「高血圧を下げるとボケる」は迷信!【エビデンスで俗説を切る】
1. 「降圧薬でボケが進む」は20世紀医学の迷信
「降圧薬で高血圧を下げるとボケが進む」。そんな話を聞いた経験はありませんか?
背景にある理屈は、「歳をとると血管が硬くなる。そのため全身に十分な血液を送ろうとして血圧は高くなる。自然な加齢現象だ。だから無理に血圧を下げると脳の血流が減ってボケが進む」といった感じでしょうか。確かに20世紀の終わりにはそういう危惧が、高血圧専門医の間にもありました。でもこれ21世紀に入ってすぐ、臨床試験で否定されているんです。
最新論文を含め、ご紹介しましょう。
2. 降圧薬で認知症リスクがほぼ半減
「高血圧を降圧薬で下げると、認知症は増えずに減る」。
この事実が最初に明らかになったのは、2002年でした。欧州で実施されたSyst-Eur(シスター)という名の臨床試験です。米国医師会が発行する「内科学紀要」という学術誌に掲載されました(米国国立医学図書館ウェブサイト [英語] )。
この試験に参加したのは、60歳以上で、上の血圧が160mmHg以上だった約3,000人。降圧薬を飲む群と偽薬(プラセボ)を飲む群にくじ引きで割り振られ*、2年間観察されました。すると降圧薬を飲んだ群では、飲まなかった群に比べ、認知症発症が相対的に55%も低くなっていたのです。
このSyst-Eur試験が発表された欧州の高血圧学会では、多くの高血圧専門医もこの結果に目を疑ったそうです。それだけ意外だったのでしょう。でも「人間が考えつく理屈」を身体がひっくり返すのは、医学では珍しくありません。
3. アルツハイマー型認知症も減少
さてこの試験で特に注目を集めたのは、「アルツハイマー型」認知症も、降圧薬を飲む群で約60%も減っていた点です。
・認知症は2つのタイプに大別
「アルツハイマー型」は認知症の1つのタイプです。もう1つは「血管性」認知症と呼ばれています。
この「血管性」認知症は血管(壁)の病的変化(変性)が原因だと考えられています。なので血管壁に大きな圧力がかかる「高血圧」が続けば血管に変性が生じるので、血圧を下げれば「血管型」認知症が減る。この筋道は理解しやすいと思います。
一方、なぜ「アルツハイマー型」認知症が降圧治療で減るのでしょう?高血圧を放置するとアルツハイマー病の原因となる物質の増加、あるいは変性が進むので、血圧を下げるとそのようなアルツハイマー病へのプロセスが遅延するのではないかとも言われていますが(米国国立医学図書館ウェブサイト [英語] )、現時点ではよく分かっていないようです。
ともあれ、血圧を下げれば「アルツハイマー型」認知症のリスクも減る。私たちにはその事実だけで十分ですよね。
4.数万人を対象とした解析でも、降圧治療で認知症は減少
そして2020年5月、さらに確固たるエビデンス(科学的根拠)が報告されました。米国医師会雑誌(JAMA:ジャマ)という学術誌に掲載された「メタ解析」と呼ばれる種類の研究です。JAMAは臨床医学では4本の指に数えられる学術誌。また「メタ解析」とは、これまでに報告された研究結果を併合解析するもので、信頼性は個々の試験よりも高いとされています。
今回報告されたのは、12のランダム化試験(信頼性の高い研究)を併合した解析です(米国国立医学図書館ウェブサイト [英語] )。対象患者数は9万人以上に上ります(数が多い≒信頼性が高い)。その結果、しっかり血圧を下げた群では、そうでない群に比べ、「認知症・認知機能障害(認知症までは至っていない)」は約4年間で相対的に7%減っていました。「認知症」に限れば13%の減少です。
対象となる患者群が異なるので、Syst-Eur試験に比べれば減少率は小さくなりましたが、血圧を下げても認知症が増えないことはお分かりいただけたかと思います。
5.「ボケ」を恐れて降圧薬を避けるのは得策ではない
結論です。「血圧を下げる必要がある場合、認知症を過度に心配する必要はなさそうだ」。
高血圧を放置すれば全身の血管がボロボロになり、脳や心臓、腎臓に重大な病気をもたらしかねません。脳卒中や心筋梗塞を発症すれば、命は救えてもそれまでと同じ生活に戻れる保証はありません。腎臓病が進めば透析が必要になることもあるでしょう。
根拠もあやふやな「ボケ」への恐怖で治療が遅れれば、そんな病気のリスクが高くなるだけです。賢明な選択でしょうか?
でも降圧薬を飲み始めて「ふらつき」や「めまい」を感じたら、もちろん先生か薬剤師さんに相談してくださいね。自己判断での中止はご法度です。
今回ご紹介した論文はすべて英語ですが、無料の翻訳サイトDeeplを使えば簡単に日本語で読めますよ。
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【注意】本記事は最新の医学論文についての紹介あり、論文や研究結果の内容はあくまでも「論文筆者」の見解です。また論文の解釈は論者により異なる可能性もあります。あくまでも「ご自身の見解形成」の参考資料としてお読みください。