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英議会、英EU離脱協定案を批准せず再協議かノーディールの可能性(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

11月25日のEUサミット後、記者会見に臨んだテリーザ・メイ英首相=英BBCより
11月25日のEUサミット後、記者会見に臨んだテリーザ・メイ英首相=英BBCより

英EU(欧州連合)離脱協議で未合意だった5%の部分、つまり、アイルランドを南北に分断する約500キロにわたる国境を鉄条網や検問所などを設けて厳重に警備する、いわゆる、ハードボーダーを回避するという、北アイルランド国境問題の解決方法でようやくEUとの間で合意に達したことを受けて、テリーザ・メイ首相は11月14日、緊急閣議を招集し、18対11の賛成多数でEUとの最終合意案(離脱協定案)を政府決定した。11月25日にはEUサミット会合で加盟27カ国によりメイ首相の離脱協定案とEUとの将来の関係(貿易協定)を協議するための政治宣言(交渉方針)が承認されたことで、今後、英国は12月11日に議会を招集し離脱協定案の批准手続きに入ることになった。

 しかし、すでにメイ政権を支える北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)を始め、最大野党の労働党、野党第2党の自由民主党、さらにブレグジット欧州調査グループ(ERG)など与党・保守党内のEU懐疑派はメイ首相との全面対決の方針を示しており、同案の否決、または、下院議長が「意味のある投票(EUとの最終合意に対する議会の拒否権行使)」に基づいて政府に離脱協定案の修正を義務付けるのは必至で、メイ首相は議会との全面対決が避けられない見通しだ。もし、同案が議会によって否決または修正が命じられた場合、メイ首相はEUと再協議に入り移行期間終了の2020年12月までに北アイルランドのバックストップ条項に新たな修正を加えた離脱協定案をまとめることが予想される。

 また、英紙デイリー・テレグラフは11月26日付で、メイ首相の離脱協定案が議会で否決された場合の今後のシナリオについて、(1)現在、メイ政権内の離脱急進派の5人の閣僚がノーディールを避けるため、いわゆる、“管理されたノーディール”案をEUに提案する可能性がある。これは英国がEU離脱に伴う清算金390億ポンド(約5.7兆円)を支払う代わりに2019年3月29日のEU離脱後、予定通り移行期間に入り、その間に離脱後の混乱回避のため、航空協定など分野別の協定を結ぶというもの(2)反対に、メイ政権内の穏健離脱派の閣僚らもノーディールを避けるため、英国がEU関税同盟に残ることを意味するノルウェー・EFTA(欧州自由貿易連合、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン、スイスの4カ国で構成)方式をEUに提案する―ことが考えられるという。しかし、EUのジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長(ルクセンブルク元首相)はEUサミット後、記者団に対し、「離脱協定案は最終決定であり唯一の協定だ」と述べており、英国からの修正要求に応じる可能性はかなり薄いというのが大方の見方だ。

 さらには、テレグラフ紙の欧州デスク、ピーター・フォスター氏は11月24日付コラムで、英国のEU離脱を可能にするリスボン条約第50条が見直され、離脱日が少なくとも2019年3月から同7月に延長され、メイ首相に代わる新首相の選挙や総選挙、EU離脱の是非を問う2回目の国民投票、ノルウェー・EFTA方式を追求する貿易協議が起こると予想している。つまり、12月の英議会でメイ首相の離脱協定案が否決された場合、最大野党の労働党が政権奪回を目指し、議会に総選挙を求める動議を出す可能性がある。しかし、総選挙の実施には議会の3分の2の賛成が必要となるため、かなり実現性は乏しい。総選挙がダメなら2回目の国民投票となるが、こちらの方が労働党は保守党の分断を利用して支持を得やすく実現性は高いとみられている。また、政府がノーディールによるEU離脱法案(ノーディル法案)を議会に提出することも考えられる。しかし、このノーディール法案も議会が否決した場合、メイ政権は完全に行き詰まるので総選挙に向かうことになる。いずれにせよ、英国のEU離脱協議は長期化が避けられず、ノーディールで終わる可能性が高まったといえる。

 今回、EUが正式承認した英国のEU離脱協定案の骨子は、(1)移行期間終了(2020年12月末)後、北アイルランド(英国)とアイルランド共和国(EU)のハードボーダーを回避するため適用されるバックストップ条項(EUルールの継続)は英国全体に適用する(2)英国は同条項の適用を一方的に打ち切ることができない。打ち切りの判断は英国とEU、第3者からなる独立した仲裁機関に委ねる(3)移行期間終了(2020年12月)半年前の2020年7月に同条項を見直して自由貿易協定の締結か、バックストップ条項を適用するか、または、移行期間を2021年12月まで1年間延長するかを決めるーなど。特に、骨子の3番目は、英紙ロンドン・タイムズが11月6日付で、北アイルランド国境問題の解決について、EUが英国に2019年3月29日のEU離脱後も一時的にせよ北アイルランド含む英国全体がEUの関税同盟に残るという案を示せば、EU懐疑派(離脱急進派)は英国がEUの属国に貶められるとして猛反対することが予想されることから、そうした事態を避けるため、「一時的な関税同盟案に代わって、英国に“独立した仕組み”(バックストップ条項の見直し)を提案し、北アイルランド国境問題の解決を目指す」と報じたスクープ記事の通りだった。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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