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EURO2024、森保ジャパンは「W杯ベスト8」に向け、何を模範とすべきか?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 EURO2024は盛況のうちに幕を閉じたが、森保ジャパンにも一つの啓示を与えている。

「W杯ベスト8」

 その目標を果たすには、何をすべきなのか。あるいは、何をすべきではないのか。それを知る手掛かりがあった――。

現代最強を誇るスペイン

 EURO2024、大会を制したのはスペインだ。

 彼らはボールゲームを重んじた。自分たちがボールを持って、何をすべきか。ボールを持っていないとき、どう取り返すか。それを90分間、あるいは120分間にわたって、徹底していた。

「どのチームもやっている」

 そんな反論があるかもしれない。

 しかし、そこにおける質が違った。コンダクターになったMFロドリを筆頭に、それぞれの選手が正しいポジションを取り、お互いを生かし合いながら補完し、正しい判断とスキルによって、フィジカル的なスピードでも強度でも機先を制していた。

 一方、例えばフランスやイングランドは上位に進出したが、半ばフットボールを捨てていた。ロドリにマンマークを張り付かせ、堅牢な防御線を布く。その時点で、ボールを持たない、持っていない前提での戦いだった。

 得点力のある選手がいれば、ゴールは生まれる。それは攻撃的にも映るかもしれないが、単に得点力があるだけである。攻撃的なフットボールではない。

 例えば現代戦術ではトランジションという便利な言葉で、攻守の切り替えからのカウンターで勝負を決する方法を効率的だとする。しかし、そこに執念を燃やした戦いは主体的とは言えない。受け身的で、相手次第である。

 スペインはボールを握っただけではない。両サイドにはラミン・ヤマル、ニコ・ウィリアムスという崩し役を擁し、彼らが砦を陥落させた。たとえそこを防がれても、サイドバックが高い位置を取り、ダニ・オルモのようなライン間の魔術師が自在に時間や空間を操り、ゴールに迫った。FWアルバロ・モラタは、チームのために囮になっていた。

 コンセプト自体が攻撃的なのだ。

 スペインが現代最強の強さを誇った大会だった。

 では、森保ジャパンはそれをコピーすべきか?

森保ジャパンが進むべき道

 答えは、イエスだ。

 コピーという言い方は適切ではないかもしれないが、あくまでボールを持って戦う、というコンセプトを捨てるべきではない。なぜなら、そこに勝ち筋はあるからだ。

 日本はスペインと同じく、大柄な選手は少ない。また、技術に対してこだわりを持ってコンビネーションを作るのがうまく、レアル・ソシエダの久保建英、クリスタル・パレスの鎌田大地、スポルティング・リスボンの守田英正などは最たる例だろう。単にうまいのではなく、無駄に手数をかけて攻め手を失う判断もなく、阿吽の呼吸でボールをゴールへ運べる。

 そして、日本人は世界でも飛び抜けて俊敏である。それを連続でできる持久力も高い。速さの中で技術が落ちないのだ。

 結論として、ひらめきと機動力に活路を見出すべきだろう。

 もっとも、森保一監督はカタールW杯後に「ボールを持つ時間を増やす」と語っていたが、実際は「相手が嫌がること」に重点を置いている。その受け身は彼のキャラクターで、性分なのだろう。指揮官のパーソナリティが戦い方には明瞭に出る。最近、採用するようになった3バックであれ、これまでの4バックであれ、その点は変わらない。

「いい守りがいい攻めを作る」

 それが主題である。言うまでもないが、それは一つの真理だ。ハードワークで相手のミスを誘い、リズムを壊し、スピードを生かしたカウンターを狙う、のもフットボールと言える。

 しかし、受け身に守ることを重んじた”弱者の兵法”には必ず限界がある。

W杯ベスト8に辿り着くには

 例えば今回のEUROでジョージアは、初出場ながらベスト16に進出している。GKジョルジ・ママルダシュビリ、FWフビチャ・クヴァラツヘリアが両軸になって、堅牢なディフェンスと鋭いカウンターで勝ち上がり、大会を彩るダークホースだった。しかしラウンド16ではスペインに先制するも、力及ばずに逆転負けした。

 そこが、ジョージアの限界だった。

「ベスト8への壁」

 それは日本もW杯で言われて久しく、2002年日韓,2010年南アフリカ,2018年ロシア、2022年カタールと4度のW杯でベスト16に勝ち進んでいるが、ベスト8進出を阻まれている。その理由は明確に一つではない。しかし、そこには境界線があって、根本的な見直しが必要なのだろう。運が良く、すべてがかみ合えば、ベスト8に勝ち抜けるのかもしれないが、偶然に縋るべきではない。

 主体的な戦いが必要なのだ。

 日本がベスト8に最も近づいたのは、ロシアW杯だろう。長谷部誠を中心に、自分たちの時間が長く、互角の戦いを演じている。論理的なアプローチでゴールに迫った。戦術的な駆け引きがうまくいかず、終盤に逆転を許したが…。

 ベスト8以上に進むチームは、自分たち主体で戦う時間を増やしている。

スーパースターがすべてを解決することもあるが…

 もう一つの方法論は、たった一人で勝負を決められるスーパースターを擁することだろう。今回のEUROでオランダ、フランス、イングランドが凡庸なフットボールながらも勝ち上がれたのは、それぞれシャビ・シモンズ、キリアン・エムバペ、ジュード・ベリンガムというワールドクラスがいたからだ。どれだけ不利でも、個で状況を打開できてしまう選手がいるなら、弱者の兵法も強者の兵法に錯覚させられる。

 しかしスーパースターの降臨をもってしても、スペインには太刀打ちできなかった。

 もしスペインが受け身で戦い、ボールを蹴り、堅く守ってカウンターで効率を目指したら、どうなったか? おそらく、せいぜいベスト8だろう。オルモやペドリが必死に戻って守っても、宝の持ち腐れ。サイドで暴れ回ったヤマルやニコも十分に力を出せず、騎兵に荷車を引かせるようなものだろう。サイドバックも攻撃力が高い分だけ防御力は低く、無残な状況を作り出していたはずだ。

 その点、監督の性格や力量がモノを言う。

 もし、マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督がイングランドを率いていたら、こんな退屈でつまらない戦いをしていない。それぞれの攻撃力を引き出し、真っ向からスペインとぶつかっていただろう。フィル・フォデンにロドリをマンマークさせるなど、どうやってひねり出した愚策なのか。

 森保ジャパンが選択するべき模範は決まっている。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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