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在日コリアンについての映画で「間違いなくこれが1番」といえるリアルを目指して

水上賢治映画ライター
「北風アウトサイダー」の崔哲浩監督  筆者撮影

 本作には、確かに在日コリアンに対する偏見や差別といったセンシティブな内容が含まれている。

 ひとつの社会派ドラマにもとらえられないことはない。

 ただ、それ以上に伝わってくるのは、崔監督の映画に対する情熱にほかならない。

「出し惜しみは一切なし。初監督で自分のやりたいこと、描きたいことはすべて作品に注ぎこんだ!」といった監督の思いのたけが作品にあふれている。

 そして、その監督の思いに応えた俳優たちがそれぞれの役で大きな存在感を放つ。

 初監督作を完成させ、劇場公開を迎えたいま、何を思うのかを、崔監督に訊く(第一回第二回)。(全四回)

親から子どもへと遺伝するものってあるんじゃないか

 前回は崔監督が映画作りに臨む際に掲げた4つのテーマについて3つまでを訊いた。今回はその最後、4つ目のテーマの話から。

4つ目のテーマには「血脈」を掲げた。

「僕は生物学的なことだけではなくて、親から子どもへと遺伝するものってあるんじゃないかなと思っているんですよ。

 たとえば、『北風アウトサイダー』で言えば、オモニがちょっとノイローゼ(神経症)になるときがあるんですけど、それを引き継ぐようにヨンギが少しおかしくなるところがある。

 僕も人のこと言えないんですけど、父親が頭の毛が寂しいと、子どもも同じとか(苦笑)。あと、思想的なことも血脈であり遺伝することがあるなと。

 たとえば、親が信じ込んでいた教えを、幼いころから教えられていたら、子どもはそれに疑問をもたない。それも遺伝であり血脈として親から子へと受け継がれたものと言えなくもない。

 それから、血がつながっていなくても血脈であり遺伝のように受け継がれるものがあるなと。

 たとえば落語の師匠と弟子の関係は、血はつながっていないけど、芸が受け継がれる。

 俳優の世界でも、いまはほとんどいないですけど付き人という、師匠となる俳優から演技を学び、磨くという弟子のシステムがあった。

 令和の時代に入って、ともするとこういうシステムは『時代遅れ』とされがちなんですけど、僕はそう片づけたくないというか。

 師匠から教えをこうこと、先人の下できちんと基礎を学ぶことを大切にしたい。

 人から人へと受け継がれることのすばらしさを表現できたらなと思って。

 それが僕の場合は、在日コリアンの世界で、ある一家で受け継がれるものを描いた感じですね」

「北風アウトサイダー」より
「北風アウトサイダー」より

劇場版と舞台版の違いは?

 前回のインタビューで触れたように、本作は崔監督が手掛けた舞台の映画化だ。

 舞台と今回の映画化との違いをこう明かす。

「2015年と2017年に上演して、評判が良かった舞台なんですよ。

 舞台をみてくれたお客さんで興味をもってくれる方もいらっしゃると思うので、その方たちの期待を裏切るわけにはいかない。

 でも一方で、舞台と映像だとぜんぜん違うので、変えなければ成立しないところもある。

 だから、戯曲がベースとしてあるんですけど、それをもとに脚本は気づけば20~30回ぐらい書き直してました。

 映画の中で大きな要素になるんで、あまり明かせないんですけど、映画版と舞台版では大きくかえた箇所があります。

 なので、舞台版を知っている方もびっくりするんじゃないかなと思います」

あくまで僕や僕の周りの人が体験してきたことを、

在日コリアン家族のひとつの物語として描きたかった

 崔監督や崔監督の周りの人の実話を元にした物語には、市井の人々から日本のヤクザの組に入った者、架空の組織・在日朝鮮統一連合会の人間など、さまざまな立場の在日コリアンが登場する。

 在日コリアンに対する人種的偏見や差別といったセンシティブな内容も含んでいる。

 ただ、政治体制やイデオロギーについてメッセージを発する作品ではない。

 ある在日コリアン家族の人間ドラマにあくまで徹しているといっていい。

「そこのバランスはすごく考えました。

 一歩でも間違ってしまうと北朝鮮の政治体制や思想の話に入り過ぎてしまう。

 そうではなくて、あくまで僕や僕の周りの人が体験してきたことを、在日コリアン家族のひとつの物語として描きたかった。

 日本には、在日コリアンについて描いた映画がいろいろとある。僕自身何十本とみてきました。

 その中で、僕として考えたのは、『間違いなくこれが1番のリアル』と思える在日コリアンの物語を作ること。

 実際、『作れた』という自信があります。

 僕は3世になるんですけど、上の世代とは考え方や感じ方が違うんですよ。

 いま4世の時代になってきてますけど、その世代はもっと違う。

 ただ、いま、僕が『北風アウトサイダー』で描いた物語は、いまの在日コリアンの30代、40代、50代のリアルです。

 間違いなく、誰が何と言おうと、ここに在日コリアンのリアルがある。

 そう描ける自信があったから、僕は映画に臨んだ。在日コリアンのリアルをきちんと描くことは、自分だからできることだと思った。

 そして、たぶん僕が作らなければダメだと思った。

 在日コリアンを描くとなると苦労話がほとんどで、望まないで日本に来たようなストーリーに回収された物語になりがち。

 でも、実際のところ、望んで来た人もめちゃくちゃいっぱいいる。

 苦労をしても恨みつらみじゃなくて、それを糧に前を向いて生きている人もいっぱいいる。

 少なくとも僕はそう感じてきたし、僕と同じように考える在日コリアンもいっぱいいた。

 だから、僕の意見が総体的とは言わないですけど、中立的な立場に立って在日コリアンのリアルを描いたと自負しています。

 たとえば、僕の家族の話でいうと、姉が二人いるんですけど、次女の姉は在日朝鮮人アピールをすごいして生きているんですよ。

 一方、長女の姉は朝鮮高校まで出てるんですけど、民族とか国籍とかなんてどうでもいいやみたいな人間。

 で、僕はこんな感じで世界市民ですから(笑)。

 もう家族の中でも当たり前ですけど、ぜんぜん思想が違う。

 それをそのまま描こうと思いました。

 人の思想や考え方って、そんな簡単なものじゃないと思うんですよ。

 そこをシンプルにわかったようにして、変に統一してしまって在日コリアンを描いてしまうと、一方的なメッセージを感じさせるものになってしまう。

 それだけは避けたかったし、それは在日コリアンのリアルじゃないと思うんですよ。僕からすると」

(※第四回に続く)

【連載第一回はこちら】

【連載第二回はこちら】

「北風アウトサイダー」ポスタービジュアル
「北風アウトサイダー」ポスタービジュアル

「北風アウトサイダー」

監督・脚本・プロデューサー:崔哲浩

出演:崔哲浩 櫂作真帆 伊藤航 上田和光

永倉大輔 松浦健城 竜崎祐優識 並樹史朗 岡崎二朗

全国順次公開中

場面写真及びポスタービジュアルは(C)2021ワールドムービーアソシエーション

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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