独禁法でフリーランスの“働き方改革”は進むか──スポーツ・芸能・放送・総務省・出版、各界の反応は?
1000万人を超えるフリーランス
2月15日、公正取引委員会の有識者会議(泉水文雄座長)が「『人材と競争政策に関する検討会』報告書」を発表した。
その内容を簡潔で述べるならば、個人で仕事を請け負うフリーランスを独占禁止法で保護するというものだ。具体的には、発注額の非提示や支払いの遅延、納品後の減額、他社への移籍・転職の制限などが、今後は独禁法に抵触する事案として取り締まりの対象となる。
フリーランス人材は、現在1000万人を超えると見られている。そこには、記者・編集者・ライターや著述家(出版、IT関連)、プログラマやシステムエンジニア(IT関連)、コンサルタント、通訳・翻訳家(出版等)、そして芸能人やスポーツ選手も含まれる。
今回の報告書だが、そのきっかけは労働人口が減少するなかでフリーランス人材の獲得をめぐって競争が激化し、そのときに競争を制限する行為が行われる可能性があるからだと公取委は述べている。
この公取委の見解によって、今後なにがどう変わっていくのか。
各業界の実態が確認されたヒアリング
今回の検討会では、ヒアリングとウェブアンケートも行われた。その詳細は「別紙3(事務局ヒアリング及びアンケート結果)」(PDF)にまとめられている。
そこでまず注目すべきは、ヒアリングの項目において、フリーランス・スポーツ・芸能と3つに区分されていることだ。これは、スポーツと芸能が他と較べて特殊な業界であることと、社会的に注目が大きいことと関係していると思われる。
そうした91名に対するヒアリングで目立つのは、移籍・転職の制限や報酬にかんする不備などだ。たとえばフリーランスでは、以下のような声が集められている。
スポーツ界や芸能界に対するヒアリングでは、以下のような実態が確認されている。
出版とITが目立つウェブアンケート
一方、549の回答が寄せられたウェブアンケートでは、業種に大きな偏りが見られた。もっとも多かったのは、「記者、編集者、ライター」の122件(22.2%)、次いで「技術開発関連」が120件(21.9%)と続く。他は「アニメ関連、デザイナーなど」や「コンサルティング関連」、「著述家」、「企画関連」などから回答が寄せられている。報告書で注目されていた「芸能関連」は25件(4.6%)、「スポーツ関連」は17件(3.1%)と相対的には少ない。
この偏りは、フリーランス総数に厳密に比例しているものだとは考えにくいが、大枠としてはこうした業種のひとたちがフリーランスとして働いていることは確認できる。業界としては、出版とITで仕事するひとたちがもっとも多いと想像できる。
スポーツ界への影響
報告書の発表と前後して、さまざまな業界ですでに影響が生じている。
スポーツでは、昨年7月の段階でジャパンラグビートップリーグを運営する日本ラグビー協会が声明を発表した(「トップリーグ規約と独占禁止法に関する報道について」2017年7月18日)。同リーグでは、前所属チームの承諾がないかぎり、移籍しても1年間試合に出場できない規約が設けられていた。
これによって、昨シーズンは田村煕選手(29歳・サントリー/前東芝)と茂野海人(27歳・トヨタ自動車/前NEC)の2名が1年間リーグ戦の出場がかなわなかった。だが、日本ラグビー協会は、報告書発表の4日後である2月19日に、移籍制限の撤廃を発表した(日刊スポーツ2018年2月19日付「ラグビー『移籍承諾書』撤廃 交渉ルールを明文化」)。
