愛する人への想いを届けたい――坂本冬美『想いびと』インタビュー
坂本冬美が、2024年6月26日にカヴァー・アルバム『想いびと』をリリースした。2009年にカヴァーした「また君に恋してる」が大ヒットするなど、坂本冬美にとってカヴァーは重要なライフワークのひとつだ。今回の『想いびと』の収録曲10曲すべてについて話を聞くと、「NHK紅白歌合戦」出場歴35回という経歴に一切おごることのない、坂本冬美というシンガーのストイックさが浮かびあがった。
私自身を重ねすぎないようにした
――このタイミングでカヴァー・アルバムをリリースすることになったのは、プロデューサーの廣瀬裕子さん(ユニバーサルミュージック)によると、カヴァーの候補曲が増えたことや、自然災害の影響があったそうですね。
坂本冬美 正直言ってCDもなかなか売れない時代にカヴァー・アルバムを出させていただけるって、こんな幸せなことはないので、それはもうありがたいです。でも、「会社的に大丈夫ですか?」って、もう心配しちゃいました。スタッフのみなさんの期待に応えたいというのもありますし、コロナや震災もあったし、私自身50代後半になって、プライベートで家族との別れがあったなかで、「想いびと」、愛する人への想いを届けたいっていうコンセプトに共感する部分がたくさんありました。
――愛する人への想いを届ける、というコンセプトがまずあったんですね。
坂本冬美 廣瀬さんが最初に選んできた歌が、桑田(佳祐)さんの「月」だったんですね。これは情念を歌った『Love Emotion』(2021年)に入っていてもおかしくない楽曲なんです。でも、見方を変えれば、愛する人への想いが詰まったせつない歌で、そこからだんだん「男性が歌う男性目線の歌」っていうくくりにしたんですね。なぜ男性かって言ったら、私の原点は「あばれ太鼓」(1987年)というと男唄であって、「また君に恋してる」も男性目線の歌なんです。だから、私の声で男唄を歌ったらどうなるんだろうという形で選曲をしていって、この10曲になったんです。
――アレンジに関してはどういうコンセプトだったんでしょうか?
坂本冬美 オリジナルの方の個性が強いから、イントロを聴いたらその方の声が聴こえてくるじゃないですか。そうすると、普通は「イメージ違うんだよな」ってなりますでしょ? それは嫌だから、これまでのカヴァー・アルバムでは、アレンジを変えて、イントロを聴いても何の曲かわからないという作戦をしてきたんです。「この曲なんだ? ……坂本冬美が歌ったらこうなるんだって」っていうほうが、スッと聴いてくれるのかなって。でも、今回はあえてアレンジをオリジナルに忠実にやってみたんです。それはなぜかって言ったら、もう選曲が坂本冬美とミスマッチじゃないですか。「ほう、GACKTの曲、坂本冬美はこんなふうに歌うんだ?」って、その違和感を楽しんでもらえるかなって、今回はアレンジもオリジナルに近くしてみました。
――そうなると、歌で勝負になるわけですね。
坂本冬美 そう思うとプレッシャーになるので(笑)、「うん、なるほど、坂本冬美が歌ったらこんなふうになるのね」みたいにやんわりと聴いていただければ(笑)。
――1曲目の「ひまわりの約束」は、秦基博さんのカヴァーです。熱くぬくもりのある歌声によるカヴァーですが、歌うにあたって意識したことはどんなことでしょうか?
坂本冬美 まず重くならないことですね。どの曲も愛する人への想いを歌っていますけど、そこに私自身を重ねすぎちゃうと、聴いてくださる方にとってはちょっと重くなるし、余白を残して、聴いてくださる方が愛する人を思い浮かべられるように意識しました。でも、自分自身は物足りないんですよ。もっと感情を入れたかったっていうのもあるんだけど、でも、きっと入れたら重くなるだろうし、演歌っぽくなるだろうし、っていうのは意識しましたね。
――あえて踏みとどまるところにカヴァー・アルバムの醍醐味があるんですね。
坂本冬美 そうですね。そしてその匙加減が難しいところですね。
――2曲目の「恋の予感」は、安全地帯のカヴァーです。歌っていたのは玉置浩二さんですね。
坂本冬美 玉置さんは天才ですからね。これはテレビ朝日の時代劇(『霊験お初~震える岩~』)のエンディング曲として歌わせていただいたんですね。主人公は若いふたり、そしてどこかで私も若いときの自分を重ね合わせて、俯瞰で歌っている。感情も思い出して込みあげてくるところもありましたけど、これも重くならないように、抑えめにしました。
――でも、やはり重心をかける瞬間もあるんですか?
