ICCがイスラエル首相らの逮捕状交付。住民虐殺と飢餓を防止・処罰する歴史的な転換点となるか。
国際刑事裁判所(ICC)は11月21日、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に対し、戦争犯罪と人道に対する罪の容疑で逮捕状を発行したと発表しました。民間人の犠牲が拡大する一途のガザ紛争において、遅きに失したとはいえ、ICCが逮捕状を認めたことはさらなる虐殺の抑止と、重大な人権侵害の処罰につながるものです。
これまでイスラエルはいかなる人権侵害をしても国際法の処罰を免れてきた(不処罰・Impunity)ため、人権侵害は繰り返されてきました。
ガザの人権団体代表であるラジ・スラー二弁護士は、「正義を実現するための重要な日」だと評価しています。
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■ ガザはまるで絶滅収容所
昨年10月以来、1年以上続くイスラエルによるガザへの軍事行動は極めて非対称的な紛争であり、ガザにおける民間施設の空爆と破壊は国際社会の批判にもかかわらず続き、民間人の犠牲は拡大の一途をたどりっています。
約220万人が居住していたガザですでに保健当局が発表しただけで4万4056人が死亡し、10万4000人以上が負傷したとされています。国連憲章が定める紛争解決のための裁判所である国際司法裁判所(ICJ)は、ジェノサイド防止のため、イスラエルに軍事行動の停止を求める仮保全命令を出しましたが、イスラエルは無視し、重大な人権侵害の不処罰が放置されています。
人々の9割が家を焼かれ、あるいは追われて避難生活を余儀なくされ、医療やインフラ、食料などの支援が不十分な中、瀕死の状況に置かれています。ガザの人々に人道支援や食糧支援を行ってきた国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に対し、イスラエルはガザ地区での活動を禁じる法律を制定し、この法律は2025年1月末に施行されるため、いよいよガザ全体が飢餓に陥る危険が迫っていると言われています。国連安保理は11月20日にも停戦と人道支援に関する決議の採択を目指したものの、米国が拒否権を発動し、採択に至りませんでした。
民間人虐殺と必要な物資の欠如で、ガザの人々はほとんど絶滅収容所にいるような状況に置かれています。
■ ICCが逮捕状を認めた経緯
ICCは、2002年に発足した戦争犯罪、ジェノサイド、人道に対する罪、侵略財と言う国際法上最も深刻な犯罪を裁く国際法廷です。イスラエルはICCの設立に関する条約であるローマ規程の締約国でないため、ICCの管轄を認めない姿勢を鮮明にしてきました。
しかし、2012年、国連総会はパレスチナをオブザーバー国として承認し、2015年1月1日、パレスチナは2014年6月13日にさかのぼってICCの管轄権を受け入れる旨宣言(ローマ規程第12条(3)に基づく)、ローマ規程はガザを含むパレスチナの領域において発効しました。
ガザでは今回に先立ち、2009年、2014年にもイスラエルの軍事攻撃によって多くの民間人が殺害され、犠牲となったのに、イスラエル軍関係者の刑事責任はほとんど問われなかったため、パレスチナはこのうち2014年の事態を検察官に付託しました。これを受けて、2021年2月にICC予審裁判部がガザ地区とヨルダン川西岸地区(東エルサレムを含む)にICCの管轄権が及ぶと判断し、同年3月にはICC検察局が捜査を開始していました。
ICCが今回出したプレスリリースでは、この経過を確認し、改めて「属地主義」により管轄権が及ぶとして、ガザにICCの管轄権が及ぶことを確認しています。
今回ICCは、ガザ紛争の性質決定について踏み込んだ判断をしています。
まずICCは、
・イスラエルとパレスチナ間両国が1949年のジュネーブ諸条約の締約国である
・イスラエルがパレスチナの少なくとも一部を占領している
ことを理由に、両国の紛争は国際的武力紛争であるとする一方、
