「ラブライブ!」と迎えた市制100周年『幻日のヨハネ』で描かれる過去と未来の沼津の風景
今や地方創生の常套手段にもなっている「聖地巡礼」。その動きの真骨頂ともいえる例が、静岡県沼津市を舞台にしたアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(以下『サンシャイン!!』)シリーズです。
アニメが放送された2016年以降、一貫して版元であるサンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)と沼津市との連携が続いています。シティプロモーションにも積極的に活用されているほか、作中に登場するスクールアイドルグループで、現実の音楽グループとしても活動する「Aqours(アクア)」のメンバーによる沼津の訪問も盛んです。Aqoursが18年のNHK紅白歌合戦に初出場した時には街を挙げた応援が行われました。
沼津に幾度も「聖地巡礼」したファンが、移住してしまう例も珍しくありません。沼津市は19年度の人口が37年ぶりに転入超過に転じました。この要因は様々ありますが、一つに『サンシャイン!!』を機に移住したファンが多くいたこと、作品による市のブランドイメージ向上などが挙げられています。
そして23年7月、沼津市は1923年の市制移行から100年を迎えました。
市制100周年行事にAqoursのメンバーが登壇
沼津市の市制100周年を記念して、7月7日(金)から9日(日)にかけて、沼津駅北口のイベントホール「キラメッセぬまづ」で記念イベントが開かれました。8日(土)には『サンシャイン!!』の桜内梨子役の逢田梨香子さんと、黒澤ルビィ役の降幡愛さんがステージに登壇。沼津市の頼重秀一市長とのトークイベントなどが開かれステージには約2000人の観客が集まりました。
まずイベントでは、「燦々(さんさん)ぬまづ大使」の認証式が行われました。これは沼津にゆかりのある各界の著名人を対象としたもので、Aqoursが2017年度以降4期連続で就任しています。今期も引き続き就任した形で、メンバーを代表して逢田さんが認証状を受け取りました。
4期連続での就任となったことに逢田さんは「責任感もすごくあるが、Aqoursも沼津の皆さんの一部になれているのかなという嬉しさが本当に大きいです」と話しました。頼重市長も、「Aqoursは欠くことができない存在。『ラブライブ!サンシャイン!!』と共にある沼津市といっても過言ではない」とその存在の大きさを語りました。
続くトークイベントでは、沼津市とAqoursの関わりが振り返られたほか、キャスト(声優)の2人が好きな沼津のグルメや風景などが語られました。
グルメでは逢田さんは「大瀬海水浴場のオーシャンビューフジミで食べたみかんじること洋菓子店『グランマ』さんのメンバーモチーフの誕生日ケーキ」、降幡さんは「『やま弥』さんの鯛丼と沼津餃子」。風景では逢田さんは『サンシャイン!!』の最初のビジュアルに登場した「三津浜」、降幡さんは「戸田にある『出逢い岬』からの海の風景」を挙げました。
トークイベント後は、「沼津市市制100周年記念こども絵画コンテスト」の表彰式が続けて行われました。これにも2人は出席し、逢田さんは市長賞、降幡さんは教育長賞のプレゼント受け渡し役を務めました。
『幻日のヨハネ』が7月から放送中
7月からは、『サンシャイン!!』のスピンオフ作品『幻日のヨハネ -SUNSHINE in the MIRROR-』がテレビアニメ放送されています。奇しくも、市制100周年を記念するタイミングでの放送開始となりました。
この作品は『サンシャイン!!』に登場するスクールアイドルグループ「Aqours(アクア)」のメンバーの一人、津島善子を連想させる少女「ヨハネ」を主人公としています。舞台は現実世界に近いSFチックな世界で、沼津も「ヌマヅ」という表記になっています。
『サンシャイン!!』では9人のAqoursとしての成長を描いていた部分もありましたが、『幻日のヨハネ』ではタイトルの通りヨハネを明確な主人公にしており、ヨハネの成長が物語の主軸となっています。他のAqoursのメンバー8人は成長を中心に描かない分、最初からどこか大人びたところがあり、『サンシャイン!!』とは少し変わったキャラクター描写がされています。
街並みなどは中世ヨーロッパのような感じに建物が多少アレンジされているものの、沼津を訪れたことがある人なら舞台地が連想できるような背景が描かれているため、さらなる「聖地巡礼」の動きも期待できる作品です。
沼津とヌマヅの違いとして特徴が大きく2つあります。一つは、駅前に1963年に廃止された路面電車が走っていたり、74年に廃止された沼津港線が残っていたりと、沼津では失われてしまった「過去」を描いている点。もう一つが、沼津では地上を走っている線路が、ヌマヅでは高架化されているなどの「未来」を描いている点があります。東海道線の高架化の構想は約30年間議論され続けてきており、2022年になりやっと事業が具体的に動き出しています。
