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福島原発事故・1mSvを基準に住民保護を~国連グローバー報告・勧告に基づく政策の転換を

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

先週・5月27日、国連人権理事会が選任した「健康に対する権利」に関する特別報告者アナンド・グローバー氏が、福島原発事故後の人権状況に関する事実調査ミッションの報告書を国連に提出し、日本政府に対する詳細な勧告を提起した。

グローバー氏は、2012年11月に来日し、離日時に記者会見をして政府の対応の不十分さを指摘したことなどが報道されていたので、覚えている方もいるだろう。

この来日は国連の正式な事実調査ミッションであり、政府、東京電力との面会のほか、福島県(福島市、郡山市、伊達市、南相馬市など)を訪れて原発事故の影響を受けた人々から詳細に話を聞き、東京でも自主避難者や原発労働者、市民団体や専門家から話を聞くなど、福島原発事故後の健康に関する権利について、詳細な調査を展開していた。この調査ミッション全体を総括する、正式な報告書が今回国連に提出され、国連人権理事会で討議・報告されたのである。

全文はこちら(英文だが)である。

http://www.ohchr.org/Documents/HRBodies/HRCouncil/RegularSession/Session23/A-HRC-23-41-Add3_en.pdf

仮訳はこちら

http://hrn.or.jp/activity/area/cat32/post-199/( まだ、暫定仮訳。修正中です)。

この報告書は、是非読んでいただきたい。日本の原発事故後の対応が詳細に分析され、それがいかに誤っていたのか、冷静に分析・説明されている。私達は多かれ少なかれ、原子力村からの洪水のような情報戦に影響され、認識が知らず知らずに間に歪んでしまっているが、それを正常に引き戻してくれる。ヨウ素剤、Speedi、情報開示、避難指示、健康管理調査等ひとつひとつの判断がいかに間違っていたのかを克明に分析して、国際文書にしており、改めて「これはひどい」と痛感させられる。

こうした報告書は、ともすれば、圧力により、お茶を濁したようなあいまいな勧告に終わることもある。今回は日本政府のプレッシャーも予想された。

しかし、勧告の内容は、非常に踏み込んだ明確で具体的なものであり、特別報告者の勇気と誠実さに思わず感動した。

原発事故後、苦しみ続けてきた被災者の方々、避難者の方々、救済を拒絶され、まっとうな要望や懸念を否定されてきた多くの方がこの勧告を歓迎している 。

ここで示された勧告は、国連の人権機関の独立専門家からの正式な勧告であり、日本政府には誠実に遵守すべき責務がある。日本政府にはこの勧告を受け入れ、これまでの対応を抜本的に改め、ひとつひとつの勧告を早急に実施してほしい。

では、どんな内容の報告か、ここで少し説明させていただきます。

● 問題の所在

まず、報告書の内容に入る以前に、現状はといえば、福島原発事故により放出された放射性物質の影響により、今も周辺住民、特に妊婦、子ども、若い世代は深刻な健康リスクにさらされている。政府は、事故直後、年間20ミリシーベルトが避難基準と決定、避難区域の外に住む人たちは、どんな健康に懸念を抱えていても、政府が避難や移住に何のサポートや補償もしないため、子どもたちも含めた住民が、やむなく高線量のなかで生活し続けている。避難区域外では、一部子どもの甲状腺検査(これも批判されている)等を除き、ほとんど何らの健康モニタリングも実施されていない。政府は、「100ミリシーベルト以下の低線量被曝は安全」との見解を普及し、低線量被ばくの影響を過小評価し、すべての政策を、住民の意見を十分に反映しないまま決定・実行している。

線量が20ミリシーベルトを下回ると判断された地域は、避難地域から解除されるが、それに伴い、東京電力の賠償が打ち切られるため、多くの人々は経済的事情から帰還を余儀なくされている状況がある。