イスラエルとハマスの戦闘に関しては、非国際的武力紛争であるとします。
そのうえで、ネタニアフ氏とガラント氏への今回の訴追は、ガザの民間人に対する イスラエル軍の攻撃であるとの性格から、国際的武力紛争として取り扱うべきだ、と判断しました(※国際的武力紛争と非国際的武力紛争では、ローマ規程上、戦争犯罪とされる構成要件は異なり、前者の規定のほうが詳細です。)
■ 訴追された罪は何か
ICCのプレスリリースによれば、ネタニアフ氏とガラント氏が刑事責任を犯したと信じるに足る理由があると判断した犯罪は、大まかに言って二つの性質のものです。
まず、戦争手段としての飢餓という戦争犯罪、および、殺人、迫害、その他の非人道的行為という人道に対する罪です。
これに加えて、民間人に対する攻撃を故意に指揮したという戦争犯罪について、上官として刑事責任を負うと信じるに足りる理由があると判断しました。
(1) 意図的な生存必需物資のはく奪・妨害
● 戦争手段としての「飢餓」
ICCはまず、ネタニアフ氏とガラント氏が、少なくとも2023年10月8日から2024年5月20日までの間、ガザ地区の民間人から、故意に、食糧、水、医薬品および医療用品、さらには燃料や電気といった生存に不可欠な物資をはく奪したと信じるに足る合理的な根拠があるとし、戦争手段としての「飢餓」(規程8条2項b (xxv) Intentionally using starvation of civilians as a method of warfare )という戦争犯罪について刑事責任を負うと考えるに足る合理的な根拠があると判断しました。
● 人道に対する罪としての「殺人」
ICCは、食糧、水、電気、燃料、特定の医療用物資の不足が、ガザ地区の一般市民の一部を意図的に破壊する状況を作り出し、その結果、栄養失調と脱水症状により子どもを含む一般市民が死亡したと考えるに足る合理的な根拠があると認定し、検察側提出の証拠によれば、人道に対する罪に該当する「絶滅」(規程7条1(b) Extermination)のすべての要素が満たされたと判断することはできなかったものの、人道に対する罪である「殺人」(規程7条1(a) Murder)が犯されたと考えるに足る合理的な根拠があると認定しました。
● 非人道的行為
また、医療用品や医薬品、特に麻酔薬や麻酔器のガザ地区への流入を妨害・制限した結果、医師たちが、麻酔薬なしで負傷者の手術や切断手術を行わざるを得ず、患者が極度の痛みや苦痛を味わう結果となり、これは、人道に対する罪に相当する「その他の非人道的行為」(規程7条1(k) Other inhumane acts of a similar character intentionally causing great suffering, or serious injury to body or to mental or physical health)だとしています。
● 迫害
さらにICCは、人道支援の妨害の結果、ガザ地区の民間人の相当数が政治的または民族的理由から標的にされ、生命や健康に対する権利を含む基本的人権を奪われたと信じるに足る相当な根拠があるとして、人道に対する罪に該当する「迫害」(規程7条1(h) Persecution)が犯されたと判断したとしています。
これらの人道に対する罪とされる犯罪は、ガザ地区の民間人に対する広範かつ組織的な攻撃の一部であるとICCは判断しました。
(2)民間人攻撃の上官責任
以上に加え、ICCは、ガザの民間人に対する攻撃を故意に指揮したという2件の戦争犯罪事案について、ネタンヤフ氏とガラント氏に上官としての刑事責任を認める合理的な根拠があると判断した、としています。
これは日々、報道される民間施設の空爆や人々の犠牲を考えれば、あまりにも絞り込まれ過ぎている、と言う感想をだれもが抱くかもしれません。しかし、空爆等の被害について戦争犯罪の上官責任を問うのは立証上相当のハードルがあるという、非常に残念な国際社会の現実があります。
