが多く、いったん口にしてしまったことは撤回しづらいものです。したがって、もし相手の中に答えがなく、曖昧な表現をされたあと、話し手が相手に反論しようものなら、たとえ反論内容が正しくとも、その「姿勢」そのものが相手に違和感を与えてしまうのです。せっかく構築した信頼関係も崩れてしまうかもしれません。
ですから、明確な答えを持っていない相手、もしくは明らかに間違った考えを持っている人に対して、相手がどうしたいか、どのような要望があるかなどと質問するのはオススメしません。そのような相手には「正しい知識」でもってティーチングが必要だからです。
相手が気づかないうちに誘導するスキル
最後は「コミュニケーションスキル」についてです。相手がどのような発言をしようが、それを肯定しつつも、こちらの考えを受け入れてもらえるようリーディングするテクニックは存在します。しかし、詐欺師やマジシャンを目指している人ならともかく、一般企業に務めている営業や管理者の方々にそのように高度なコミュニケーションスキルを体得するのは難しいと言わざるを得ません。
脳は「刺激ー反応モデル」。外部から受けた「刺激」によって脳のプログラムが作動し「反応」します。この脳のプログラムは、過去の体験の「インパクト×回数」でできあがっています。つまり、どのような刺激を受けてどのような反応をするかは、相手の過去の体験によって左右されるため、厳密には誰も予測できません。
予測不能な「反応」にもすぐその場で適応し、臨機応変に打ち返せる人もいますが、相当な訓練をした話者か、天性な感覚を持っている人であり、再現性がとても乏しいのです。つまり普通の人では真似できない技能であるということです。
日本人は自分の意思を強く前に出さない
また、もっと基本的なこととして、そもそも相手が話をしたがるか、という点も見逃せないポイントです。統計的にとらえると、お客様や部下という立場において、自分のこと(自社のこと)を率先して話したがる人は少数派です。特に日本人は顕著です。たとえお互いの関係が正しく構築されていたとしても、
「御社の経営においてどのようなニーズがございますか?」
「最近、残業が増えているけれど、何が問題なのかな?」
と質問されて、積極的に話そうとする人は少ないと言えるでしょう。くどいようですが、相手を動かそうとする以前に、関係構築のプロセスは不可欠です。もしも相手が積極的に話したがる人はであれば、関係を構築している段階で相手が勝手に意思表示をしてくれるものです。つまり、相手の問題意識が高く、現状を打開したいという積極的な姿勢があるなら、リーディングプロセスに至る前に具体的に話が進んでしまうものだということです。ところがほとんどのケースにおいて、相手はそのような意思表示をしてくれません。だから多くの人はコミュニケーションで悩んでいるのです。
「プリフレーミング」で人を動かす
それでは傾聴することなく、相手を動かすにはどのようなリーディング技術が必要なのでしょうか。「プリフレーミング」とは、話し手が最初にフレーム(枠組み)を作り上げて相手を誘導するコミュニケーション技術です。聞き手の視点を焦点化させること、お互いの話す範囲を限定化させることができます。それではプリフレーミングする内容と手法について以下の3つのポイントに沿って解説します。
1)プリフレーミングする内容
2)言い訳データベース
3)マイフレンドジョン
「プリフレーミング」するときの内容はずばり「相手がどうすべきか」です。冒頭からストレートに「あなたはこうすべきだ」という「答え/解決策」を伝えるのです。(伝え方は後述します)圧倒的な「知識」で、人を動かす話し方で書いたとおり、なぜそうすべきなのか、統計データなどを元に話を組み立てると「社会証明の原理」という心理効果が働き、信用力が増します。さらに前述コラムにも記した「第2の知識(体験からくる理解)」は、知識に厚みをもたせてくれます。その行動を選択した後にどのような想定外のことが起こりうるか、その後どのような展開が待っているかまで話ができると非常に効果的です。
次に、代表的な反論や言い訳も冒頭で潰しておきます。「このようにお話をすると、よくこういう反応をする方がいますが、それは勘違いなのです。なぜかというと……」と言って相手に反論や言い訳をさせないよう事前に布石をうっておきます。
最後に、プリフレーミングするときの「話し方」について触れます。技法は「マイフレンドジョン」を使いましょう。「マイフレンドジョン」とは、知人を介して聞いた話の中に、相手をイメージ誘導させたい内容を意図的に含ませるコミュニケーション技術。「私の友達のジョンから聞いた話なんだけど」という言い方です。慣れないとわざとらしく聞こえてしまうので練習は必要です。ただ、練習によって体得できる技術ですので再現性があるのが良い点です。前述した応酬話法とは根本的に異なります。
この3種類のポイントを押さえて例文を紹介します。
<上司と部下の会話例>
「いやァ、まいったよ。このあいだ、取引先の部長が私と飲みたいって言うんで、付き合ったんだけれど、さんざん愚痴を聞かされた。どうも他部署から異動してきた部下が意味もない残業を繰り返し、ホトホト困っているという話だったよ。いま時代はワークライフバランスだ。女性の社会進出など、時代背景を考えたら男性は積極的に家事や育児を手伝うべきだし、統計的にも残業が少ない会社員のほうが仕事効率が高いというデータが出ている。その部下は家庭を持っていないようだが、職場の多くの人が残業をしないよう努力している最中、時間外労働に対して意識の低いスタッフが加わると確かに苦労するだろうなァ。その部長はそうぼやいていたよ」
これは、残業の多さが目に付く部下に、上司が「世間話」的に話した内容です。マイフレンドジョンを使いながらプリフレーミングしています。家庭がない部下ならワークライフバランスに対する意識が低くなってもしかたがないという反論をされないよう「残業が少ない人のほうが仕事効率が高い」「意識の低い人がいると他のスタッフに悪影響を及ぼす」などと布石をうっています。
それに、冒頭で話す内容ですから、聞いている相手は心の準備をしていません。「意味のない残業をしている部下がいるらしいんだ」などと言われ、「お言葉ですが、本当に意味のない残業かどうかわかりませんよ」などと反論できないことがほとんどです。不意をつかれ、「ええ、まあ、そうですね」とか「確かに、そりゃそうでしょうねェ」と答えてしまうもの。いったん話し手の言葉に賛同すると、その賛同したこと自体に「一貫性の法則」が働き、その後、撤回できなくなるのです。「自分も指摘されないうちに、無駄な残業はやめたほうがいい」とリーディングされてしまうでしょう。
このように、マイフレンドジョンを使ってプリフレーミングする流れは、相手の反応次第で臨機応変に変えることではありません。何度も使いまわしができるのが利点です。ですから自然体で話せるようになるまで反復練習をすれば、体が覚えてくれます。これがまさに前述コラムで書いた「第3の知識(手続き知識)」です。
「先手必勝」と書くとキツい表現になるかもしれませんが、相手をリーディングするときは、冒頭に話す内容を変えるだけで、効果はまったく異なります。ぜひお試しください。