これと同様の移籍制限は、現在もリーグ戦が行われているバレーボール・Vリーグにもある。日本バレーボールリーグ機構も移籍制限の緩和の導入を検討していると報じられたが、同機構に問い合わせたところ「正式にはなにも発表していない」とのことだった(時事通信2017年12月25日付「名称は『Vリーグ』で変わらず=来秋開幕予定の新リーグ-バレーボール」)。
こうした動きは、ラグビーやバレーボールをはじめ、サッカー・Jリーグやバスケットボール・Bリーグなど、12のスポーツリーグが加盟する日本トップリーグ連携機構(川淵三郎代表理事会長)に公取委がヒアリングを行ったことによって生じたと考えられる。
芸能界への影響
芸能界では、業界団体の日本音楽事業者協会(音事協)が、報告書の発表と同日の2月15日に声明を発表した(音事協「諸課題検討委員会「専属芸術家関係等に関する競争法上の論点に関する研究会」 ご報告」)。その内容の中心は、これまで加盟社で使われていた「専属芸術家統一契約書」の全面改訂である。具体的には、あくまでもこの契約書をひな形(ガイドライン)として位置づけ、「統一契約書」の名称も変更するというものだ。
その一方で、芸能プロダクションの芸能人への投資リスクを訴え、これまでと同様の「専属契約」の必要性を強く主張している。それが以下の部分だ。
芸能界にかんしてはすでに水面下で影響が生じているという。レイ法律事務所の佐藤大和弁護士は、その影響についてこう話す。
「影響度はとても大きかったと感じています。音事協さんも『統一契約書』の改訂に言及されていますが、音事協非加盟の大手を含む複数の芸能事務所から、私に契約書の改訂のご相談もあります。そういった意味でも、かなり大きな一石を投じたと思います。芸能界も変わっていこう、という雰囲気を感じています」
放送業界、総務省、出版業界の反応
では、芸能プロダクションを介して芸能人と取引をする放送局はどのような立場なのだろうか? 民放放送局の業界団体・日本民間放送連盟(民放連)に訊いてみたところ、広報から以下のような回答をいただいた。
「公取委の報告書の件は了解していますし、情報共有もしています。しかし、やはり各放送局と芸能事務所の話であって、その間に民放連が立つ話ではないと考えています。というのも、民放連が『このタレントを使いなさい』とか『こんな番組を創りなさい』とは言えないからです。それは各社の個別の契約、判断です。ですから、今回の公取委の発表に対して民放連がアクションを起こす予定も、いまのところありません」
なお、放送事業者の監督官庁である総務省は、「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン【第5版】」を昨年7月に発行している(総務省ホームページ)。その内容は下請法や独禁法を踏まえ、番組制作における放送局と制作会社の取引に焦点をあてたものだ。そこで、番組制作に関与する芸能人をはじめとするフリーランス(放送作家やフリーのディレクターやカメラマン)についての言及はない。また、総務省の担当者は今回の公取委の報告書について把握していなかった。
また今回のウェブアンケートの結果を見るかぎり、もっとも関係が深かった出版業界の対応も注目される。そのおもな業界団体としては、日本書籍出版協会(書協)と日本雑誌協会(雑協)のふたつが挙げられる。
両者とも正式にその対応について表明していなかったので取材したところ、現段階では公取委の見解や報告書そのものの存在を把握していなかった。だが、両者は共同で2004年に下請法についてのガイドラインを明示している(「出版社における改正下請法の取扱いについて」)。公取委の管轄である下請法とは、不当な取引など下請業者の保護のための法律だ。今回公取委が出版業界にヒアリングを行わなかったのは、この下請法のためのガイドラインが策定されていたからかもしれない。
「優越的地位の濫用」は適用されにくい?