● 1mSv未満に

こうした状況のなか、特別報告者は、まず、被ばく限度について明確な結論を出した。

報告書では、低放射線被ばくの健康影響が否定できないとする疫学研究をいくつも引用。そして、低線量被ばくの影響が否定できない以上、政府は妊婦や子どもなど、最も脆弱な人々の立場に立つべきだと指摘し、「避難地域・公衆の被ばく限度に関する国としての計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく、人権に基礎をおいて策定し、公衆の被ばくを年間1mSv以下に低減するようにすること」(勧告78(a)) を勧告した。

そして、20ミリを下回ったと判断されれば帰還を余儀なくされている現状について、「年間被ばく線量が1mSv以下及び可能な限り低くならない限り、避難者は帰還を推奨されるべきでない」と指摘した。

これは公衆の被ばくを年間1mSv以下にするよう明確な基準を求めた、極めて重要な勧告だ。

日本政府は、この勧告を受け入れ、公衆の被ばく限度を厳格に見直し、安全な環境、少なくとも年間1mSv以下の環境で生きる権利を人々に保障すべきである。

● 低線量被ばくを過小評価しないこと

特別報告者の報告書は、「低線量被ばくを過小評価すべきでない」というメッセージで一貫している。

学校の副読本等の「100ミリシーベルト以下の被ばくが人体に有害だという証拠はない」等と記載されていることについて、被ばくのリスクや、子どもは特にリスクが高いことをこそきちんと教育すべき、と勧告した。現場では、こうした教育や「安全キャンペーン」により、懸念があっても声をあげられず、孤立感を深めてしまう人が多い。調査中に、そうした声をたくさん聴き、由々しき事態と考えたようだ。

政府は今なお、安全性ばかりを強調しているが、取り返しのつかない事態になる前に、勧告を受け入れ、低線量被ばくの安全性でなく、リスクを正確に教育・情報提供すべきであり、また、低線量被バクに対する過小評価の姿勢を根本から改めるべきだ。

● 健康管理調査の拡大・充実

特別報告者は「健康の権利」にフォーカスしているため、福島県が行っている県民健康管理調査の問題点についても詳細に指摘し、改善を具体的に勧告をしている。

特に重要なのは、低線量被ばくの危険性に鑑みれば、福島県に限定するのではなく、年間1mSv以上の地域に居住するすべての住民に対して、包括的で長期にわたる健康調査をすべきだ、と明確に勧告している点である。

また、特別報告者は、子どもに対する検査は甲状腺だけでなく、血液や尿検査も含むべきだ、と明確に指摘している。

現在行われている子どもに対する甲状腺検査については、甲状腺にしこりがある子どもについても、画像や検査結果を渡そうとせず、「結果を渡してください」と親が頼んでも情報公開手続を通せというのが県のスタンスであり、セカンド・オピニオンも封殺してきた。こうした事実も指摘し、すべて改善すべきだ、と指摘している。

まさに福島の多くのお母さんたちが切実に求め、県からかたくなに拒絶されてきたことを勧告したのである。

さらに、原発作業員に対する健康モニタリングの必要性を強調した。

調査の結果、福島第一原発で働く原発作業員の多くが下請けの一時的な不安定雇用で、中にはホームレスの人も少なくなく、まともな健康診断を受けていない、ということを指摘、全ての原発作業員の健康モニタリングを勧告している。

● 早急な原発災害被害者支援

政府は、原発被災者への対応を怠ってきた。「子ども被災者支援法」という原発被災者支援立法が2012年6月に議員立法で成立したが、もう約1年たつのに、基本計画も策定されず、法律がたな晒しにされ、原発被災者の切実な要望は放置されたままである。

そもそも、同法は「支援対象地域」に居住する者に避難、居住、医療、帰還、雇用等の支援をするという法律だが、法律にはどこが「支援対象地域」かが明確にされていないという問題があり、法律制定後もこの点が定まらないまま、何も決まらないという状況なのである。

