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東京五輪の開催は犠牲的精神によるのか、特攻自爆精神で行われるのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(586)

水無月某日

 東京五輪の開催を強行することは、日本人の犠牲的精神の上に成り立つのか、それとも特攻自爆精神で行われるのか、そんなことを考えさせられる今日この頃である。

 前者はバッハIOC(国際五輪委員会)会長の「日本人は歴史を通じ不屈の精神を見せてきた。この困難な五輪を唯一可能にするのは、逆境を乗り越えてきた日本人の能力」という発言で明らかなように、IOCは日本人の稀有な犠牲的精神が東京五輪開催を可能にすると考えている。

 バッハ会長が日本人の歴史の何を指したかは明らかでないが、フーテンは第二次大戦で米国から人類史上初となる原爆を2度投下され、にも関わらず米国を恨むことなく、米国に自国の安全を委ね、それによって軍事負担を軽減し、持てる力を経済に注ぎ込み、世界も驚く高度経済成長を成し遂げたことを指しているのかと思った。

 だとするとバッハ会長の言う「日本人の犠牲的精神」は必ずしも的を射ていない。フーテンはベトナム戦争がまだ終わっていない時代に、アフリカや中東、東南アジアを取材したことがあるが、フーテンを日本人だと知るや各地で「日本は米国から原爆を落とされたのに、なぜ米国が有色人種を殺す戦争に協力するのか」と質問された。

 中には腕をまくって自分の腕を指さし「お前と俺の肌の色は同じだ。しかしベトナム戦争は肌の色の違う米国が俺たちと同じ肌の色を殺している。日本人は白人から原爆を落とされた経験を忘れたのか」と言う者もいた。

 しかし日本人は被爆の経験を忘れてはいない。忘れてはいないが悪い戦争を仕掛けたのだから「仕方がない」と思い込まされ、日米安保条約を結んで米国に安全を委ねる道を選択した。

 吉田茂は平和憲法を盾に再軍備を拒み、日米安保条約で軍事を米国に委ねたが、その一方で米軍の武器弾薬を作り「戦争特需」の恩恵を受ける道を選んだ。それが日本を工業国家として経済成長への道を拓く。朝鮮戦争とベトナム戦争の「特需」がなければ日本経済の今日の繁栄はない。

 そして日本は米国から要求される軍事負担を軽減するため、まず国民に平和憲法の尊さを教え、野党に護憲運動を主導させることで、米国の要求が過度になると、野党政権が誕生してソ連と対立する冷戦時代の米国の国益に反すると思わせた。

 これが自民党と社会党の暗黙の了解事項である。だから社会党は決して政権交代を狙わず、護憲政党であることを前面に打ち出す。つまり憲法改正させない3分の1の議席は獲得するが、決して過半数は獲得しない。そして自民党は必ず社会党に3分の1の議席を与える。それを可能にしたのが中選挙区制の選挙制度だ。

 これが「55年体制」の隠された実像である。この自民党の「軽武装・経済重視」路線で日本は高度経済成長を達成し、米国経済を乗り越える勢いになった。しかしソ連が崩壊して冷戦構造が終わると、このからくりは効かなくなる。

 冷戦が終わった1989年をピークに、日本経済はつるべ落としの勢いで坂道を転がり落ち、「失われた時代」を迎えた。そして米国に自国の安全を委ねたことが日本を身動きの取れない国にする。周辺に危機が起これば日本は米国の命ずるままに米国製兵器を買わされ、それを拒否する論理も力もない。それが日本の現状である。

 焼け野原から経済大国に上り詰めたのは、日本人が逆境に耐える犠牲的精神の持ち主だからではない。米国の歴史学者マイケル・シャラーが言うように「狡猾な外交術」を駆使した結果である。日本政治は国民と米国を「狡猾」に騙して高度経済成長を成し遂げた。

 ところが最近ではその「狡猾」さもなくなったようにフーテンには見える。IOC幹部は一方で日本人の犠牲的精神を称賛し、もう一方では何が何でも開催すると強い意志を示して日本人を脅しにかかる。日本を硬軟取り混ぜた圧力で攻めれば犠牲を甘受すると思われているかのようだ。

 そして今週発売の「週刊新潮」のグラビアには、五輪旗をつけた菅総理操縦の特攻機がコロナウイルスめがけて自爆攻撃を行う風刺画が掲載された。南仏の地方紙が1月に掲載した風刺画だという。

 その中で菅総理は「それでも東京五輪を開催します!バンザイ」と叫んでいる。相手のコロナウイルスは「参加することに意義がある」と言い、開催することで感染が拡がることを喜んでいるように見える。

 見た瞬間、「そうだ!日本にはもはや狡猾なる外交術はなく、何も考えずにただ突っ込んでいくしか方法はないことを、外国人に見抜かれている」と思った。3年後にパリ五輪を控えるフランス人に、今年の東京五輪開催が特攻攻撃に見えるということは、日本人がもはや「狡猾」ではなく「単純」で「思慮のない」人種に見えているということだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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