坂本冬美 やっぱりそこは演歌歌手なので(笑)。そこがポップスの方と違うところで、演歌歌手がグッと入りそうになったり、タメがあったりとかは、ちょっとあったかもしれないですね。
殻を破らなければ次のステップを踏めない
――今回、カヴァー・アルバムなので、原曲を全部聴いてきたんですよ。
坂本冬美 やあだ!(笑)
――3曲目の「サクラ、散ル…」はGACKTさんのカヴァーで、原曲のMVではGACKTさんが和装で歌っていて、逆に坂本冬美さんの世界と合うような気もしたんです。
坂本冬美 これが候補曲に上がったときに、「GACKTさん、私歌える?」って言ったんです。でも、曲はめちゃくちゃせつなくて、桜が満開に咲いて散っていく様っていうのは、もう日本人の潔さの象徴じゃないですか。「歌わせてくださいよGACKTさん、お願いします」っていう思いでした。GACKTさんがOKしてくださるだろうかっていう心配もありましたけど、そこは快く承諾をいただきました。がんばって歌いましたので、ぜひGACKTさんのファンにも聴いていただきたいですね。
――4曲目の「月」は、桑田佳祐さんのカヴァーです。今回の『想いびと』のために最初に選曲された楽曲ですね。
坂本冬美 これは「ブッダのように私は死んだ」(2020年)を書いていただいて、それに近い世界観があると私達のなかで勝手に考えていまして、坂本冬美の声で「月」を歌ったらどんなふうになるだろうっていうところからスタートしました。
――その「ブッダのように私は死んだ」は、生々しい歌詞とAOR的なサウンドによる新境地だと感じましたが、曲名といい歌詞といい、坂本さんは楽曲を受け取ってどう感じましたか?
坂本冬美 1行目から「目を覚ませばそこは土の中」という歌詞で、「私、死んだの!?」って、もう吸い込まれるように歌詞を読ませていただいて、「どういうこと?」って思ったら、桑田さんが「『歌謡サスペンス劇場』の主人公を演じてください」って。「私はこの主人公になればいいんだ」って、自分もその世界に入ることができました。それまで私自身もいろんな歌を歌ってはきてますけども、どこかいい子ぶって振り切れてないところがあって、どこかで殻を破らなければ次のステップを踏めないというのは、長年私のディレクターをやってくれてる山口(栄光)に言われ続けていたんです。「ブッダのように私は死んだ」と出会ったときに、「この曲で私は殻を破って次のステージに行こう」っていう感じでした。
――「主演:坂本冬美、音楽:桑田佳祐」というスタイルはいかがでしたか?
坂本冬美 曲はもう桑田さんそのものじゃないですか。桑田さんらしいメロディーがもう随所にありましたし、そのなかにも私が歌うっていうことで演歌、歌謡曲のテイストを入れてくださってましたし、本当に今までにない、演歌でもポップスでもロックでもない、どこにも属さない楽曲だと思いました。
――そして、今回の「月」とはどう向かい合いましたか?
坂本冬美 桑田さんの歌詞って深読みをしないといけなくて、それが正しいかは、今もまだ私の中ではクエスチョンが残っているんです。私の解釈はもしかして違うかもしれないしっていうぐらい、深い歌詞だと思うんです。「ブッダのように私は死んだ」のときも、私が「この解釈でよろしいでしょうか」って言ったときに、「そういう解釈もあるんですね」って桑田さんがおっしゃったぐらいなので、やっぱり深いんですよ。私は最初「月」の歌詞の「君」を大切な人と解釈していたんですけど、「君」はもう手の届かない場所にいて、その人を失ったがために、心がもう無になって、今そばに寄り添ってくれている別の「君」にすがってしまってるのかもしれないし……実はまだ解決してないところが正直あるんです。
――5曲目の「千の風になって」は、秋川雅史さんのカヴァーです。秋川雅史さんはテノール歌手ならではの歌を聴かせましたが、この楽曲の持つ雄大さや、死を扱うことにどう向かい合いましたか?