その点で、意図的に人道支援物資の搬入を阻止し、制限し、その結果多くの人が命を絶たれ、非人道的な結果がもたらされたことは証拠上明らかと考えられ、確実に有罪立証に導けるという判断があるのではないか、と考えられます。
戦争の手段としての飢餓化は、ローマ規程で戦争犯罪とされていることに加え、国連安保理が、2018年に戦争の武器として飢餓を利用することを非難する安保理決議2417を採択しています。その中で繰り広げられるガザの人道状況の悪化にグテーレス事務総長は警告を繰り返し、ICJも強い指摘を行い、仮保全命令も行ってきましたが、イスラエルはこれに逆行する態度をとり続けてきたことは明らかです。
■ 逮捕状交付を受けて国際社会に求められること
ICCはプレスリリースで、「逮捕状は、ICCの加盟124カ国に対し、当該人物が自国の領土内にいる場合、逮捕する義務を課す」と明確に締約国の義務を明らかにしています。これは規程上当然の事であり、ICC締約国には自国領域内に、ICCの逮捕状の対象者がいる場合、この容疑者を逮捕してICCに引き渡す義務を負います。
英国は、すでにICCに従って法を執行すると明確にしており、EUの代表は、この逮捕状は拘束力のあるもので、尊重され、執行されなければならない、と発言しています。
ハンガリーを除く欧州各国の首脳、さらにカナダやノルウェーの首脳等も、ICCを支持し、これに従うとの表明が続々と出ています。
日本も態度を明確にすべきです。なお、ICC所長は日本人の赤根判事です。
イスラエルの政治と軍の指導者が戦争犯罪および人道に対する罪の容疑者となったことは軍事行動の大義がないことを改めて明らかにしました。
イスラエルは自衛権を主張し米国はこれを支持しますが、自衛権の行使の一環として民間人を飢餓や絶滅に追い込み、戦争犯罪や人道に対する罪を敢行することは決して容認されません。
国際犯罪の容疑者が主導する国家と外交関係を維持してよいのか、武器援助を継続してよいのか、米国やドイツ等、支援国の姿勢が厳しく問われます。 イスラエルの軍事行動に結びつく協力関係やビジネス関係は、戦争犯罪や人道に対する罪の共犯を問われる可能性があります。未だにそのような関係を続けている国や企業は直地に関係を断ち切るべきでしょう。
日本も例外ではなく、外交関係・二国間関係を抜本的に見直すべき時に来ています。
これだけの深刻な非人道行為を敢行している容疑者両名は確実にICCで裁かれるべきで、無念のうちに命を落とした何の罪もない子どもや女性を含む幾多の犠牲者のためにも、国際社会はICCの本件での捜査、訴追、審理に全面的に協力し、アカウンタビリティの確保を支援すべきです。
民間からもICCへの支持を表明し、司法の独立と公正な手続に対するいかなる圧力や妨害も許さない姿勢を表明することが重要です。
同時に、ガザの人々が飢餓で絶滅してしまってから両名が裁かれるようなことは決してあってはなりません。今、私たちの目の前で、ホロコーストの再来のような特定住民の命のはく奪が組織的・系統的に続けられています。
これが黙って見過ごされることがないよう、これ以上の犠牲を阻止するための停戦合意その他の事態の抜本的打開が今こそ求められています。
国連安保理の責任は重大です。
ICCのこの決定を契機に、飢餓化、絶滅と言う未曽有の人道危機に瀕する人たちをこのまま見殺しにせずに保護し、正義と法の支配を回復しなければならない、そのための同時代に生きる私たち一人一人の道義的責任も問われています。(了)
【参考】
ICC の独立性を守るために日本政府に行動を求める NGO 共同書簡(2024年5月30日)
ヒューマンライツ・ナウ声明 HRN Supports the Arrest Warrants Issued by the ICC against Israeli Prime Minister Netanyahu and former Defense Minister Gallant
https://hrn.or.jp/eng/news/2024/11/23/israel-icc-arrest-warrant-statement/