この点、特別報告者は、(上記被ばく限度に関する見解から当然のことながら)同法によって支援を受けるべき人々は、事故当時居住していた地域が1mSvを超えて汚染されたすべての地域であるべきと確信する、と指摘した。

そして、政府に対し、「移住、居住、雇用教育、その他の必要な支援を、年間1mSv以上の地域に居住、避難、帰還したすべての人に提供する」よう求めている。そして、以上の政策を実施するにあたっては、住民、特に子どもや母親など、脆弱な立場に置かれた人々の声を十分に聴き、政策決定への参加を求めるべきだ、と強く勧告している。

● 住民参加

特別報告者は、住民参加は、福島原発事故の被災者対応に限らず、原発の稼働、避難、エネルギー政策や原子力規制すべての意思決定プロセスに住民、特に脆弱な立場の市民が参加する仕組みをつくるよう要請しており、これも非常に重要だと思う。

● 今こそ、この報告に基づき、政策を転換してほしい。

福島原発事故から2年以上が経過したが、悪しき政策が変更されないまま、ずるずると今日まで推移している。

政府の対応は、チェルノブイリ事故等の住民保護政策から見ても著しく劣悪であり、極めて不十分な対策しか講じられていない。

チェルノブイリ事故後は、

・線量が年間5ミリシーベルトのエリアが「移住ゾーン」となり、政府は、住民を避難・移住させ、これに伴う損失を完全賠償し、移住地を提供して移住を支援した。

・年間1ミリシーベルトから5ミリシーベルトまでのエリアは、「避難の権利」地域となり、避難を選択した人には、移住に伴う損失について完全賠償を受け、移住に関する支援がされた。

・このエリアに残る人たちは、外部から汚染されていない食べ物が提供され、1、2月の政府の費用負担による非汚染地への保養、半年ないし一年に一度は全住民に対する放射線起因疾患をモニタリングする包括的な健康診断が公費で実施された(1991年、チェルノブイリ・コンセプト)。

他方、

日本は、といえば、「子どもを年間20ミリシーベルトの環境に置いていいのか」が事故直後は大問題になり、内閣官房参与が抗議の辞任する事態になったというのに、今では、年間20ミリシーベルトがあたりまえのように通用し、子どもたちは高線量の地域で今も生活を続けている。

朝日新聞のスクープによれば、政府部内でも2011年11月に、「避難地域を5ミリシーベルトにする」という議論があったというが、話がまとまらず、見送られたそうだ。

チェルノブイリ事故の教訓を生かさず、「100ミリ以下は安全」を前提に、必要な対策を頑として実施しない態度である。

誤った政策を正さないまま、「これ以上の政策は不要」と開き直ったまま、子どもたちを危険にさらしてよいのだろうか。

今回の調査報告書と勧告を機に、日本政府と東京電力には、改めてこれまでの対応を真摯に反省し、勧告に基づいて抜本的な政策の改善をしてほしい。それが、子どもや将来世代への深刻な健康影響を防ぐ唯一の道だと思う。

是非多くの人に知っていただき、政府に早急な政策の改善を求めてほしいと思う。

国連特別報告者アナンド・グローバー氏の勧告(和訳)

76  特別報告者は、日本政府に対し、原発事故の初期対応 の策定と実施について以下の勧告を実施するよう求める。

a 原発事故の初期対応計画を確立し不断に見直すこと。対応に関する指揮命令系統を明確化し、避難地域と避難場所を特定し、脆弱な立場にある人を助けるガイドラインを策定すること

