【パリ】ホテル「リッツ」のお菓子屋さん誕生。敷居の高いパラス級ホテルの味とセンスを気軽に。
ホテル「リッツ」といえば、パリを代表するパラス級ホテル。数々の歴史の舞台になった場所です。その名門ホテルが新しい試みとして、直営のお菓子屋さんをはじめました。名前は「LE COMPTOIR(ル・コントワール)」。ホテルの裏玄関があるカンボン通りに面したお店で、6月7日にオープンしました。
敷居の高いホテル本館に入らなくても、カンボン通りに開いたドアから直接この店に入り、気軽に超高級ホテルの味を楽しめるというコンセプト。ウイークデーの朝8時から夜7時までの営業ですから、言ってしまえば、街角のパン屋さんに立ち寄る感覚で利用できます。
とはいえ、そこは「リッツ」。クオリティもお値段も、街のパン屋さんと同じではありません。美しい内装の店内に綺麗に並んでいるのは、「リッツ」のシェフ・パティシエであるフランソワ・ペレさんによるクリエーション。この方、2019年、世界のレストランの最優秀パティシエに選ばれていて、ネットフリックスの番組にも登場して人気を博しているという方なのです。
店内には、パリのパン屋さんの定番のクロワッサンやパン・オ・ショコもあるのですが、(なるほど、その手があったか)と思わせる形をしています。細長いスティック状になっていて、食べやすいうえにパンくずがこぼれにくいというもの。このオリジナルな形は、サンドイッチやミルフュイユなどにも共通していて、それがこの店のラインナップの個性になっているようです。
ペレさんは、2016年に「リッツ」が大規模な衣替えをはかったときにシェフ・パティシエとして迎えられていますが、そのときすでに「リッツ」のスイーツの象徴といえるものを発表しています。それが、マドレーヌ。新店「ル・コントワール」でも、マドレーヌが主役級のスイーツとしてガラスケースを飾っています。
「プルーストのマドレーヌ」とフランス語でいうと、特定の香りによってある記憶や感情が反射的に蘇ってくる作用、反応のことをさします。文豪プルーストが、『失われた時を求めて』の中で、マドレーヌの香りから幼いときの記憶が蘇るという描写をしたことが元になっているようですが、そのプルーストは「リッツ」の歴史上、著名な常連客のひとり。というわけで、ペレさんはマドレーヌを「リッツ」のアイコン的なスイーツとし、さまざまなバリエーションを編み出してきているのです。
「ル・コントワール」のもうひとつのスペシャリティは、飲むスイーツ。ストローで飲めるくらいのクリーム状のドリンクで、ビスケットとソースをトッピングしてサクサクとした食感も楽しめるというもの。いくつかバリーエーションがあるのですが、牛乳が苦手な人やヴィーガンの人向けに、カラスムギをベースにしたものもあるなど、昨今のヘルシー志向や多様な食の傾向への配慮も見られます。
ところで、コロナ禍でパリの高級ホテルやレストランは長い休業を余儀なくされました。その非常時の策としてテイクアウトを始めたり、あるいは超高級路線からの転換をはかったり、さまざまな形で苦境を乗り切ろうとしてきたことは、これまでにもいくつかの例をご紹介してきました。今回「リッツ」が広く扉を開いた「ル・コントワール」も、もしかしたらその流れのなかにあると感じられるかもしれません。
ただし、パラス級ホテルの路面店パティスリーとしては、ホテル「ル・ムーリス」が開いた「セドリック・グロレ」の先例がすでにあり、高級ホテルの食の分野での「民主化」はコロナ前からすでに始まっていたといえるでしょう。
一生のうちに一度でも「リッツ」に泊まれるという人はおそらく一握り。パリの人でも「リッツ」に足を踏み入れたことがないという人のほうが多いのではないかと思います。
けれども、マドレーヌやクロワッサンならば手が届くはず。そんな日常のなかの「プチ贅沢」を提供することで、これまでは「リッツ」に縁のなかった人やその子どもたちの世代にもブランドイメージを浸透させるひとつのアプローチになることは確かでしょう。
ブランドイメージといえば、パッケージもとても大切な要素ですが、「ル・コントワール」では、そのあたりも抜かりなしです。現代のパティシエ界のスターともいうべきペレさんがアイコンになっていて、それが「リッツ」の創業者、セザール・リッツ、はたまた伝説の料理人エスコフィエとセットになって、箱のデザインになっています。それと同じようなタッチで表現されたショッピングバッグのモチーフはマドレーヌ。日本の文様、青海波を思わせるようでもあり、なかなかインパクトがあります。
そして要のテーマカラーはピンク。すこしオレンジ色をおびたサーモンピンク、はたまたピーチピンクと形容したいような色ですが、じつはこれ、そもそも「リッツ」の客室のテーマカラーでもあって、女性の肌がもっとも美しく見えるという理由で、バスローブやタオルにこの色が使われているのです。
老舗ブランドのステイタスをそこなうことなく、より多くの人に開かれたものにするための創意工夫が、あらゆる形をとって「ル・コントワール」を作り上げていると感じます。
コロナ禍にあっても「次」をみすえてモーターが回り続けているパリ。そうして醸成される時代の空気や躍動感によって、この街はホコリをかぶらず、常に世界の人々を引きつけてやまないのだろうと思います。
※「ル・コントワール」の様子はこちらの動画からもご覧いただけます。