韓国軍・玄武4弾道ミサイルの荒唐無稽な噂の数字(その2)
韓国軍が開発中の「玄武4」短距離弾道ミサイルは玄武2の改良型です。アメリカとの覚書(ミサイル指針)で性能制限がある韓国の弾道ミサイルの最新規定(射程800km・弾頭重量無制限)で設計された、弾頭重量2トンの大重量貫通弾頭(バンカーバスター)を持ちます。
その1、中央日報(韓国の読者数第2位の新聞)
この玄武4について昨年の2020年5月に荒唐無稽な数字が韓国大手紙の中央日報からリークされました。なお中央日報の情報源は「関連事情に詳しい政府筋」です。
これに対し間違いを指摘した記事が以下になります。(追記:2021年5月22日に米韓ミサイル指針の撤廃が発表)
一体どうしてこのような荒唐無稽な話が韓国大手紙から出て来たのか全く理解ができませんが、この話にはまだ続きがあったのです。
その2、朝鮮日報(韓国の読者数第1位の新聞)
2021年4月、今度は別の韓国大手紙の朝鮮日報から玄武4について新たな情報が報じられました。なお朝鮮日報の情報源は「韓国政府当局のある消息筋」です。
・・・韓国軍当局は今ごろ「そんなこと言ってない」と頭を抱えているのではないでしょうか。それでは玄武4に関する新たな荒唐無稽な噂の数字についてツッコミを入れていきましょう。
まず前提として玄武4の設計(射程800km・弾頭重量2トン)を変更して射程を300kmに落とせば弾頭重量を4~5トン以上に重くできるという、北朝鮮の新型短距離弾道ミサイル(弾頭重量2.5トンの拡大型イスカンデル)よりも凄いぞとアピールするプロパガンダ的な意図が込められた内容です。
関連:北朝鮮が核兵器用の大重量弾頭を搭載した新型短距離弾道ミサイルを公開(2021年3月26日)
大重量の親弾のクラスター弾は全く意味が無い
クラスター爆弾(弾頭)は親弾の中に多数の子弾を収納する構造である以上、破壊効果は子弾の性能と数で決まるので、単なる入れ物に過ぎない親弾は運搬しやすいサイズにしたほうが適切です。
苦労して超大型クラスター爆弾を1発運ぶよりも通常サイズのクラスター爆弾を複数発運んだ方が楽ですし、放出された子弾の総数と散布密度が同じならば効果も同じです。つまりクラスター爆弾は親弾を巨大化する必要性が全くありません。
ゆえに世界中の何処の国も超大型クラスター爆弾など作ろうとしておらず、過去にそのようなものが実績として存在しないのです。
ATACMSの10倍の弾頭重量で50倍の面積を制圧できる謎
アメリカ軍のATACMS短距離弾道ミサイルのクラスター弾頭型でサッカー場4個分の面積を制圧できるとされていますので(なおアメリカ軍はクラスター弾頭型の使用を既に取り止め済み)、玄武4がサッカー場200個の面積を制圧できるとする朝鮮日報の報道が事実ならばATACMSの50倍もの凄まじい性能になりますが、先ずおかしな点に気付きます。
ATACMS初期型のMGM-140AブロックIはM74子弾を950個内蔵して弾頭重量約500kgです。玄武4(改)が弾頭重量約5トンならば約10倍の重さです。しかし制圧面積の比較では玄武4はATACMSの50倍なので、計算が全く合いません。
クラスター弾頭なので子弾の搭載量が制圧面積に比例するとして、ATACMSの50倍ならば25トンの弾頭が必要になる筈です。もはや弾道ミサイルとしては有り得ない異常な数字になってしまいます。
サッカー場200個の面積にクラスター子弾1000発の怪
またATACMSでも子弾を1000発近く積むのに、ATACMSの50倍の面積を同じ子弾数で制圧するという朝鮮日報の記事内容は一体どう理解すればよいのでしょうか?
