同じ仕事で「200万円」の差 非正規差別をなくす「二段階」の戦略とは?
先月30日、厚生労働省の記者クラブで労働組合・日本労働評議会が記者会見を開いた。株式会社スリーエスコーポレーション(本社 京都府宇治市、以下「スリーエス社」)に雇用されるアルバイト社員10名で構成する日本労働評議会スリーエス分会が正社員との「均等待遇」を求めて9月28~30日の3日間ストライキを行ったというのだ。
非正規労働者が「均等待遇」を求めてストライキを行うのは全国的にも珍しい。ここ数十年、非正規雇用は増加傾向を続け、「労働力調査2021年平均」によれば、非正規雇用者数は2064万人、全体の36.7%を占めるまでに至っている(1990年はそれぞれ881万人、20.2%)。
統計からも明らかなように、かつては補助的な役割を担うことが多かった労働者も今や現場の基幹的労働力となっている。今回ストライキを闘ったアルバイト社員たちもまさにそうした現場の主力を担う労働者たちだ。
政府もパート・有期法の改正など、度重なる法政策で非正規雇用対策を進めてきた。今回のストライキの背後には、これまで整備されてきた法制度では足りず、ストライキ権を行使しなければ問題が解決できない理由が潜んでいるということだろう。
そこで、本記事ではスリーエス社の実態を紹介するとともに、なぜ、非正規労働者たちがストライキに訴えなければならないのか、その構図を考えていくことにしたい。
「同一労働」でも正社員との年収格差は200万円
今回のストライキの舞台となったスリーエス社は、住宅の床に塗布する「コーティング剤」の販売と工事を専門とする会社だ。コーティング剤とはワックスよりも耐久性があり、美観目的のワックスよりも床を長持ちさせる効果がある。
今回ストライキを行った10人は、主に新築の一戸建てやマンションの建設現場に出向き、コーティング剤を施す工事を行っている。組合員の所属する東京支社には、正社員3名、アルバイト9名が在籍している。
「アルバイト」という呼称からイメージされる働き方に反して、同社のアルバイト社員は職場の主力メンバーだ。組合員たちは勤続10年がほとんどで、20年のベテランもいる。労働時間もフルタイムだ。
さらに職務内容もアルバイトのイメージからは程遠い。日本労働評議会によれば、現場には2名チームで入ることが多いものの、アルバイト社員だけでチームが組まれ直行直帰で工事をこなし、受注先や顧客との対応もすべてアルバイトだけで行っているという。
この点について、会社側は、現場を取りまとめているのは社員だと主張しているが、組合側の主張を見る限り、アルバイトの仕事の内容は正社員と変わるところがない。異なるのは、正社員はアルバイトよりも年間10日ほど労働日が多く、転勤などの可能性もある点だけだ。
問題は、賃金格差である。仕事内容は「同一労働」にもかかわらず、年収ベースで正社員と200万円もの差がある。これが不当だというのが組合側の主張であり、今回のストライキはその是正を求めるものだという。
「無期転換」をしたうえで「均等待遇」を求める
冒頭にも述べた通り、非正規労働者が「均等待遇」を求めてストライキを起こすというのは非常に珍しいことだ。もちろん「均等待遇」へのニーズがないということではない。法律にも「均等待遇」は明記されている(パート・有期法)。
だが、現実には非正規労働者は雇用の地位の不安定性ゆえに、声を上げることが難しい場合が多いのだ。誰しも会社と対立してクビになったらどうしようと心配するものだが、非正規労働者はそのリスクが大きいために、声をあげづらい。
ではなぜ、今回、労評・スリーエス分会の10名のアルバイトはストライキを行うことできたのだろうか。それは、ストライキを行う以前に、労働契約法18条が定める無期転換権(5年以上雇用を継続した場合、労働者が無期雇用への転換を請求できる)を行使して、地位の不安定な有期雇用から容易には解雇できない無期雇用へと転換をしていたからだ。
発端は2016年。会社は当時働いていた労働者の契約を「請負契約」に転換し、社会保険料や残業代の支払いを逃れようとした。
これに対し、労働者が次々と労働組合に加入し、契約を雇用契約に戻すことを会社に要求した。会社も「そういう希望があるなら」と雇用契約に戻すことを認め、現在のアルバイト社員制度ができた。
その後、労働組合は未払い残業代の支払いを勝ち取るとともに、労働契約法18条にもとづいて有期雇用契約の無期転換を次々と実現していった。
こうして、会社での呼称は「アルバイト」のまま、賃金も正社員と比べて低いままであっても、無期雇用へと転換したことにより、声を上げることでクビになるリスクは大きく下げることができた。
こうした経緯からは、有期雇用の非正規労働者が無期転換権を行使することで安定した雇用の地位=無期雇用を獲得し、その地位に基づいて正社員との「均等待遇」を主張するという形で、二段構えで非正規労働者の待遇改善を実現するという道筋が示されている。
