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新型コロナ脅威のさなか、代議員にマスクをさせない本当の理由とは――北朝鮮が大規模「国会」開催

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
平壌で開かれた最高人民会議(労働新聞よりキャプチャー)

 新型コロナウイルスによる感染が国際社会に広がるなか、北朝鮮は12日、600人規模とみられる代議員を1カ所に集めた最高人民会議を平壌で開いた。北朝鮮の「感染者ゼロ」の主張に合わせるかのように、公開された写真を見る限り、マスク姿の代議員はゼロだった。

◇「過剰なパフォーマンス」

 最高人民会議は北朝鮮の「国会」にあたる。ただ実質的には朝鮮労働党の決定を追認するだけで、12日の会議の中身もその前日に開かれた党政治局会議で固められている。

 当初は10日に開催される予定だったが、北朝鮮当局は具体的な理由を明かさないまま2日間延期した。韓国統一省は「内部の政治日程などを勘案して調整された」と推測。韓国メディアの一部には「感染拡大防止策に伴う計画の一部に変更があった可能性がある」との分析もある。

 最高人民会議が開かれた平壌・万寿台議事堂のひな壇には、崔竜海・常任委員長や朴奉珠・党政治局常務委員、金才竜首相らが座った。代議員は687人いるが、この日の出席者数は明らかにされていない。写真からは議場でマスクをしている人は確認できない。

 また、最高指導者の金正恩党委員長の姿は見られなかった。金委員長はそもそも代議員ではないため、出席していないとの分析がある。加えて、昨年の会議については、初日は参加せず2日目に参加したりと、必要に応じて出欠を決めているふしがある。

 国際社会で新型コロナウイルスの感染拡大が広がる中でも、北朝鮮は連日「自国は感染者はゼロ」と大々的に宣伝している。金委員長も公開活動でマスクを使わず、超越したリーダーぶりを強調している。

 北朝鮮ではそもそも新型コロナウイルス検査態勢が不十分なため感染状況の掌握は困難だ。また防疫システムが脆弱なため、ウイルス感染の拡大により、既に住民や軍に深刻な影響が出ている可能性は十分にある。

 指導部としては、開催は2日遅れたものの最高人民会議が「新型コロナウイルス感染のない環境」で無事開催され、国の重要事項を滞りなく決めたことを印象づけることで、国内の不安を払しょくしたいという狙いがあったようだ。

 同時に対外的なメッセージもある。北朝鮮情勢に詳しい関係者は「指導部は普段から“少しでも国内の混乱の兆しを見せれば、米国などの敵対勢力がそれに付け込んで体制転覆を企てる”と危惧している。新型コロナウイルスに関しても例外ではない。だから隙があるようには一切見せない。過剰なパフォーマンスをしているとみるべきだろう」と指摘している。

◇新たに決まった指導部の面々

 その最高人民会議では国家予算や人事などが決められた。今年の国家予算は歳入前年比4.2%増、歳出同6%増を見込み、歳出総額のうち経済建設関連が47.8%(前年比6.2%増)、国防費は15.9%。昨年の歳出のうち、国防費は15.8%で、先端兵器の開発と軍需生産工程の現代化に充てられたという。毎年公表されるのは伸び率のみで、実際の金額は明らかにされない。

 一方の人事では、国の事業を総括する国務委員会のメンバーの入れ替えがあった。国際担当党副委員長だった李洙ヨン氏、外相だった李容浩氏の2人が解任され、後任にそれぞれ▽駐シリア大使や駐ロシア大使、外務次官などを歴任した金衡俊・党副委員長(国際部門担当)▽李善権外相(今年1月に在任が判明)が選ばれた。米朝交渉が行き詰まる中、外交ラインの刷新を改めて印象づけた。

 また、金正恩体制で核兵器などの武器の開発を指揮した重要人物である李炳哲党副委員長(軍需担当)も国務委員になった。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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