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ハリルJAPANで現実を知った「決して喜べないゴール」

杉山茂樹スポーツライター

ハリルホジッチと言われても、予備知識豊富な人は少ない。すごい監督なのか、たいしたことはない並の監督なのか。そのあたりについて詳しい人より、詳しくない人のほうが圧倒的に多いだろう。新監督はいったいどんなサッカーをする人物なのか。チュニジア戦最大の焦点は、そこだったはずだ。

アギーレの時も、ザッケローニの時もそうだった。代表チームの新外国人監督の戦術、サッカーゲームの戦い方に目を傾けることは、もはや慣例になっている。

布陣は4−2−3−1。サッカーそのものも攻撃的な部類に入るが、そうした意味での衝撃は、今回まったくと言っていいほどなかった。従来と大きく異なる点は、見えてこなかった。

強いて特徴を挙げるなら、この試合に、いわゆるベストメンバーを編成して臨まなかったことにある。スタメンは、アジアカップとは7人変わっていた。

「できるだけ多くの選手を見てみたいので、これまであまり使われてこなかった選手を多く選んだ」と、ハリルホジッチは言った。就任記者会見では、「3月の試合は従来のメンバー中心」「その後は、試合ごとに選手が入れ代わる可能性が高い」と述べたが、フタを開ければ、初っ端から、彼はいろいろな選手を試そうとした。

その結果、どういうことが起きたか。こちらの目まで選手に向くことになった。新監督ではなく選手。ハリルホジッチと同じ目線で、新生日本代表を見つめることになった。主役は、気づけば交代していた。どの選手がどれくらいやれるのか。それは我々にも興味深いテーマとして映ったのだ。

試合後の会見に臨んだハリルホジッチは、満足げな表情で雄弁に語った。しかし、こちらはそれに必ずしも同意できなかった。同じ目線を傾けていたにもかかわらず、彼のような満足感を得ることができなかった。

日本代表が可能性の高いサッカーをし始めたのは、後半15分以降。すなわち、本田圭佑と香川真司がピッチに交代選手として送り込まれてからだ。

先制点が生まれたのは後半33分。得点者はその6分前に、交代出場した岡崎慎司で、アシストは本田だった。その本田にパスを送ったのも香川だった。それは、ハリルホジッチにとっても、我々日本人にとっても、すでに十分知っている選手がボールに絡んだことで生まれたゴールだった。

新鮮さはゼロ。香川のシュートを相手GKがはじき、それを本田がプッシュしたことで生まれた後半38分の追加点も同様。この試合のテーマ、すなわち「新戦力の発掘」に照らせば、決して喜べないゴールだった。

ザッケローニ、そしてアジアカップにお馴染みのメンバーで臨んだアギーレに対し、我々は、「もっと新戦力を使え」と異を唱えた。目先の勝利を欲するあまりテストを怠るその姿勢を「保身」だと言って非難した。

そこのところをすべて解除して戦おうとするハリルホジッチのやり方は、そうした意味で大歓迎だった。チュニジア戦のスタメンを見たこちらは、これまで動かなかったものが、動きはじめそうな好感触を得た。だが終わってみれば、結局、何も動かなかった。主役はやっぱり、本田であり、香川であり、岡崎だった。

選手がアップデートされていない日本の悩ましい現状を再認識させられることになった。試合後、期待に胸を膨らませているようにみえたハリルホジッチとは、まったく別の思いを抱くことになった。4年前と変化なし。畑には、新しい芽がほとんど芽吹いていない。大袈裟に言えばそうなる。

唯一、明るい希望を抱かせたのは後半44分のシーン。後半27分に交代出場を果たした宇佐美貴史が、香川からスルーパスを右足で流し込もうとした瞬間だ。シュートは無情にも右ポストを叩き、ゴールはならなかったが、新生日本代表の門出にふさわしい胸の透くようなプレイだった。

とはいえ、宇佐美は現在22歳。まもなく23歳を迎える。2018年には26歳になっている彼を、期待の若手と言って、もてはやすわけにはいかない。

この日、日本は21歳以下で構成される五輪チームが、その予選でマカオと対戦。7−0で勝利を収めたが、最初から大勝することが分かっている弱者相手に、フルキャストで臨む必要があっただろうか。2018年を考えれば、主要メンバーは今のうちからA代表に加え、ハリルホジッチの下で鍛えるべきではないのか。

五輪チームの在り方を考え直す時期に来ていると僕は思う。A代表に有能な選手があふれかえっているならともかく、そうではない状況にある今、それぞれが別々に行動する姿は、とても暢気(のんき)に見える。

ハリルホジッチは、31日のウズベキスタン戦でも「新しい選手を起用するつもりだ」と語ったが、新しい選手が若いわけでは決してない。日本の問題はそこにある。長谷部が33歳になり、本田、岡崎が32歳になる2018年までに、下の世代から何人若手が育ってくるか。それこそが、ハリルホジッチが成功するか否かのポイントになる。

ハリルホジッチでも、かなり苦しいのではないか。青息吐息になるのではないか。本田、岡崎、香川の活躍で、初戦を何とか勝利で飾ることができたその船出を見せられると、選手の空洞化は想像以上。3年3カ月後が大いに心配になるのである。

(集英社・Web Sportiva 3月28日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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