「均等待遇」に関する法律の課題
すでに無期雇用化を実現したスリーエス分会のアルバイト社員たちが求めているのは賃金格差の是正だ。特にボーナスがアルバイト社員にだけ支払われないことを大きく問題視している。
組合側は、2021年4月から中小企業でも施工されたパートタイム・有期雇用労働法の基準を根拠に労働条件の改善を求めたが、会社は「判例がないから支給できない、今の格差は不合理では無い、スリーエスの条件下で何割かの一時金を支払わなければいけませんと判例が出たら喜んで一時金を支払います」などと、要求に応じていない。
実は、この背景には、法律上の課題がある。パートタイム・有期雇用労働法第9条は、「均等待遇」の義務(差別的取り扱いの禁止)が生じる要件として、「職務の内容が通常の労働者と同じ」「職務の内容・配置の変更の範囲が通常の労働者と同じ」であることをあげており、今回のケースのように転勤の有無などに差が設けられている場合には、この条項は適用されない。
また、同法8条が定める「均衡待遇」(不合理な待遇差の禁止)は、「職務の内容」や「職務内容・配置の変更範囲」に違いがあったとしても、その待遇差に合理性が無ければ無効となるとしているが、何が不合理な待遇差に当たるのが必ずしも明確でない点に課題がある。
これらの問題は、今後の法政策上の課題であることは間違いない。
二者択一的になってしまう今の法律
さらに、現在の有期・パート法にはより明白な欠陥がある。フルタイム労働・無期雇用のケースでは、そもそもパートタイム・有期雇用労働法が保護の対象とする、短時間労働者や有期雇用労働者に該当しないため、この法律の直接的な保護を受けることは難しいのだ。
無期転換をすでに受けている労評・スリーエス分会の「アルバイト」たちも、パート・有期法の適用を受けない可能性がある(もちろん、法の趣旨を汲み取れば、彼らも保護すべき対象であると考えられるため、裁判等になれば「均等待遇」「均衡待遇」を求める主張が認められる可能性はあるのだが)。
「無期転換」したら、「均等待遇」を法律の義務付けから外れてしまうとすれば、非正規労働者は「非正規のまま均等待遇を求める」のか、「無期転換して均等待遇は諦める」のか、どちらかを迫るような形になってしまう。
この二者択一的な状況を突破し、均等待遇を求めていく路線こそが、すでに述べた「無期転換」→「均等待遇要求」という流れなのである。
「均等待遇」を求めてストライキで闘う意義
繰り返しになるが、パート・有期法は、短時間労働者や有期雇用労働者に対する均等待遇を求めている。だから、非正規雇用は裁判でこの規定を利用することができる。一方で、無期雇用・フルタイムの労働者はこの法律から外れることになる。
これに対し、労働組合に加入した労使交渉においては、「均等待遇」を有期・パート法とは無関係に求めることが可能である。さらには、交渉でまとまらなければストライキや抗議行動などのアクションを行うことも可能であり、それらは労働組合法が保障する正当な権利でもある。
労評・スリーエス分会は、パートタイム・有期雇用労働法の趣旨を踏まえて、「均等待遇」「均衡待遇」を主張しつつ、労働組合法が定めるストライキ権を活用して、その実現を目指しているというわけだ。
このように、有期・パート法による「無期転換」と、労組法上の労働組合の権利を行使した「均等待遇」の要求は、問題解決の上で非常に合理的なながれである。改めて流れを整理すると次のようなチャートになろう。
- 有期・パート法に基づく「無期転換」の実現
- 労働者の雇用が安定
- 一方で有期・パート法の均等待遇義務の対象から外れる
- 裁判ではなく労使交渉によって「均等待遇」を要求
このモデルは、スリーエスの労働者に限らず、非正規労働者が処遇改善を求める際に一般的に活用し得るものだ。実際、9月30日の記者会見でスリーエス分会のアルバイト社員は、以下のように語っている。
今回のストライキの事例を知って関心をお持ちに方は、ぜひ下記のユニオンなどの専門機関の窓口を利用してほしい。
※なお、本記事の執筆にあたってはスリーエス社に取材依頼及び質問状を送付したが、2022年10月13日現在までに回答を得ることはできなかった。
無料労働相談窓口
03-3371-0589
*スリーエス社のアルバイト労働者が加盟しているユニオンです。
電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
E-mail:soudan@npoposse.jp
公式LINE ID:@613gckxw
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
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