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都知事選挙のほぼ全裸ポスター、なぜ選挙が「おもちゃ」と化してしまったのか

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
東京都知事選挙には数多くの候補者が立候補した(写真:つのだよしお/アフロ)

 6月20日告示の東京都知事選挙が始まりました。都知事選挙には過去最多56名の候補者が立候補しましたが、政策論争よりも多種多様な候補者や、その選挙手法が問題となっています。

 とある候補者は、ほぼ全裸で局部をシールで隠しただけの女性モデルを採用した選挙ポスターを掲示したことが、東京都青少年の健全な育成に関する条例に違反するとして告示当日夜に警視庁から警告を受け、最終的に撤去しました。これらのポスターは善良な内容とは到底言い難い一方、選挙における政治的言論の一つと主張されると、規制が難しいのが実状です。

 今年4月の東京15区補欠選挙におけるつばさの党といい、今回の東京都知事選挙といい、選挙のコンテンツ化やエンタメ化がエスカレートし、もはや選挙そのものを「おもちゃ」のようにもてあそぶ陣営も多くなっています。この問題の本質と、対応策を考えてみます。

定数1の選挙では最も有権者が多い東京都知事選挙

 同日同日程で行われている鹿児島県知事選挙が立候補者3名であったことと対照的に、東京都知事選挙には56名が立候補しました。今回、都知事選挙にこれだけ多くの候補者が立候補したのは、メディアの注目度が大きく異なるからと、同じ供託金に対して得られる効果が大きいからといえます。

 まず、メディアの注目度です。東京都知事選挙は首都東京のトップを決める選挙で全国ネットのテレビや大手新聞でも極めて大きく報道されます。選挙報道は公正中立に行われるのが基本であり、ネット記事も含めて候補者名が一覧で掲載されることを目にしたことがある方も多いのではないのでしょうか。情勢報道などでは有力候補を中心に報道される傾向がありますが、大手紙やテレビに写真や名前が掲載できる効果は高く、また注目を集めやすいという意味では都知事選挙は彼らにとって最高のコンテンツと言えます。

 次に、同じ供託金に対して得られる効果が大きいことです。同日同日程の鹿児島県知事選挙も今回の東京都知事選挙も、公職選挙法上は「都道府県知事選挙」で同じ扱いを受けます。公職選挙法上は、立候補に際しての供託金は300万円と同一で、ビラの枚数や選挙はがきの枚数は一緒です。

 しかしながら、鹿児島県知事選挙の有権者数は約131万人に対し、東京都知事選挙の有権者数は約1,153万人と、一桁違うのが実状です。従って、選挙ポスター掲示場の数は東京都の方が当然多く、また政見放送を聴取できる有権者の数も東京都の方が極めて大きいです。大手紙などに出稿できる新聞広告も、都道府県知事選挙の場合には公費で行うことができますが、新聞購読者数も当然東京都知事選挙の方が多いでしょう。同様に、選挙公報の発行部数も異なりますから、単純に認知度を上げたり、有名になることを目的とするならば、当然東京都知事選挙に立候補した方が有利ということになります。同じ供託金を払っても、候補者が得られる(広義の意味での)選挙公営の効果に大小があるのであれば、当然効果が大きい方を取る、とも言い換えられます。

供託金と公費負担制度

 公費負担の権利と言いましたが、選挙では様々な選挙公営制度というものがあり、大きく2種類に分かれます。

「選挙公営」(総務省HP)https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo16.html
「選挙公営」(総務省HP)https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo16.html

 一つは無条件の選挙公営です。立候補の届け出をした者であれば誰でも使える選挙公営で、得票数などに関係なく費用負担なくして行うことができるものです。具体的には、ポスター掲示場の設置、選挙公報の発行、選挙はがきの交付、新聞広告、政見放送、特殊乗車券の無料交付などです。

 もう一つは、供託金没取点以上に限っての選挙公営です。これは、選挙の結果供託金没取点(都道府県知事選挙の場合、有効票の10%)以上の場合のみ、費用を公費で負担するもので、具体的には選挙ポスターやビラの制作費、選挙運動用自動車の借上代などです。

 そして、選挙における供託金は、この選挙公営の大きさに比例する形で金額が決まっています。具体的には、衆議院や参議院の選挙区は300万円、都道府県知事も300万円、市長は100万円、町村長は50万円、市議会議員は30万円、町村議会議員は15万円などと定められています。実際、町村議会議員は最近まで供託金はかかりませんでしたが、町村議会議員選挙における選挙運動用ビラの解禁と、選挙公営制度の土入により、「町村議会議員選挙においても、ビラ頒布を解禁するとともに、公営対象拡大に伴う措置として供託金制度を導入することを目的」として、供託金が導入されました。このように、選挙種別によって、選挙公営の内容も異なることから、供託金制度はその目的の一つに、選挙公営と密接な関係があるとされています。