b 原発事故の影響を受ける危険性のある地域の住民と、事故対応やとるべき措置を含む災害対応について協議すること

c 原子力災害後可及的速やかに、関連する情報を公開すること

d 原発事故前、および事故後後可及的速やかに、ヨウ素剤を配布すること

e 影響を受ける地域に関する情報を集め、広めるために、Speediのような技術を早期にかつ効果的に提供すること

77 原発事故の影響を受けた人々に対する健康調査について、特別報告者は日本政府に対し以下の勧告を実施するよう求める。

a 全般的・包括的な検査方法を長期間実施するとともに、必要な場合は適切な処置・治療を行うことを通じて、放射能の健康影響を継続的にモニタリングすること

b 1mSv以上の地域に居住する人々に対し、健康管理調査を実施すること

c すべての健康管理調査を多くの人が受け、調査の回答率を高めるようにすること

d 「基本調査」には、個人の健康状態に関する情報と、被曝の健康影響を悪化させる要素を含めて調査がされるようにすること

e 子どもの健康調査は甲状腺検査に限らず実施し、血液・尿検査を含むすべての健康影響に関する調査に拡大すること

f 甲状腺検査のフォローアップと二次検査を、親や子が希望するすべてのケースで実施すること

g 個人情報を保護しつつも、検査結果に関わる情報への子どもと親のアクセスを容易なものにすること

h ホールボディカウンターによる内部被ばく検査対象を限定することなく、住民、避難者、福島県外の住民等影響を受けるすべての人口に対して実施すること

i 避難している住民、特に高齢者、子ども、女性に対して、心理的ケアを受けることのできる施設、避難先でのサービスや必要品の提供を確保すること

j 原発労働者に対し、健康影響調査を実施し、必要な治療を行うこと

78  特別報告者は、日本政府に対し、放射線量に関連する政策・情報提供に関し、以下の勧告を実施するよう求める。

a 避難地域・公衆の被ばく限度に関する国としての計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく、人権に基礎をおいて策定し、公衆の被ばくを年間1mSv以下に低減するようにすること

b 放射線の危険性と、子どもは被曝に対して特に脆弱な立場にある事実について、学校教材等で正確な情報を提供すること

c  放射線量のレベルについて、独立した有効性の高いデータを取り入れ、そのなかには住民による独自の測定結果も取り入れること

79 除染について特別報告者は、日本政府に対し、以下の勧告を採用するよう求める

a 年間1mSv以下の放射線レベルに下げるよう、時間目標を明確に定めた計画を早急に策定すること

b 汚染度等の貯蔵場所については、明確にマーキングをすること

c 安全で適切な中間・最終処分施設の設置を住民参加の議論により決めること

80 特別報告者は規制の枠組みのなかでの透明性と説明責任の確保について、日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう求める。

a 原子力規制行政および原発の運営において、国際的に合意された基準やガイドラインに遵守するよう求めること

b 原子力規制庁の委員と原子力産業の関連に関する情報を公開すること

c  原子力規制庁が集めた、国内および国際的な安全基準・ガイドラインに基づく規制と原発運営側による遵守に関する、原子力規制庁が集めた情報について、独立したモニタリングが出来るように公開すること

d  原発災害による損害について、東京電力等が責任をとることを確保し、かつその賠償・復興に関わる法的責任のつけを納税者が支払うことかないようにすること

81  補償や救済措置について、特別報告者は政府に対し以下の勧告を実施するよう求める

a 「子ども被災者支援法」の基本計画を、影響を受けた住民の参加を確保して策定すること

b  復興と人々の生活再建のためのコストを支援のパッケージに含めること

c 原発事故と被曝の影響により生じた可能性のある健康影響について、無料の健康診断と治療を提供すること

d さらなる遅延なく、東京電力に対する損害賠償請求が解決するようにすること

82 特別報告者は、原発の稼働、避難地域の指定、放射線量限界、健康調査、補償を含む原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みら関するすべての側面の意思決定プロセスに、住民参加、特に脆弱な立場のグループが参加するよう、日本政府に求める。

関心のある方は、こちらのウェブに情報を随時更新していますので、是非ご覧ください。http://www.hrn.or.jp/

(様々なグループと一緒に共同アピールもしています ⇒http://hrn.or.jp/activity/topic/post-205/)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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