「新”反日”ワード」、安倍首相辞任に際しても文在寅派議員が使用。韓国内識者からは「お寒い」の声も
安倍首相の体調悪化に「万感の思い」
さる8月28日の安倍晋三首相辞任表明に関する「韓国の反応」報道は一通り出たところか。
今回は大手メディアが報じた内容からより一歩、深い層に入った話を。
「韓国の与党国会議員の公式SNSで公開された、日本に引っ掛けた悪口」
土着倭寇という言葉だ。韓国語で「ドチャック・ウェーグ」と読む。
安倍首相が辞意を表明する前日、8月27日に韓国の革新系与党「ともに民主党」のイ・ゲホ議員(当選3回。前全羅南道副知事など)の公式フェイスブックに登場した。「朝鮮日報」など韓国国内大手メディアがこれを巡る騒動を報じた。
安倍首相本人による辞任表明の前日に掲載された内容は次の通りだ。
安倍晋三首相の健康が非常に悪いらしい。すぐに首相を辞任するという予測が出ている。ビラを中心に具体的な病名まで出回っているので、深刻な状態であるようだ。
これを眺める心情は、本当に万感が交差する。
これまでなかなかに大韓民国の国民と政府を苦労させたからだ。しかし、一日も早く健康を回復し、快癒することを心から願う。これは本当だ!
そして少しでも良い人が後継者になることを願う。いずれにせよ土着倭寇たちは、安倍首相が退いた後、その喪失感をどのように回復しなければならないだろうか?
※安倍首相の健康が必ず回復し、日韓関係が良い方向に発展する機会になることを本当に願っています。
最も好意的に読めば、「日本という国は全否定しないし、個人としての安倍さんは尊重する。でも首相としての言動は嫌いだ」という話。これは筆者自身、韓国人と言葉を交わすなかでもよく聞く話だ。2019年夏の「NOジャパン運動」の左派によるデモ取材時にも、現地で丁寧に迎えられることがあった。
逆に読めば「また韓国議員が嫌味を言いやがって」となるか。ちなみに前半部分に出てくる「安倍首相の病状に関するビラ」については、政界のみならず、先週には韓国内でかなり噂が流れたようだ。筆者のところにも韓国の友人から「どうなってるの?」と問い合わせがあった。
いっぽう韓国では別のポイントが問題になった。その多くはあくまで「国内問題」としての扱いだ。
土着倭寇=日本の立場を擁護する韓国人
ではこの文章の何が韓国内で問題とされたのか。具体的にはこの点だ。
いずれにせよ土着倭寇たちは、安倍首相が退いた後、その喪失感をどのように回復しなければならないだろうか?
=国内の保守派たちは大好きな安倍首相がいなくなって寂しいだろう?
土着倭寇とは韓国メディアによると“日本の立場を擁護する韓国人”を誹謗する時に主に使われる言葉(「ソウル経済」2019年7月5日)。ごく平たく直訳すると「日本に根を張った日本野郎」といったところか。つまり「倭寇」というの日本を意味するのだが「土着倭寇」という言葉はこれが転じて”日本と一体化した韓国人”を指すのだ。
これに対する批判を「朝鮮日報」が報じた。保守系の第一与党、未来統合党で統一問題の委員長を務めるキム・グンシク慶南大教授が強く批判した内容だ。
「隣国の指導者を心配しながら、本音ではざまあみやがれという考えを持っているようだ。手放しでそうは言えないから急に土着倭寇の矢を放ったということ」
この言葉、ここ一年ほど韓国で新しい言葉として使われてきている。2019年初頭から脚光を浴び、同年5月5日の「ソウル経済」によると「主に日常生活よりもネット上で使われる言葉」とされてきた。
特に2019年以降は「左派が右派を『日本に近い』として攻撃する言葉」として使われている。今年8月15日の「光復節」での「親日派墓暴き演説」で大きな論争を巻き起こした、左派系のキム・ウォヌク氏(光復会会長)もこの言葉を使った。保守系野党第一党の「未来統合党」からの猛反発に対し、8月24日に革新系与党「ともに民主党」を通じて、こう声明を発表したのだ。
「親日庇護勢力と決別できない統合党は、土着の倭寇と一体だという国民の認識が深化するだろう」
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その意味と、”ブレイク”のきっかけ
土着とは韓国語でも「代々その地に暮らしてきたこと」を意味する。同じ漢字文化圏、この用語にニュアンスの違いはない。
倭寇とは韓国での定義では「前近代の日本の海賊集団を表す言葉」。2つが合わさってできた新語だ。
このうち、「倭」という言葉には日韓でニュアンスの違いがある。前出の「ソウル経済」はこう記す。