坂本冬美 私自身も大切な人との別れをいくつか経験していますし、気持ちを乗せたら歌えない歌ではあるんです。正直言って、自宅で練習しているときは何度も「うっ」と泣きそうになったぐらいなんです。愛する人が逝ってしまって残された人の想いと、愛する人を想いながら逝ってしまった人がいるわけで、どちらもつらいわけですよ。だけど、千の風が吹くなかで、どちらもお互いを想って「大丈夫だよ」って歌っている曲なのかなと思って。なので、あまり感情を乗せずに淡々と歌ったんです。
――やはり、まずその歌詞の意味や世界を理解することが重要なんですね。
坂本冬美 とても大切だと思います。それは猪俣(公章)先生の教えでもあるんです。「まず歌詞を大事に歌いなさい」と。
――6曲目の「身も心も」は、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのカヴァーです。坂本さんの情感に満ちた歌だと感じました。
坂本冬美 逆にこの曲だけかもしれないですね、気持ちのままに歌えたのは。ロックやブルースの匂いがする曲じゃないですか。歌詞の描写は客観的ですけども、自分の中でこの世とあの世の社会をさまよっている。大切な人がいるわけですよね。そこは魂で歌いたいと思った曲ですね。
――7曲目の「One more time, One more chance」は、山崎まさよしさんのカヴァーです。切々とした味わいが坂本さんの表現として歌に表れていると感じました。
坂本冬美 山崎さんの歌は難しいんですよ。1番も2番も違った歌い方をされているんで、覚えるのに四苦八苦しちゃって、韓国のソン・シギョンさんのカヴァーを聴いて覚えたんです。後半は、本来の私だったらもっともっと盛り上げていきたいところなんですけど、なるべく抑えて抑えて、最後だけちょっと少し気持ちを乗せるぐらいの感じにしました。
歳を重ねても、かっこよく「夜桜お七」を歌いたい
――8曲目の「Oh! クラウディア」は、サザンオールスターズのカヴァーで、これも桑田佳祐さんの作詞作曲です。メロディーに情感を乗せていく坂本さんの歌が見事だと感じました。
坂本冬美 これはストレートに気持ちを歌詞に乗せている歌だと思いますし、それに私は青春時代に『NUDE MAN』(1982年)をずっと聴いていましたので。私は去年、弟を亡くしたんですけど、最後のお別れのときに、姪っ子たちが『NUDE MAN』を流したいと言ったんです。そこに収録されている「Oh! クラウディア」が弟のカラオケの十八番だったらしくって、いつも車でも流れていたと聞いていたので、廣瀬さんが選んでくれても、この曲を歌うのはちょっとつらかったんです。そういう話を付き人の女の子に話していたら、そのとき、そばに置いてあったバランスボールがスーッと動いたんですよ。これは作り話じゃなくてね。それで「これは弟が歌ってほしいって言ってるのかな」と思って歌うことにしたんです。だけど、気持ちを乗せすぎるとつらくなるので、客観的に物語を話すような感じでスタートしてみたんです。
――9曲目の「心 はなれて」は、オフコースのカヴァーです。シャンソンのような美しさもたたえていますが、小田和正さんの歌を前にして、どういうイメージで歌おうとしましたか?