こうした反応が見られるなか、日本羅針盤法律事務所の望月宣武弁護士は、「この報告書は、入り口にしかすぎません。これで公取委が本当に変わると思ったら大間違いです」と冷静に受け止める。
というのも今回の報告書で、公取委は「優越的地位の濫用」の観点から独禁法の適用をさまざまに指摘しているものの(「『人材と競争政策に関する検討会』報告書(概要)」p.2)、これまで非常に鈍い態度を取ってきたからだ。
「現実問題として、優越的地位の濫用で摘発した事例はあまり多くありません。しかも摘発されるのは、大手の小売店ばかり。過去5年だと『ダイレックス事件』や『トイザらス事件』くらいです(※)。こうなってしまうのは、適用要件に『行為の広がり』という基準があるからです」(望月弁護士)
「行為の広がり」とは、公取委による優越的地位の濫用についてのガイドラインに登場する文言だ(公取委「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」2010年/PDF)。噛み砕いて説明すれば、被害者が複数でないと優越的地位の濫用が適用されない、とする基準である。
「いまだに『行為の広がり』については学説的な議論がありますが、今回公取委が芸能界では音事協にヒアリングしたのは、そこに複数の事業者が関与する『行為の広がり』を見たからでしょう。しかし、これまでのことを考えると一対一ではほぼ優越的地位の濫用にはなりません。そうなると個別の芸能プロダクションと芸能人のケースに優越的地位の濫用は適用できない、という話になります」(同)
芸能界にかかわらず、フリーランスに生じる独禁法にかかわる問題は、小さなケースが無数にある状態だ。では、これからどうすればいいのか。
「今回の報告書を活用するためには、もう少し議論を精緻化していく必要があります。そのためには、市民やマスコミがしっかりと声をあげることでしょう。そして最終的には、ガイドラインから『行為の広がり』という要件を外す改訂がなされることが望ましいと考えています。そうすれば、十分に活用されるものになるでしょう」(同)
※……取材後の3月15日、公取委がアマゾンジャパン社に独占禁止法違反(優越的地位の乱用)の容疑で立ち入り検査をしたとの報道がなされた。
「泣き寝入り」回避策は可能?
最後に、筆者もフリーランスとして長く働いてきたが、今回の報告書に記載された内容で思い当たることが少なくない。
ぱっと思い出すかぎりでは、たとえば片道3時間かけて取材現場の近県まで移動したものの、取材先の不備で取材そのものができなかったケースがある。このときは、発注元の出版社から取材費を含む報酬がいっさい支払われていない。また、特集のためにある調査を頼まれて進めていたところ、締め切り10日前に担当編集者から「こっちでやります」の一言で仕事自体がなくなったケースもある(媒体は異なるがこのふたつは同じ会社だ)。
ひどいケースでは、2年続けて企画から手がけた雑誌の特集が、3年目には筆者に無断で行われていたようなこともある。この場合、2年目の仕事の際に発注元の出版社の報酬未払いが生じたために取り立てた結果、支払いはされたものの3年目に筆者が外されたのだ。
このように、フリーランスは極めて弱い立場に置かれる。ただ、3つ目のケースを除けば、各担当者が支払いを渋っているわけではない。おそらく単に忘れていたり、報酬が生じたりすると考えていないだけだ。つまりほとんどの場合は、先方に悪気はない。
もちろん記事(原稿)という成果物が生じていなくとも、こうしたケースでは交渉をすればおそらく報酬は支払われる。問題はその後だ。「金にうるさい取引先」として、仕事が来なくなる可能性がある。未払いを取り立てた結果外されたケースなどは、まさにこれだ。
最初のふたつのケースではその後も筆者と取引をしていたことを踏まえると、交渉すること自体はやはり大きなリスクだったかもしれない。よって、「泣き寝入り」がもっともダメージが少なかった選択の可能性がある。今回の公取委の見解では、上記のようなケースも独禁法の対象になるとされているが、「泣き寝入り」を回避する策をどこまで現実的に講じられるかが重要だろう。最悪、裁判を起こして報酬を支払ってもらうことは簡単だ。問題はその後なのである。
無数に存在するこうしたケースにおいて、個人的には告発者の身元を公取委が保全・秘匿して調査し、発注業者に警告を出すことを期待したい。ただ、現実的にそこまで公取委にマンパワーがあるかどうかは不明だ。
今回の報告書に対するパブリックコメントの締め切りは、本日3月16日となっている(公取委「「人材と競争政策に関する検討会」報告書に対する意見募集窓口」)。スポーツ、芸能、フリーランスに関係する各種団体も、追って独自にパブリックコメントを発表するとの情報を得ている。
この公取委の見解がどのように推移するか、これからも注目したい。
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