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「加熱式タバコ」も「インプラント治療」に悪影響を及ぼす

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 歯科口腔外科の治療でインプラントをする人がいるが、喫煙が治療効果を妨げる要因になってきた。最近の研究によれば、加熱式タバコも同様にインプラント治療に悪影響を及ぼすことがわかっている。

インプラント治療とは

 歯科領域のインプラント治療は、本来の歯の根っこ(歯根)から上、歯全体を失った場合、歯の根っこを人工的な材料(主にチタン)で代替させる歯科治療法だ。この人工歯根を顎の骨に固定することで、ブリッジや入れ歯ではできなかった、本来の歯の根っこの機能を回復することができる(※1)。

 厚生労働省の調査(※2)によれば、インプラント治療を受けているのは、歯の失った部分に人工的な代替をする治療(補綴治療)した患者の中で、1%台(50歳から54歳など)から4%台(65歳から69歳)とまだまだ低い。だが、最近になって一部のインプラント治療が保険適用され、また三次元的にコンピュータ画像処理する技術が進歩するなどし、インプラント治療が身近なものになりつつあるのも事実だ(※3)。

 80歳になっても自分の歯を20本以上保とうという8020運動にあるように、歯を失うと健康を維持することが難しくなり、QOL(クォリティオブライフ)を下げる原因にもなる。インプラント治療は、どうしても歯根から上の歯を失ってしまう患者にとって重要な治療法の一つだ。

失敗する主な原因は喫煙

 だが、インプラント治療は時として失敗する。その原因はインプラントの周囲に歯周病菌などの病原菌が入り込み、炎症を起こすインプラント周囲炎が最も多い。そして、失敗する患者に多いのが喫煙者ということだ(※4)。

 歯科におけるインプラント治療は、チタンという人工的な歯根を顎の骨に埋め込むため、どうしても接触する骨の部分が傷になってしまい、その傷がうまく治るかどうかがインプラント治療の成功に直接つながっている。

 これまで紙巻きタバコの喫煙者で、インプラント治療の失敗例が多いということはわかっていた。ニコチンがインプラント周囲炎を引き起こし、インプラントの周囲の細菌を増やし、傷の治りを阻害したり遅くしたりするからだ(※5)。

加熱式タバコにも失敗リスクが

 では、最近になって喫煙者が増えている加熱式タバコではどうだろう。

 愛知学院大学歯学部の研究グループが、実験用マウスの線維芽細胞(傷の治癒に関係する細胞)をインプラント治療で使われるチタンの板に乗せ、加熱式タバコ(フィリップモリスのアイコス、マールボロ・ヒートスティック・レギュラー)からの抽出物(※6、濃度2.5%と5%)と紙巻きタバコ(同社のマールボロ)の抽出物にさらして比較する実験をし、最近その結果を発表した(※7)。

 それによると、加熱式タバコの抽出液にさらされると、傷の治癒の指標となるマウスの線維芽細胞の細胞遊走が減少し、この細胞遊走の減少は紙巻きタバコよりも加熱式タバコの抽出物のほうが低い濃度(2.5%)で始まった。同研究グループによれば、紙巻きタバコと加熱式タバコでニコチンの濃度がほぼ同じなので、そのせいである可能性が高いとし、加熱式タバコもインプラント治療の失敗の原因になり得るとしている。

 今回の実験はあくまで実験用マウスの細胞を使ったもので、ヒトの喫煙状態にそのまま当てはまるものではない。ただ、紙巻きタバコより加熱式タバコのほうが細胞毒性が強かったという実験結果は、今後のさらなる研究が必要と同研究グループは強調している。

※1:T Albrektsson, et al., "The long-term efficacy of currently used dental implants: a review and proposed criteria of success" The International Journal of Oral & Maxillofacial Implants, Vol.1(1), 11-25, 1986

※2:厚生労働省、「平成28年 歯科疾患実態調査」、2016

※3:菅野貴浩、「広範囲顎骨支持型装置および補綴治療の現状と展望─顎骨再建と歯科インプラントによる治療─」、顎顔面補綴、第45巻、第2号、2022

※4-1:Moy K. Peter, et al., "Dental Implant Failure Rates and Associated Risk Factors" International Journal of Oral & Maxillofacial Implants, Vol.20, Issue4, 569-577, 2005

※4-2:Hui Chen, et al., "Smoking, Radiotherapy, Diabetes and Osteoporosis as Risk Factors for Dental Implant Failure: A Meta-Analysis" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0071955, 5, August, 2013

※5-1:David E. Rothem, et al., "Nicotine modulates bone metabolism-associated gene expression in osteoblast cells" Journal of Bone and Mineral Metabolism, Vol.27, 555-561, 13, May, 2009

※5-2:Ettore Amerio, et al., "Impact of smoking on peri-implant bleeding on probing" Clinical Implant Dentistry and Related Research, Vol.24, Issue2, 151-165, 21, March, 2022

※6:Yoshihisa Moriyama, et al., "Cytotoxic, genotoxic, and toxicogenomic effects of heated tobacco products and cigarette smoke in human primary keratinocytes" Tobacco Induced Diseases, Vol.20, doi: 10.18332/tid/152510, 30, September, 2022

※7:Yoshihisa Moriyama, et al., "Effects of heated tobacco products and conventional cigarettes on dental implant wound healing: experimental research" Annals of Medicine & Surgery, Vol.85(5), 1366-1370, May, 2023

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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