先ず考えられるのがATACMSのM74子弾の50倍の制圧面積を有する大きさの子弾の搭載です。M74子弾の破片殺傷範囲は半径15mとされているので、半径100mは必要になります。しかし破片の殺傷半径でこれだけの威力を持たせた場合、155mm砲弾(約50kg)と同等の大きさが必要になるので、もはや面制圧用のクラスター子弾と呼べる大きさではありません。
また50kg×1000発=50トンなので全く搭載不可能です。面制圧用のクラスター子弾としての効率の良い大きさを遥かに超えてしまっているので、どんどん異常な大きさの数字になってしまいます。
(※クラスター子弾を完全に均一に散布することは不可能なので、効果範囲は一定の割合での重複を考慮されてあります。)
「以上」とあっても異常性が増すだけ
朝鮮日報の記述は「4-5トンよりはるかに重い」「数百発から1000発以上」というように「以上」があるので、もっと数字が大きいと言い張ることも可能です。
ただし、射程300kmの短距離弾道ミサイルで弾頭重量5トンという時点で異常な数字なのに、それ以上の大きさの弾頭重量となると、長距離弾道ミサイルを用意して目の前の300km先の目標に向けて発射するという非常識な話になってしまいます。
また子弾数を無暗に増やすと散布密度を適切にすることが難しくなります。ATACMSの50倍の面積に撒こうと50倍の数の子弾を積んだら5万発近くになってしまいます。そもそも50倍の数を積もうとすると25トンになってしまうので、大陸間弾道ミサイル(ICBM)ですら搭載できるものが存在しません。
現時点での数字が非常識なので、これ以上に数値を大きくすると更に異常性が増してしまうだけです。
軍事目標でもない錦繍山太陽宮殿を破壊できると誇示するプロパガンダ
単弾頭のHE(高性能炸薬)はつまり通常弾頭になりますが、破壊力の尺度として軍事目標でもない地上建造物を破壊できると誇示することは全く軍事的に意味のあるものではなく、北朝鮮を怒らせる目的のプロパガンダ(あるいは韓国民の溜飲を下げさせる目的)でしかありません。
玄武4で錦繍山太陽宮殿を1発で破壊できるかどうかは検証しなくてよいです。そもそも地上建造物に対して特殊な大重量弾頭を使う必要性が無いので、破壊したければ通常サイズの爆弾やミサイルを複数撃ち込めばよいだけです。
この部分で判明するのは、朝鮮日報のこの記事の情報源である「韓国政府当局のある消息筋」とは、安全保障は専門外の人物であるということです。まるで北朝鮮が行うかのような低レベルな煽りプロパガンダを韓国側から行っています。
非核兵器で地下100mのバンカーは貫通できない
人類史上最強の貫通能力を持つ非核型バンカーバスターはアメリカ軍の14トン貫通爆弾「MOP」ですが、これをもってしても地下60mまでしか貫通できません。地下100mのバンカーを潰そうとしたら貫通型の戦術核爆弾「B61 Mod11」が必要になります。
たかだか数トンの通常弾頭に過ぎない玄武4弾道ミサイルでは地下100mのバンカーを破壊することなど不可能です。韓国軍当局はそんな見解は出していません。朝鮮日報の言う「韓国政府当局のある消息筋」が勝手に韓国軍当局の見解だと騙っているだけでしょう。
昨年の中央日報の記事と今年の朝鮮日報の記事を併せて言えるのは、韓国政府内の情報源におかしなものがあり、支離滅裂な内容のフェイクニュースを流しているということです。文政権の政策の傾向から見ても北朝鮮を煽りに行くのは違和感のある行動で、本当にこれは政権内からの情報なのでしょうか?
しかし中央日報と朝鮮日報という、二つの大手媒体から同じような内容の記事が出て来た以上、「韓国政府当局のある消息筋」はおそらく実在するのでしょう。