映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』(第69回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作)とフードバンク
3月18日(土)公開の映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』(原題:”I, Daniel Blake)を観た。東京の有楽町駅前の映画館、ヒューマントラストシネマ有楽町は、連日、ほぼ満席。公開2日目にあたる3月19日(日)も、すでに上映2時間前に客席の半数以上が予約で埋まっていた。2016年の第69回カンヌ国際映画祭で最高賞にあたるパルムドールを受賞。ほか、パルム・ドッグ人道賞、エキュメニカル審査員賞 特別表彰、サン・セバスティアン国際映画祭 観客賞、ロカルノ国際映画祭 観客賞など、2016年に数々の賞を獲得している。ケン・ローチ(Ken Loach)監督作品中、英国で最高のオープニング成績となった作品である。今年80歳の監督は、3年前の2014年に引退宣言をしているが、それを撤回してまでこの映画を撮ったという。何がそうさせたのか。私は「理不尽さへの怒り」ではないかと考える。
最も印象的だったのは、シングルマザーで幼い子ども二人を育てるケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)が、フードバンク(*)で、空腹のあまり、ある行動に出てしまうシーンである。私は「これは実際に起こった出来事を映画のストーリーの中に盛り込んでいるのではないだろうか」と直感した。私は2008年から2011年まで、食品メーカーの広報室長を務めながら、日本初のフードバンク(*)であるセカンドハーベスト・ジャパン(以下、2HJ)への支援の責任者を務めていた。(*フードバンクとは、まだ充分に食べられるにも関わらず、さまざまな理由により商品として流通できない食品を企業などから引き取り、食べ物に困っている福祉施設や個人へと届ける活動、もしくは活動をおこなう組織を指す)
2011年の東日本大震災の食料支援を機に退職、独立し、2011年から2014年までの3年間は2HJの広報室長を務めていた。食品業界にいたときには知り得なかった貧困の現状を、このとき、目の当たりにした。たかが3年間に過ぎないが、当時の経験から、このシーンは充分にあり得る話だと感じた。映画館で販売されているパンフレットには、ケン・ローチ監督のインタビューが掲載されている。それを読むと、やはりこのシーンは、実際にあった話だと言う。フードバンクのスタッフが目にした光景なのだそうだ。人は、極限まで追い込まれると、理性も自制心も失ってしまうことがある。それは彼女だけに起こることではない。
この映画の舞台となるのは英国の北部最大の都市、ニューカッスルである。たまたま先月(2017年2月)、大学の先生方と英仏2カ国のフードバンクや食品ロス削減の現場を視察する機会があった。2017年2月23日、イギリス最大のフードバンクであるFareShare(フェアシェア)を訪問した。そこで聞いた話によれば、次のようなことである。
イギリス国内では840万人もの人が貧困状態で、食べ物に困っている。かたや、英国内では190万トン以上の食品ロスが発生している。政府が立ち上げた研究機関であるWRAPによれば、この190万トンのうち、27万トンは再活用できると予測されている。Fare Shareは、年間1万4千トンの食品ロスを再活用した。だが、これは全体の4%に過ぎない。
食料を受け取る人のことを配慮し、特に渡す食料の“質”に気を配っていると言う。たとえば、肉類や野菜、乳製品などを摂ることができるようにしている。野菜や果物は日持ちがしない(ので、渡すのは難しい)。
映画の中では、シングルマザーのケイティが、「これ(稼いだお金)で子どもたちに新鮮な果物を買ってあげられる」と言うシーンがある。
収入が限られていると、まずはエネルギー源になりやすい炭水化物や、安くてお腹が満たされやすい揚げ物、炭酸飲料などに傾きやすくなる。野菜や果物は、どうしても二の次になるのは仕方がない。
日本でも、厚生労働省の国民健康・栄養調査(平成26年)によれば、所得の低い世帯では、所得の高い世帯に比べて、穀類の摂取量が多く、肉類や野菜の摂取量が少ない、という結果が出ている。米国のフードバンクでは、食べ物を受け取る人の栄養バランスをとるために、フードバンクに管理栄養士を雇用したり、栄養ガイドラインを設置したり、ジャンクフードなどを排除したり、新鮮な野菜や果物の量を増やすようにしたりしているところがある。
古いデータで恐縮だが、米国のシンクタンクであるPew Global Attitudes Projectの調査(2007年10月発表)によると、「政府(国)は、最も貧困状態にある人を援助すべきである(State Should Take Care of the Very Poor)」という質問に対し、「完全に同意する(Completely agree)」と回答した人の割合が、調査対象47カ国中、最も低かったのが日本(15%)という結果になっている。「ほとんど同意(Mostly agree)」の割合も日本が最低(59%)である。
イギリスを訪問したとき、社会活動家であるトリストラム・スチュワート氏と面会する機会を頂いた。彼は「イギリスと日本との違いは、イギリスは、トップダウンとボトムアップの両方があるが、日本にはトップダウンの動きしかないということ」と語っていた。そのような日本でも、「何か自分にできることをしたい」という市民は存在する。この映画を上映している東京の「ヒューマントラストシネマ有楽町」と、大阪の「シネ・リーブル梅田」では、賞味期限が1ヶ月以上ある缶詰を映画館に持参する映画館でのフードドライブを実施している。
前者で集められたものはセカンドハーベスト・ジャパンを通して、後者ではふーどばんくOSAKAを通して、食料を必要とする人に寄付される。
また、映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』の有料入場者1名につき、50円が寄付される「チャリティプロジェクト」を立ち上げている。
本作品を提供する株式会社バップと有限会社ロングライドがチーム「ダニエル・ブレイク」を結成し、映画の上映権を保有する30年間の間、この作品によりもたらされるすべての収益の一部から、貧困に苦しむ人々を援助する団体を助成することを目的とした「ダニエル・ブレイク基金」を設立し、チャリティプロジェクトを継続していくという。
最後のシーンには心動かされる。館内からも、すすり泣く声が聞こえてきた。“Daily Mirror”は、この映画を「現代に生きる我々のための映画。誰もが観るべきだ」と評している。英国名匠ケン・ローチ監督、デビュー50年の最高傑作。80歳の彼の叫びを、ぜひ観て、聴いて、感じて欲しい。
記事中の仏英渡航の写真に関して:筆者撮影