坂本冬美 これはもうね、どうあがいてもあのお声は出ませんので、もう本当に心を込めて歌うしかないですよね(笑)。小田さんのあの一声を聴いたら、みなさん気持ちを持っていかれるわけですから、今回は小田さんのことはもう意識せずに歌いました。お別れしてしまったけれども、「ありがとう、またどこかで会いたいね、笑顔で会おうね」っていう気持ちで歌いました。
――10曲目の「花瓶の花」は、石崎ひゅーいさんのカヴァーです。歌によって未来への希望を感じさせるのは、さすが坂本さんだと感じました。
坂本冬美 この曲を最後に持ってきたのは、愛する人を思い出していただいたり、次につながるような気持ちになったりするようにしたくて。だから、最後のピアノのアレンジも、気持ちが洗われるような作りにしていただいたんです。
――坂本さんのような方でも、歌うにあたっては、カヴァー・アルバムでも一切手を抜かずに、楽曲とストレートに向き合う作業をしたわけですね。
坂本冬美 それも一生懸命で、自分の無力さを感じながら、もう反省の日々が続くんです。ステージやテレビでは、もっと魂を込めて歌わせていただきたいと思います。ただ、これはアルバムですから、みなさんも何度も何度も聴いていただきたいですし、心地よくみなさんのお耳に、心に届けば、こんなありがたいことはないので、ちょっと物足りないぐらいでちょうどいいのかなと思ってます。余白を大切にしたいですし、一回アルバムを聴いて「もうお腹いっぱい」では困るんですよね。CDとなって、10曲を聴きながら眠るぐらい心地よく届いてくれたら、こんな嬉しいことはないですね。でも、車を運転しながら寝られたら困りますね(笑)。
――そうですね(笑)。そして、坂本さんがロック、ポップスのミュージシャンの人と多く関わってきたからこそ歌いこなせるのだろうと感じました。
坂本冬美 違うジャンルのいろんな方とご一緒させていただいたり、これまで何枚かカヴァー・アルバムを出させていただいたりして、いろいろ葛藤はありながら、演歌のコブシを抑えることも意識し続けてきて、だんだんそういうことが自分の中でストレスにならずに歌えるようになってきました。だけど、今回はまたまたポップスでも今までとはまたちょっと違っていて、私にとってはハードルの高い曲が多かったので、とても勉強になりましたし、次につながるアルバムになればいいなと思います。
――坂本さんほどのキャリアの方でも「勉強」なんですね。
坂本冬美 とんでもないです。本当に今のアーティストの方は、歌唱力もすごいですし、「なんでこんな難しい曲を息継ぎもせずに歌えるの?」と思うぐらいすごい人たちがいっぱい出てきていて、もうあそこまで行くと私には手が出ないんです。AdoさんにしてもYOASOBIにしてもそうですし、ヒゲダン(Official髭男dism)や米津(玄師)さんにしたってそうですし、もう手も足も出ません。今回のこの10曲は、自分の中で歌詞を消化できて、これぐらいのリズムだったらついていけるっていうギリギリのところだと思います。
――去年の「紅白」を拝見しましたが、坂本さんがJO1やBE:FIRSTのメンバーとともに歌う華やかな姿がある一方で、こうして歌に向き合うストイックな姿があるのだなとも感じます。
坂本冬美 もちろん何もしなくてもステージで華やかに輝ける人もいれば、水の下でバタバタして優雅に見せる人もいて、私はどっちかっていうと後者のほうなんです。もうもうバタバタして本番に臨むタイプなので、無駄な力をいっぱい使ってると思うんですけど、でも、それが無駄じゃないって信じていて。自分なりのスタイルをキープしながら、自分ができる範囲の中でまたチャレンジできることがあれば、どんどんチャレンジしてみたいと思います。手も足も出ないところには行きません、あんまり滑稽になってはいけないので。
――JO1やBE:FIRSTのメンバーと共演してみていかがでしたか?
坂本冬美 あれは嬉しかったですよ。なぜかって言うと、やはり「紅白」でしか共演できない方々ですし、「紅白」でしか見てもらえない世代の人たちがいるわけじゃないですか。JO1やBE:FIRSTのファンの方には、初めて私を知る人もいらっしゃったと思うんですね。そこで「坂本冬美は若いアーティストと一緒に歌ってもかっこいいよ」って思ってもらえるアーティストでなきゃいけないっていうプレッシャーはありますよ。でも、いくら歳を重ねても、かっこよく「夜桜お七」を歌いたい気持ちはありますので、その気持ちがあるうちは、きっとまだまだ頑張れるかなと思います。