通学路上に設置されるわいせつ物という危険性

 話を今回の都知事選における卑猥なポスターに戻すと、本件ポスターは公職選挙法上は問題がないとされており、候補者陣営も公選法上は違法になりえないことを理解していた旨、話しています。

 選挙における言論はかなりな自由が認められており、いわゆる公序良俗についても政見放送の公職選挙法の条文(公職選挙法150条の2)でわずかに(「他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない。」)触れられているのみです。ポスターやビラの規定にはこのような条項がないため、仮に善良な風俗を害しても違反と認定したり、撤去することはできません。

 今回、警視庁は本件ポスターを、東京都青少年の健全な育成に関する条例における有害広告物(「青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、又は甚だしく残虐性を助長するもの」)として、警告したものとみられます。最終的には候補者陣営が納得して自主的に撤去する形となったことで穏便に終わっていますが、仮に争った場合には、東京都知事選挙において、同条例14条に規定する有害広告物に対する措置(「知事は、広告物の形態又はその広告の内容が、青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、又は甚だしく残虐性を助長するものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認めるときは、当該広告物の広告主又はこれを管理する者に対し、当該広告物の形態又は広告の内容の変更その他必要な措置を命ずることができる。」)を、現職知事が都知事選挙の相手方候補の本件ポスターに対して取れるのかという疑問が残ります。

 ただ、法的根拠の話は別として、通学路上(ポスター掲示場は投票区ごとに設置するものと定められており、投票所が多く設置される小中学校の近隣に設置されるケースが極めて多いため、必然的に通学路上が多くなる)にこれらのポスターが数多く掲示されることは、公序良俗の観点からは確実に望ましくないものです。それではどのように防ぐようにすればいいのでしょうか。

どのような法改正が効果的か

 まず、法改正をするまでもなくできたこととして、本件ポスターに東京都青少年の健全な育成に関する条例を適用させるのであれば、そもそも事前審査において東京都青少年の健全な育成に関する条例の所管部署のチェックを入れるという手があったはずです。選挙ポスターやビラなどの事前審査では、公職選挙法で定められた厳格な規格(縦横の長さ、法定記載事項の有無など)を確認しますが、これにくわえて東京都青少年の健全な育成に関する条例に違反するかどうかを確認していれば、事前に防ぐことができたでしょう。

 くわえて、筆者としては公職選挙法150条の2に定められた政見放送の品位保持事項を、ポスターやビラにも適用させるべきと考えます。政見放送はテレビで放送されますが、それ以外の媒体であるポスターやビラも、子どもが見る可能性は否定できませんから、政見放送でNGとしている表現をポスターやビラで認めるのは不適切です。選挙運動用ポスターやビラについても事前審査などで選挙管理委員会の確認を受けることが実務上多くなっていますが、この審査において「善良な風俗を害し」や「特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする」等の「品位を損なう言動」があるかどうか審査をするべきです。これまで、こういった法改正に消極的だったのは、選挙管理委員会が「善良な風俗を害し」や「特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする」などの個別の判断をしない、という理由でした(政見放送の場合には、150条の2に該当するかどうかは、放送事業者の判断)。しかし、むしろ政見放送において放送事業者が「善良な風俗を害し」の個別判断をすることで、「公正中立な選挙執行」の責任を放送事業者に押しつけている現在の条文は、放送事業者にとって負担があるともいえます(政見放送削除事件)。

 供託金制度についても、再検討の時期がきています。選挙公営と比例関係にあるとされる供託金の金額ですが、都道府県毎の有権者人口などまで考慮されていません。選挙公営で得られるベネフィットと、(供託金没取を前提とする)コストを天秤にかけたときに、現状ではベネフィットが上回っているというのが実状でしょう。そもそも都道府県知事選挙の供託金300万円は、1992年に200万円から300万円に値上がりして以降、30年以上変わっていません。物価高騰などの経済事情変化や、多様な選挙の在り方などから、供託金を上げることも検討すべきではないでしょうか。供託金は世界各国をみたときに日本は極めて高いという指摘もありますが、没取点を下げるなどの方法も考えられますし、もしくは供託金に代えて米国大統領選挙のように、一定数の有権者による署名を必要とする方法も検討できるのではないでしょうか。いずれにせよ、現行のままであれば、いたちごっこの様相は拭いきれないはずです。

 いずれにせよ、東京15区補欠選挙といい、今回の東京都知事選挙といい、選挙そのものが「エンタメ化」「コンテンツ化」を越えて、ただの「おもちゃ」となっている実状は、全く望ましくありません。次の臨時国会で直ぐに対応できるよう、法整備のあり方を議論すべきと強く感じます。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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