在日コリアンのリアルを渾身の力で。「大変過ぎてクライマックスの撮影では気絶しました(笑)」
俳優で劇団主宰者でもある崔哲浩が、自身の体験を基に、ある在日コリアン家族の山あり谷ありの歩みを描いた映画「北風アウトサイダー」。
本作には、確かに在日コリアンに対する偏見や差別といったセンシティブな内容が含まれている。
ひとつの社会派ドラマにもとらえられないことはない。
ただ、それ以上に伝わってくるのは、崔監督の映画に対する情熱にほかならない。
「出し惜しみは一切なし。初監督で自分のやりたいこと、描きたいことはすべて作品に注ぎこんだ!」といった監督の思いのたけが作品にあふれている。
そして、その監督の思いに応えた俳優たちがそれぞれの役で大きな存在感を放つ。
初監督作を完成させ、劇場公開を迎えたいま、何を思うのかを、崔監督に訊く(第一回・第二回・第三回)。(全四回)
ちっちゃくまとめるんじゃなくて、
でこぼこでもいいから本気が伝わる映画を作りたい
最後は今回の監督への挑戦を終えての話を。
やり終えたいま、どんなことを考えるだろうか?
「よく、『監督としてやりたいことをすべて詰め込みましたね』と言われるんですけど、その通りで。
やりたいことを全部やり切ったというのが正直なところです。
『詰め込みすぎで、もうちょっと整理しても良かったのでは?』とかも言われるんですけど、僕としてはへんにまとめるよりははみだしているぐらいの方がいいというか。
撮影に入る前に、撮影監督の貫井(勇志)さんとまず打ち合わせをしたんですけど、そこで映画の大きな方向性として『ちっちゃくまとめるんじゃなくて、でこぼこでもいいから本気が伝わる映画を作りたい』と伝えたんです。
すると、貫井さんも賛同してくれた。
時間軸が飛んだりとか、突然アクションシーンがあったりと要素がかなり多いけど、変にまとめないでいい、スマートじゃなくていいと思ったんです。
『いい映画ってなに?』と問われたら、僕の中では、たとえば『ゴッドファーザー』とか、『仁義なき戦い』とか、何十年たっても色あせない映画で。
そして、スクリーンの端から端まで登場人物がもう全部生きている映画なんです。
これらの映画にはエキストラは存在しない。脇役だろうと、通行人だろうとみんなスクリーンの中で生きているんです。
だから、まず、登場人物誰一人として存外に扱っていないと言い切れます。
それから、映画って、内容は覚えてないけど、あの時のあのシーンは覚えているんだよなって作品がみなさんありますよね。
それって名作だよなって僕は思っているんですね。
僕で言ったら、中学校のころに神山征二郎監督の『遠き落日』をみたんですけど、三田佳子さんが演じた母親が、のちに野口英世となる息子をおんぶするシーンがある。
そのカットだけ、いまだに覚えているんですよ。話の内容はほとんど覚えていない。
大人になって、『あ、野口英世の話だったんだ』と気づくぐらい内容は覚えてないんですけど、そのカットははっきりと覚えている。
映画の役割って、僕はそれでいいと思っているんです。
確かに大人がいろいろと解釈できるような奥深さも大切です。
それも大事だと思うけど、小さな子どもたちが見て、ある一場面だけが記憶に残る。
それも映画の役割として僕は大きいんじゃないか、映画の存在意義としてあるのではないかと思うんです。
そして、幼いころみて、忘れなかった場面が気になって再びみたら、まったく違った印象を持つ。
これこそが映画の魅力ではないかと。
20歳のころにある映画を見て、10年後の30歳になって、もう1回見たら、まったく別の発見をする。
これこそが映画の魅力で、そういう力がある映画こそがいわゆる名作と呼ばれるものではないかと僕は思うんです。
なので、そういう作品に『北風アウトサイダー』がなるように、出し惜しみは一切なし!
もうとにかく自分のやりたいことを詰められるだけ詰め込みました」
実は、最初のバージョンは、3時間40分だったんです
思いを詰め込めるだけ詰め込んだ分、当初、作品はもっと長尺だったと明かす。
「実は、最初のバージョンは、3時間40分だったんですよ(苦笑)。
ただ、さすがにこの尺だと劇場で公開するのはそうとう難儀になる。
というアドバイスが入りまして、2時間半までには収めるよう指示が入りました。
それで、2時間29分45秒までになんとか収めることができました。
3時間40分だったら劇場公開できていたか、かなり怪しいので、いまはアドバイスに感謝しています」
実はクライマックスの撮影時に気絶しました
それにしても監督、プロデューサー、そしてヨンギ役を兼務というのは大変ではなかっただろうか?
「大変でした(笑)。
覚悟して臨みましたけど、丸が1個多く大変でしたね。
大変さが100ぐらいかなと思っていたら、1000ぐらい大変でしたね。
体力にだけは自信があったんですよ。
乗り切れると思っていたんですけど、実はクライマックスの撮影時に気絶もしました。無茶だといまはわかります。
監督をやって、現場でプロデューサーもやって、出演もする。
最終的に小道具一つにしても、僕のところに『これでいいでしょうか』と来る。そして、自ら決定をくださないといけない。
だから、感覚的に、当時の僕としては200箇所ぐらいからそれぞれ絶え間なく質問が来るみたいな状態になっていて。
神経が休まる時間がない。
役者ってやっぱり疑問をもつと、監督に聞きたくなるじゃないですか。『ここはどう考えればいいか』と。
で案の定、みんな聞きに来るんですよ。僕のところに。この大所帯のキャストが次々に聞きに来る。
それに対応するだけで、もう白髪が増えました(笑)。
次からは役割は絶対に分けなきゃ駄目だなと思いました」
いまこうして公開を迎えられたというのは、もう奇跡です
こうして迎えた劇場公開を「奇跡」と崔監督は表す。
「僕も役者やってますので映画のことを少しはわかっている。
なので、一生懸命作ったとしても、世の中に出ない作品というのが山ほどあることは知っている。
ですから、もちろん絶対に劇場公開したいと思っていましたけど、公開できる確約はどこにもなかった。
何百人という人間を巻き込んで作った映画ですけど、公開できる保証はどこにもなかった。
それがいまこうして公開を迎えられたというのは、もう奇跡ですよ。
奇跡的にいただいたチャンスだと思うので、ここからはほんとうに全国各地のみなさんに届けたいです」
「北風アウトサイダー」
監督・脚本・プロデューサー:崔哲浩
出演:崔哲浩 櫂作真帆 伊藤航 上田和光
永倉大輔 松浦健城 竜崎祐優識 並樹史朗 岡崎二朗
全国順次公開中
東京都写真美術館ホールでの上映決定!
4/5(火)18:00~
4/6(水)〜4/10(日) 13:00~、18:00~
4/12(火)〜4/14(木) 13:00~、18:00~
場面写真は(C)2021ワールドムービーアソシエーション