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新型コロナで厳戒? 韓国総選挙「史上最多」期日前投票ルポ

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
筆者の身分証を手に、投票用紙を印刷する京畿道の職員。11日、筆者撮影。

韓国では国会議員300人すべてが改選される総選挙が15日に迫っている。そんな中、10日から11日にかけて期日前投票が行われ過去最高の投票率を記録した。韓国で投票権を持つ筆者がその様子を伝える。

●長蛇の列「並んで投票するのは初めて」

私が投票に行ったのは期日前投票(韓国では「事前投票」と呼ぶ)の最終日、11日土曜日だった。ひと仕事終えた午後5時半ころ投票所である近所の役場に向かうと、すでに100人以上が列をなしていた。

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京畿道金浦市高村邑の役場前で期日前投票のため並ぶ市民たち。以下の写真はすべて11日、筆者撮影。
京畿道金浦市高村邑の役場前で期日前投票のため並ぶ市民たち。以下の写真はすべて11日、筆者撮影。

実はお昼時、この役場の前を通り過ぎた際にも似たような行列があった。最初は「マスクを買う列かな」と思ったが、すぐに「まさか選挙か!」とハッとした。昨晩見た「期日前投票に人々が押し寄せている」というニュースが思い浮かんだ。

ここ京畿道金浦市高村邑は、金浦空港から車で20分ほど離れた何ら特徴のない小さな街だ。この日の最高気温は15度。だが風が強く、日陰の役場前広場の体感温度は10度以下だった。

私も比較的薄手の出で立ちだったため、寒さが身にしみた。周囲を見るとやはり楽な服装な人が何人かいた。おそらく、こんなに並ぶと思わなかったのではないだろうか。

選挙公報に見入る夫婦。高村邑を含む小選挙区には4人が立候補した。
選挙公報に見入る夫婦。高村邑を含む小選挙区には4人が立候補した。

前列の女性に「すごい人出ですね。なぜ期日前投票に来たのですか?」と声をかけた。え?と驚いた顔がマスク越しに見て取れた。それでも「当日は混むかと思って、混雑を避けてきた」と答えてくれた。

「地元の方ですか?」と聞くと、うなづいた。当然だ。韓国の期日前投票は、全国どの投票所でもできるシステムで、小選挙区外の地域から来た人は並ばずに投票できるからだ。

実は私は、15年以上住んだソウルを離れ、この地域に引っ越してまだ2か月にも満たない新米住民だ。「この地域の選挙はいつもこうやって並ぶのですか?」と聞くと、「並んで投票するのは初めて」と笑った。

会話を交わす中、列は次第に進んでいく。少し離れた所をやはり年配の女性2人が「なんでこんなに関心があるの?並んでいるのは初めて見た」と、見世物でも見るような顔で笑いながら通り過ぎていった。

長い列が続く。
長い列が続く。

●投票できないかも!?

20分ほど並ぶと、やっと入り口が見えてきた。既に投票を終えてきた体格の良い中年男性が、列に並ぶ知人らしい男性に「よう。コロナで列の進みが遅い。このままでは投票できないんじゃないか」と脅すような大声で話しかけた。

まずい、投票してこそのルポだ。私も焦る。すると、後列にいた中年夫婦が「またの機会にしようか」と列を離れていった。時計は5時50分を過ぎたところだ。この時ちょうど、前の道路を選挙カーが静かに通り過ぎていった。

間が持たずに、そのさらに後ろにいる人に話かける。「時間、大丈夫なんですかね?」「さあ?」「なぜ期日前投票を?」「混むのが嫌で。コロナ対策」。投票できるのか。よく分からないまま、ひとまず列に並び続けた。

役場の入り口。気が急くのか、人々が密着している。
役場の入り口。気が急くのか、人々が密着している。
入り口のドアには互いに距離を置く「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離戦略)」を呼びかける張り紙が。
入り口のドアには互いに距離を置く「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離戦略)」を呼びかける張り紙が。
発熱チェック。
発熱チェック。

役場の入り口では若い男性職員による発熱チェックが行われていた。選挙管理委員会の規定では37.5度以上の熱や咳などの症状がある場合、別途設けられた場所で投票するとある。

内心緊張しながら計ると「通ってください」とそっけない返事。「何度でしたか」と体温計を見せて貰うように頼むと「寒いせいか34.3度ですね。もう一度計ってみましょうか」と言うので、では、と頼んだ。

