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突然逝った師匠、佐々部清監督への想い。実体験を基に、在日コリアン家族のいばらの道を描く

水上賢治映画ライター
「北風アウトサイダー」の崔哲浩監督  筆者撮影

 俳優で劇団主宰者でもある崔哲浩が、自身の体験を基に、ある在日コリアン家族の山あり谷ありの歩みを描いた映画「北風アウトサイダー」。

 本作は、確かに在日コリアンに対する偏見や差別といったセンシティブな内容が含まれている。

 ひとつの社会派ドラマにもとらえられないことはない。

 ただ、それ以上に伝わってくるのは、崔監督の映画に対する情熱にほかならない。

「出し惜しみは一切なし。初監督で自分のやりたいこと、描きたいことはすべて作品に注ぎこんだ!」といった監督の思いのたけが作品にあふれている。

 そして、その監督の思いに応えた俳優たちがそれぞれの役で大きな存在感を放つ。

 初監督作を完成させ、劇場公開を迎えたいま、何を思うのかを、崔監督に訊く。(全四回)

映画作りへ向かわせたのは、

師匠として敬愛していた佐々部清監督の突然の死

 なにより先に訊きたいのは映画を作ろうと思ったきっかけだ。

 崔監督はこう明かす。

「映画を作ってみたい気持ちは30歳ぐらいからあったんですよ。

 ただ、18歳ぐらいに役者の世界に飛び込んでキャリアを積む中で、何人も尊敬できる監督とご一緒することができました。

 ですから、自分が映画監督をするなんておこがましいというか。第一線で活躍されている監督に対して失礼に当たるのではないか。

 それこそ助監督を何年も経験して監督デビューしたとか、わりとキャリアのある監督さんにかわいがられてきたから、よけいに映画を作ってみたいなんて軽々しく口にすることができなかったんです。

 ただ、みなさんそうだったと思うんですけど、コロナ禍でいろいろな社会の活動がストップしたときに、僕も仕事であったりここまでの歩みであったりと自分と改めて向き合う時間ができました。

 そんな折、自分が師匠として敬愛していた佐々部清監督が亡くなってしまって(※2020年3月31日に死去)、ものすごくショックで落ち込んで、1カ月ぐらいふさぎ込んだ時期があったんです。

 そのときに、ふと佐々部監督のプロフィールを見直したら、『陽はまた昇る』で映画監督デビューしたのが40歳を過ぎてからで。

 当時、僕もちょうど41歳になっていた。『佐々部さんは、いまの僕ぐらいの歳で映画監督デビューしているんだ』と思ったら、映画を作る意欲がわいてきたというか。

 いまがまさに映画作りに踏み出すときではないかと思い立つことができたんです。

 それと、さきほど話したように、ちょうど、コロナ禍で、映画やドラマの撮影、舞台公演もすべてストップしてしまった時期にも重なって。

 それまで、映画やドラマの撮影は当たり前のように行われていたわけですけど、当たり前ではなくなってしまった。

 このとき、自分もそうですけど、他の舞台演出家もそうだろうし、映画監督も役者も、みんな痛感したと思うんです。

 『映画やドラマを撮ること、舞台の公演を行うことは、当たり前ではないんだ』と。

 であれば、『またの機会に』なんて悠長なことは言ってられない。やれるときにやりたいことがあればやっておきたい。

 もう『監督に対して失礼に当たる』なんていってられない、『いまやらないと』と吹っ切れました。

 そこで、長年の夢だった映画作りに踏み出すことを決心しました」

「北風アウトサイダー」の崔哲浩監督  筆者撮影
「北風アウトサイダー」の崔哲浩監督  筆者撮影

僕自身が在日コリアンなので、このことだったら勝負できると思った

 その中で、何を描こうかとなったとき、自らの体験をと考えは辿り着いたという。

「まあ、僕がいまさらラブ・ストーリーを撮っても仕方がない(笑)。柄にもないですし、誰も見てくれないだろうと。それはもう得意とする監督さんにお任せすればいい。

 僕が喜劇を書いたところで、三谷(幸喜)さんに勝てるわけがない。

 じゃあ、僕らしいものはなんなのかとなったら、僕自身が在日コリアンなので、このことだったらほかに負けないことを描けるというか、勝負できると思ったんですよね。

 自らのルーツである、在日コリアンのことであればオリジナルなものを描けるなと。

 結局、これまで何百本と映画をみてきて、自身も出演してきましたけど、いい映画ってなんだろうと考えたときに、リアリティや説得力のある映画が僕の好みで。

 そうなると自分が映画を作る上でも、実体験に勝るものはないなとの考えに至ったんです。

 で、演劇主宰で戯曲をこれまで8本ほど書いているんですけど、在日コリアンについて書いた戯曲が1本だけあって。

 それをベースにして映画化したのが今回の『北風アウトサイダー』です」

やると決めたからには、自分のすべてをさらけだそう

 脚本はこれまで在日コリアンとしての自分や周りの人が実際に体験してきたことをそのまま出そうと思ったという。

「やると決めたからには、自分のすべてをさらけだそうと思いました。在日コリアンである自分や周りの人が体験してきたことを包み隠さずに脚本に落とし込もうと思いました。

 僕自身は、在日コリアンであることにあんまりコンプレックスはないんですよ。

 個人的に『世界市民』と思っているので(笑)、むしろ得したぐらいに思っている。

 もちろん嫌な目にもあったし、いわれなき差別を受けたこともある。

 でも、いまはそれもいい体験になったと思えるというか。

 ほかではたぶん味わえないことを体験できたし、人と違う観点から物事を見ることができた。

 朝鮮学校もいったし、日本の学校にもいった。

 そこでいろいろな意見や考えがあることを知って、いまがある。

 だから、こういうひとつの在日コリアンの家族の物語が描けた気がします。

 これが朝鮮大学とかを出ていて、ひとつの考えにしばられてしまっていたらたぶん映画は作っていない。役者になることもなかったでしょう。

 パーセンテージでいうと、70%から80%が実体験。

 10%ぐらいが、たとえば親戚や近所の人の話で、10%だけ少し脚色をしました。

 その脚色部分を明かすと、銃の入った乱闘シーン。

 あそこだけは映画として本格的なアクションシーンにしたかったので、ちょっと派手に脚色しました。けど、ほんとうにそれぐらいで、あとはほぼ実体験をベースにした物語になってます」

(※第二回に続く)

「北風アウトサイダー」ポスタービジュアル
「北風アウトサイダー」ポスタービジュアル

「北風アウトサイダー」

監督・脚本・プロデューサー:崔哲浩

出演:崔哲浩 櫂作真帆 伊藤航 上田和光

永倉大輔 松浦健城 竜崎祐優識 並樹史朗 岡崎二朗

シネマート新宿ほか全国順次公開中

場面写真及びポスタービジュアルは(C)2021ワールドムービーアソシエーション

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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