「倭という言葉自体が日本を低く下げて呼ぶ意味であるからこそ、“土着倭寇”は人種主義的な単語」ということだ。実際に標準(韓)国語辞典には『倭は日本を見下げて出来た言葉』と定義されている。
一方、韓国内でもこういった解釈があるとしている。
「倭は日本が正式な国号を使用する前に、自らを称する時に使われた言葉であるため、日本人を卑下する意味は含まれていないという主張もある」
「親日派」の類似語でもある。親日派とは「親日民族反逆者」であり、日本統治下の朝鮮半島にあって「日本の権力側に擦り寄り、統治に協力するのみならず、暴力や略奪などで当時の朝鮮人を苦しめた者」。いっぽう「土着倭寇」とは「むしろ日本人よりも朝鮮半島の植民地支配に積極的だった者」というニュアンスがある。
ルーツは日本統治下の書籍に書かれた言葉、など諸説ある。いっぽう2019年以降に使用されるようになったきっかけは確かだ。この年の3月、保守の大物議員ナ・ギョンウォン氏の発言が物議を醸した。
「反民特委(反民族行為特別調査委員会)により国民が分裂した」
反民特委とは1949年に設置されたもので、日本統治時代に日本に協力したものを反民族行為者として処罰するために制憲国会内に置かれた。わかりやすく言うと、右派が左派的思考のある委員会を批判したというもの。
当時存在した中道政党の民主平和党のスポークスマン、ムン・ジョンソン氏がこれを「土着倭寇」と表現。公式的な見解として発表した。すぐに党内から「度を越えた表現」との反省の弁が発表され、大きな注目を浴びた。
ほんの1年前、一般市民も「使用が憚られる」と考えていた単語
細かい解釈はさておき、2020年の現在、韓国で「土着倭寇」という言葉を使う側に悪意はある。さらにそれは、日本人を表すのではなく、自国人を指すことになっている。「日本よりも、日本と親しい自国人が憎い」というところだ。タイトルでカッコつきの”反日”としたのは、その先に日本への敵対意識があることは違いがないが、まずはその前に国内での対立を意味するということだ。
「悪口の中に古い日本のイメージが溶け込んでいる」
といったところか。ここらあたり、長年サッカーの日韓戦も取材してきた筆者からすると「そういったこともあるんじゃない」といったところだが。韓国という国から反日感情が消えることは決してない。
否、そんな言葉が流布していることに腹を立てるべきか。ただ、こちらから抗議しても「いえいえ、今の日本のことを言っているのではありませんから」とすっとぼけられかねない。
とはいえ、こちらからも何かプレッシャーも与えたいところ。一点、つっこみどころはある。この「新語」について記した前出の「ソウル経済」が興味深い。
タイトルは「コメント欄(マナー)サロン:”土着倭寇”という言葉は使っていいの?」
2019年7月15日の記事は、「今年から見かけるようになったこの言葉を使ってもいいものか、ネット上で議論になっている」と記している。その理由は「日本を蔑視する単語ではないか」という意見と「歴史的な脈略を考慮すれば使える」というものだ。
つまり、ネット上で一般市民が「使うのも憚られる」とも躊躇うグレーゾーンにある言葉を、野党国会議員や野党が容認しているのだ。今回のイ・ゲホ議員、キム・ウォヌク氏、ともに民主党などの言動は、公人や政党にふさわしい振る舞いだろうか。
- この言葉の語源について報じるKBS。これとて2019年3月18日の報道だ
韓国内からも強い批判「葬式でご祝儀を渡すような悪いふるまい」
この場で筆者が強く意見したくもあるが、十分に韓国側でもこれを牽制する意見が出ている。前出の保守系、キム・グンシク慶南大教授が「イ・ゲホ議員メッセージ」を強く牽制している点を「朝鮮日報」が詳しく報じている。
「(安倍首相の体調を案じるふりをする)偽装をするなら、分からないようにしないと」
「安倍の心配をして急にサプライズ的に土着倭寇の批難をするのは、葬式に行ってわざわざご祝儀を渡すような悪いふるまい」
「あなたたちが主張する土着倭寇は、安倍以前にもいたし、以降にもいるはずなのだが。彼らがなぜ、安倍の体調が悪いからと言って失望を感じるでしょうか?」
最後に文在寅大統領の出身政党「ともに民主党」に対し、「土着倭寇の心配はされず、コロナ対策を頑張ってください」とした。さらに次のような辛辣な言葉で締めくくっている。
「そして何かを書く時にはちゃんと話になるように書くように。(今回のSNS上のコメントは)文章でもない、口頭の話でもない。本当にお寒く、不憫で馬鹿げている」
こういう言葉が台頭してきているという点は、日本の読者にもしっかりとお伝えしたいところだ。議員や政党が容認しはじめているのだ。同時に韓国内でも牽制する意見が出ている点も、また伝えておきたい。