次は32.1度。ポーカーフェイスの男性もさすがに笑って「もっと下がっちゃいましたね」と先に進むことをうながした。この投票所ではおそらく、全員が同じ場所で投票できたはずだ。

そういえば前日のニュースで、発熱チェックに怒り職員を暴行した男性の話をしていた。長引く新型コロナで皆、ストレスが溜まっている。

投票を保証してくれる紙だ。
投票を保証してくれる紙だ。

屋内に入ると、別の職員が「投票締切り時刻 到着選挙人」と書かれた小さな紙を配っていった。どうやら午後6時の時間切れになっても、これがあれば投票できるようだ。とりあえず一安心だ。

同時に、先ほど帰って行った後列の夫婦を思い出した。やはり並んだことがないから、こういう規則があることを知らないのだろう。

ポツンと置かれたポンプ式の消毒剤。
ポツンと置かれたポンプ式の消毒剤。
2階へと続く列。
2階へと続く列。

●いよいよ投票、約50センチの用紙

投票は2階で行う。階段の入り口には消毒剤がある。使うのは3人に1人といったところだ。私も素通りした。

階段に並ぼうとすると、女性職員が走ってきて「2段ずつ離して待機してください。余裕を持って並んでください」と早口で注意を呼びかけた。選管の規定は「1メートル離れること」だ。若干近いか。

2階のロビー。地元で投票する人の列だ。外部から来た人向けの左側の列には誰も並んでいない。
2階のロビー。地元で投票する人の列だ。外部から来た人向けの左側の列には誰も並んでいない。
手袋が並ぶ。
手袋が並ぶ。

次は手袋の着用だ。マスクと並び、選管が義務づけている。薄い使い捨て手袋が机の上に並べられている。写真を撮ろうとすると、女性職員が「待って!」と駆け寄ってきた。撮影禁止なのだろうか。すると「さっきも撮影した人がいたけど、その時は綺麗に並べられなかったから」と笑いながら机を整えてくれた。

投票所内の様子。大きな講堂だ。
投票所内の様子。大きな講堂だ。
身分証を見せて、投票用紙を受け取る。
身分証を見せて、投票用紙を受け取る。

いよいよ投票だ。身分証を提示し、本人確認を行う。この時だけはマスクを下げて、顔を見せなければならない。右の白い機会にサインをすると左のプリンターからその地域にあった投票用紙が出てくるシステムだ。

撮影許可を取ると、「私が写ってもよいのなら」と笑った。笑顔の絶えない投票所だ。ただ、「投票用紙の撮影は絶対にしてはいけない」とクギを刺された。投票用紙を故意に撮影する場合、2年以下の懲役もしくは400万ウォン(約36万円)以下の罰金だ。

小選挙区と比例区、2枚の投票用紙を手に投票ブースに入る。緑色の比例区は48.1センチだそうだが、なるほど長い。事前に投票先を決めてきたが、直前で迷った。10秒ほど頭の中を色々な考えがめぐる。結局、決めてきた通りに投票した。

手袋はこちらに。
手袋はこちらに。
ぴったり6時。
ぴったり6時。

●過去最高の期日前投票率

手袋を脱ぎ捨てると、ちょうど6時だった。満足感と共に2階から外に出て下を眺めると、まだ数十人の人が並んでいた。でも安心だ。6時前に並んだ人はみな投票できる。

「毎回こうやって並ぶ訳ではないですよね?」帰りしな、広場で市民の案内を続けるいかにもベテランとおぼしき職員に声をかけてみた。

「16年にあった前回の選挙でも案内を担当したが、こんな列は無かった。予想以上の人出だ」と満点の答えだった。もっと聞きたかったが、たたみかけるように「では!」と締めてきたので、仕方なく帰った。

午後6時の役場前広場。
午後6時の役場前広場。

この日の夜、韓国中央選管は「期日前投票に1,174万2,677人が参加し、歴代最高となる26.69%の投票率を記録した」と明かした。

さらに「ソウル・京畿・大邱・慶尚北道地域内の8つの生活治療センターに設置した特別事前投票所では446人が投票した」とした。同センターでは軽症の新型コロナウイルス感染者が治療を受けている。

韓国では4月に入り、毎日の新型コロナウイルス確診者(検査陽性者)数が50人以下を切る日が増えている。

そのためか、コロナ厳戒がさけばれた期日前投票も至って平穏な雰囲気で行われた印象だ。だが、15日はこの何倍も混雑する。気を抜くには早いだろう。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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