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PFAS含有の野菜を食べるか食べないか? 大阪のホットスポットで分かれる判断

幸田泉ジャーナリスト、作家
井戸で高濃度PFASが検出された畑=11月13日、大阪府摂津市一津屋で、筆者撮影

 水や油をはじく性質により幅広く利用されているPFAS(ピーファス、有機フッ素化合物)の環境汚染が注目される中、大阪ではPFASを含有した農作物が問題になっている。地下水や土壌が汚染されれば、農作物はその影響を受けるためだ。

 大阪府摂津市にはPFASの一種、PFOA(ピーフォア)を製造していたダイキン工業淀川製作所がある。2012年で製造は止めたと公表されているが、環境省や大阪府の調査で製作所周辺の地下水や水路から高濃度のPFOAが検出されており、汚染は残留しているとみられる。製作所周辺の畑で野菜作りをしている人々からは「行政は農作物への調査、対策が遅い」との声が上がる。

「PFOA濃度全国一」のニュース

PFOAを製造していたダイキン工業淀川製作所に隣接する家庭菜園。井戸水から高濃度PFOAが検出され、野菜もPFOAを含有していた=2023年11月13日、大阪府摂津市一津屋で、筆者撮影
PFOAを製造していたダイキン工業淀川製作所に隣接する家庭菜園。井戸水から高濃度PFOAが検出され、野菜もPFOAを含有していた=2023年11月13日、大阪府摂津市一津屋で、筆者撮影

 摂津市一津屋に住む中山さん(71)=仮名=は、仕事を定年退職した2012年から、自宅近くで自家消費用の野菜作りを始めた。畑はダイキン工業淀川製作所と道路をはさんで隣接している。中山さんは有機フッ素化合物を取り扱う工場だと認識していたが、地下水が汚染されているとは思わず、畑の敷地内にある井戸水で大根、人参、キャベツなどを育て、家族で食べてきた。

 2020年6月、環境省が全国の河川や地下水のPFAS調査結果を公表し、中山さんはそのテレビニュースに釘付けになった。環境省が調査したのは中山さんの畑から1キロほどの摂津市南別府町の井戸で、PFOA濃度は1812ng/L(ngはナノグラム)。これが全国一と報道されたのだ。中山さんはダイキン工業淀川製作所に連絡し、自身の畑の地下水や農作物の検査を頼んだが、「個別の依頼には対応できない」との返答。摂津市には「検査する権限がない」と言われ、大阪府には「検査してくれる所を自分で探してはどうか」と言われたという。

 中山さんはインターネットで関連ニュースを調べ、PFAS研究の専門家、小泉昭夫・京都大名誉教授が京都保健会の社会健康医学福祉研究所にいるのを突き止めた。

血中濃度の高さにショック

 中山さんの依頼を受けて、小泉・京都大名誉教授と後継者である原田浩二・京都大大学院准教授は、2020年7月、ダイキン工業淀川製作所周辺の十数カ所の地下水、農作物、土壌などを調べた。中山さんの畑の井戸からは、18366ng/LのPFOAが検出。2020年5月に環境省が示した飲料水や水道に使う水の暫定指針値「50ng/L」の約370倍もの濃度だった。野菜では、ナス317ng/kg、サトイモ65ng/kg、ジャガイモ124ng/kgの結果が出た。

 しかし、農作物については指針値がなく、中山さんは「この数字が健康にどれほどの影響があるのか、食べてもいいのか判断できない」と話す。この小泉・京都大名誉教授らの検査では、2020年7月~9月にかけて、摂津市内で育てた野菜を食べている住民6人の血中のPFOA濃度も調べた。中山さんは6人のうちで最も高い110.4ng/mlだった。血中濃度に関しても国の指針はないが、小泉・京都大名誉教授らのそれまでの研究で、中山さんの血中濃度はかなり高いと言えた。中山さんは「これ以上、血中濃度を上げない方がいい」と考え、家庭菜園の野菜を食べるのを止めた。

