第91回キネマ旬報・外国映画ランキング1位!『わたしは、ダニエル・ブレイク』英国の貧困とフードバンク
今年もこの季節がきた。キネマ旬報の映画ベスト・テンの、年一回の発表の時期だ。映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』(原題:I, Daniel Blake)が、2018年1月11日に発表された第91回 キネマ旬報 外国映画ベストテンで1位を獲得した。
参考記事:キネマ旬報 ベストテン(朝日新聞2018年1月12日付33面)
映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、イギリスの巨匠、ケン・ローチ監督が、引退を撤回してまで制作した、渾身の作品だ。イギリスや世界で広がる貧困や格差の問題を伝えたいという強い思いが監督にはあった。主人公ダニエルと、ひとり親(シングルマザー)であるケイティとその子どもたちの助け合いや、確立された制度の中で格闘する日々を描き、第69回カンヌ国際映画祭で、見事、最高賞に当たるパルムドールを受賞した。2015年にも『麦の穂をゆらす風』でパルムドールを受賞しており、二度の受賞はミヒャエル・ハネケと共に最多記録である。ケン・ローチ監督は、2017年に、長編映画監督デビュー50周年を迎えている。
日本では2017年3月18日に公開された。筆者は公開日の翌日に観に行き、ぜひ紹介したいと記事にしていた。エンターテインメントではないので、日本では注目されづらいのかと感じていたので、今回のキネ旬(キネマ旬報)ランキングで1位に選んで頂いているのをとても嬉しく思う。
参考記事:
映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』(第69回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作)とフードバンク
映画で描かれている状況は日本と重なる
なぜ、この映画を勧めたいかというと、映画で描かれている現状はイギリスでのことだが、日本の状況とも重なる部分が多いからだ。心臓の病気を患い、仕事を続けられなくなった年配男性の主人公ダニエルは、国の援助を受けようとするが、複雑で厳格な制度に阻まれ、思うように援助を受けることができない。さまざまな申し込みは、今や、手書きではなく、インターネット上で行なわれる。ところが、これまでパソコンをいじったことのないダニエルは、マウスを動かす動作すら満足にできない。悪戦苦闘する中で出会ったのが、ひとり親(シングルマザー)のケイティだ。彼女とその子どもとの交流が始まると、こちらも少しホッとする。それもつかの間、彼らに困難が待ち受けている。
以前、筆者がフードバンク(*)に勤めていた時、NHKの番組に取材して頂き、出演したとき、視聴者の声がTwitterで届き、画面上に流れた。「日本は先進国なのだから、貧困など、あるわけがない」
(*)フードバンクとは、まだ充分に食べられるにも関わらず、賞味期限接近などの理由で販売できないものを引き取り、食べ物を必要としている施設や個人へ届ける活動、もしくはその活動を行なう組織を指す。
「日本に貧困などあるはずがない」と思っている人は多いのではないだろうか。普段、目にしない。でも、目にしないことと、存在しないこととは、イコールではない。筆者も恥ずかしながら、食品企業に勤めているときは、現状を知らなかった。2008年から、日本のフードバンクに自社製品を寄付するようになり、少しは耳にしていたものの、現場を目の当たりにすることはなかった。だが、2011年の誕生日に発生した東日本大震災を機に独立し、フードバンクの広報責任者を3年間務める中で、「貧困」は、アフリカや遠い国だけに存在するものではなく、日本にも存在することを知った。
フードバンクには、いろんな国の、いろんな世代の人がやってきた。東京都23区内の区役所から紹介された20歳の男性は、「妻が妊娠しているが、ライフライン(電気・ガス・水道)を止められ、食べるものもない」と、食料を受け取りにやってきた。中年女性は「以前、夫にドメスティックバイオレンス(DV)を受けて障害者となり、働くことができない」と言い、脚を引きずって、食料を求めにやってきた。フィリピンで夫を殺害され、3人の子どもを残して日本へ季節労働にやってきた女性も来た。彼女は、筆者がかつて青年海外協力隊として活動していた、フィリピンのルソン島のある地域の出身者だった。筆者が、自分の故郷を知っていると知って、たまたま撮影に来ていた民放テレビのカメラの前で、筆者の手を握り、涙を流した。難民申請をしても認可されず、仕事に就けない外国籍の人も多く来た。首都圏でも、小学生の親御さんが朝ごはんを作らないので、小学生が学校給食を食べに登校する事例があることを知った。
私と同様、日本の状況を知らない人が多い。映画という媒体を通して、このような現状が、イギリスや日本だけでなく、世界じゅうにあることを知って欲しい。
イギリス最大のフードバンク、FareShare(フェアシェア)を視察して
2017年2月23日、筆者は、イギリス最大のフードバンクであるFareShare(フェアシェア)を訪問した。書籍『食品ロスの経済学』の著者、愛知工業大学教授で、ドギーバッグ普及委員会理事長である、小林富雄先生のプロジェクト「食品ロスの測定を通じた食料需給システムの効率性と環境負荷に関する国際比較」に自費参加し、同行させて頂いた。
FareShareでは、イギリス国内では840万人もの人が貧困状態で、食べ物に困っていると聞いた。かたや、イギリスでは年間190万トン以上の食品ロスが発生している。イギリス政府が2000年に立ち上げた研究機関であるWRAP(ラップ)によれば、この食品ロス190万トンのうち、27万トンは再活用(リユース:Reuse)できると予測されている。FareShareは、年間1万4千トンの食品ロスを再活用した。だが、これはイギリス全体の食品ロスの、わずか4%に過ぎない。
日本の貧困対策はドイツの評価機関によれば「×」
2015年9月、国連サミットで決定された、持続可能な開発目標(SDGs=エスディージーズ:Sustainable Development Goals)には、2030年までに世界で達成すべき17のゴール(目標)が定められている。その第一が「貧困をなくそう」だ。
ドイツ・ベルテルスマン財団作成のSDG INDEX & DASHBOARDSによると、日本のSDGsの達成状況は、17の目標のうち、丸(達成できている)が3つのみ。三角(大きな課題が残る)が7つ、バツ(達成にはほど遠い)が7つである(朝日新聞発行「2030 SDGsで変える」より)。一番目の「貧困をなくそう」は、バツ(ほど遠い)。
日頃、食品ロスや貧困などの社会的課題に関わりのない人も、「映画」を通してだったら、このような問題が日本や世界に存在していることを知りやすい。この機会に、ぜひ、『わたしは、ダニエル・ブレイク』を観ていただきたいと願っている。
追記:キネマ旬報の外国映画ベスト・テンにランクインした10作品のうち、筆者は5位と9位を除いて、すべて映画館で観ている。8位の『ドリーム』もお勧めしたい。7位にランクインしているアキ・カウリスマキ監督の『希望のかなた』は、難民問題を扱っている、難民三部作の二作目だ。東京都内でトークショー付きで上映された。一作目の『ル・アーヴルの靴みがき』と併せて観てみたい。
記事中の仏英渡航の写真に関して:筆者撮影