野菜を食べないと下がった血中濃度

大阪府の調査で高濃度PFOAが検出された井戸。井戸水の色や臭いに変わったところはなく、見た目では汚染が分からない=2023年11月13日、大阪府摂津市一津屋で、筆者撮影
大阪府の調査で高濃度PFOAが検出された井戸。井戸水の色や臭いに変わったところはなく、見た目では汚染が分からない=2023年11月13日、大阪府摂津市一津屋で、筆者撮影

 中山さんはその後も年1回の血中検査を続けたところ、2021年10月は103.4ng/mlだったのが、2022年9月には76.6ng/mlに下がった。「PFOAで汚染された地下水で野菜を育てると野菜がPFOAを含有し、それを食べると血中のPFOA濃度が上がり、食べるのを止めると下がる。自分の体で人体実験したようなものだ」と中山さんは言う。

 そして、国がまだ飲料水の暫定指針値しか決めていないのに、「国も自治体も農作物の影響を軽く見ているとしか言いようがない」と憤る。「野菜によって汚染されやすいものもあるだろうし、汚染度は低くても毎日のように食べればPFOAの摂取量は高くなる。行政が調べるべきことはいくらでもあるはずだ」

農業委員は摂津市に要望書提出

 大阪府が2020年末に実施したダイキン工業淀川製作所周辺の4カ所の井戸水の調査では、PFOA濃度1300ng/L~22000ng/Lの結果が出た。地元の農業委員、川辺さん(78)=仮名=は、農作物への影響が看過できず、摂津市に対し、農作物や土壌の調査、住民の血液検査と対策を求める要望を続けている。摂津市の小学校では、児童が田植え、稲刈りをし、それを「お米パーティー」「収穫祭」などの名称でおにぎりにして食べる農業体験学習が行われていた。2021年1月に摂津市内のPFOA汚染を知った川辺さんは「子どもたちの健康を考えずにはいられなかった」と言う。

 2021年~2022年、摂津市に計3回、「要望書」を提出した。摂津市は「PFOAによる健康被害は国際的に標準的な分析方法が確立されていない。国においても身体への影響の基準が示されていない」として、市独自の調査、検査はしないとの回答にとどまっている。川辺さんの地元の小学校では2021年秋以降、農業体験学習で収穫した米を食べるイベントはなくなったが、川辺さんは「校内では植物学習の一環で野菜を育てている。農作物の影響について、地元の摂津市が国の調査研究を見守っているだけでいいのか」と危惧する。

 2022年、川辺さんは自家消費用に自身の畑で作っているサツマイモ、サトイモなどの作物を、農水省の「農業環境(水、土壌等)からの農作物へのPFOA及びPFOS等のPFASの移行(蓄積動態)に関する基礎研究」に提供した。その結果、野菜からはPFOAが検出されたが、農水省は「これらの農作物の摂取による健康への懸念は小さいと考えられる」との見解だという。

「野菜を食べ続ける」という選択

ダイキン工業淀川製作所周辺には小規模な畑が点在する=2023年11月13日、大阪府摂津市一津屋で、筆者撮影
ダイキン工業淀川製作所周辺には小規模な畑が点在する=2023年11月13日、大阪府摂津市一津屋で、筆者撮影

 中山さんの依頼で小泉・京都大学名誉教授らが行った血液検査に川辺さんも参加しており、血中のPFOA濃度は、2021年は81.8ng/ml、2022年は81.7ng/mlだった。アメリカの学術機関である科学、工学、医学アカデミーが2022年に公表したガイドラインは、血液中のPFAS濃度が20ng/ml以上の場合は健康被害のリスクが高まるとしている。川辺さんの濃度はその4倍以上だが、「これからも畑の野菜を食べ続ける」と決めている。その理由を「健康にどう影響するのか、自分の体でテストするつもりだ。私にもしものことがあれば、国も自治体ももっと真剣になってくれると思う」と話した。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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