ヌマヅには沼津にあった古き良きものや、沼津では実現していないものの2つが入り交じって存在しており、まさにそこに住む人々の夢が体現されているかのような世界といえます。
トークでもこの話題に移り、逢田さんは「『ラブライブ!サンシャイン!!』の世界とは異なるものの、でも懐かしさを感じる不思議な世界観になっている」と見どころを語りました。
また、2期放送から6年が経ち、TVアニメ3作品目としてヌマヅが舞台の作品がいま放送されている点について、頼重市長も「こんなに嬉しい話は本当にない。市役所も登場しているが、『こんな市役所になったらいいな』という描かれ方をしており楽しみ」と話しました。
企画段階からの地域密着型作品
『幻日のヨハネ』の特徴として、企画段階から舞台地である沼津と連携して製作されている点です。例えば、これまで沼津を「聖地巡礼」に訪れたファンを温かく迎えいれている施設の一つとして、市内のあげつち商店街にある「つじ写真館」があります。これに似た外観の建物が「ツキ寫眞館」としてアニメ1話や5話などにも登場するのですが、ここで象徴的なのが、写真館の前で双子の少女がミニブタを抱えて登場している点です。
実際につじ写真館でもミニブタを飼っており、「さくらちゃん」という名前で地域住民やファンから愛されていました。ミニブタの「さくらちゃん」は2022年4月に亡くなるのですが、言わばヌマヅという世界で蘇った形になります。
こうした制作側の心意気について、つじ写真館の峯知美さんはこう話します。
「ミニブタのさくらちゃんは人なつっこくて、たくさんの方に愛されてる子だったんですよ。小さい頃はヌマヅの世界のように子供達と一緒に遊んでいる事が多くて、観ていてすごく懐かしい気持ちになりました。私達もすごく嬉しいですが、さくらちゃんが一番嬉しいんじゃないかな。ニコニコしているのが目に浮かびます」
このような地域との交流から生まれたとしか考えられないような演出はほかにもあり、いかに製作サイドが地域密着型でアニメを制作しているかがうかがえます。こうした動きは2019年の劇場版『ラブライブ!サンシャイン!!』でもみられましたが、TVアニメシリーズでこうした作られ方をしている作品は異例といえるでしょう。
移住者主導で「聖地」開拓の動きも
『幻日のヨハネ』では、『サンシャイン!!』に登場しなかった舞台が多く登場しています。それも基本的に上手く被らないようになっており、新たな「聖地巡礼」スポットを製作側が供給しているようにもみえます。
例えば主人公ヨハネの占いの館の場所は、アニメグッズショップのゲーマーズ沼津店ではないかと住所などから推測されています。ほかにも、市の執務長官を務めるダイヤがいる建物が沼津市役所に酷似していたり、動物学者のリコの研究所が沼津市立図書館に似ていたりしています。
また、一見ただの森の中のように見える場所でも、香貫山(作中では「キネク山」)や、千本浜公園など、実在する場所がモデルになっています。いずれも、『サンシャイン!!』には登場しなかった舞台といえます。
これまでもこうした舞台は「聖地巡礼」に訪れたファンが特定することが多かったのですが、「聖地巡礼」をしているうちに移住してしまう人もいます。市制100周年イベントのステージでも、キャストが「移住した皆さん」と挙手を求める場面があったのですが、この時会場からは40人以上の手が上がりました。
そして『幻日のヨハネ』が沼津に移住者が定着した段階の作品だからこそ、新たな動きが起ころうとしています。それは、移住者を中心にファンが舞台をいち早く特定し、さらなる「聖地巡礼」につなげようとする取り組みです。
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科で「聖地」移住者の研究をし、自身も移住者を中心とした「聖地考察会」をオンラインで開く櫻井信秀さんは、この動きについてこう解説します。
「移住者が中心になっていち早く舞台を考察し、さらなる『聖地巡礼』の動きを誘引することで好循環が起きていると思います。移住者にとっては“地元”沼津に貢献できる格好の機会ですし、その情報をもとに舞台探訪者が増え、移住希望者も増える。そんなサイクルがいま生まれようとしています」
実際に沼津に移住したあっぷるπさんもこう話します。
「移住して普段何気なく目にしたり日常生活で利用したりする場所が登場することに不思議な感覚を覚えました。新たな『聖地』をいち早く発見するだけでなく、その魅力をSNSなど通じ世界へ発信することで、移住者として沼津に貢献していけたらなと思います」
このように、『サンシャイン!!』がきっかけで沼津に移住した人にとって、『幻日のヨハネ』というさらなる沼津を舞台にしたアニメが放送されていることで、移住者が活躍できるきっかけづくりにもつながっていると考えられます。
Aqoursがみる「聖地」沼津
アニメによって沼津という地域が盛り上がりをみせていることについて、筆者の取材に対し、Aqoursの降幡愛さんはこう話します。
「沼津に住んでいる皆さんが温かく迎えて下さっているのが大きいと思いますね。キャラクターの看板やタペストリー、のぼりなど、すごく作品を愛して下さっているのが伝わります。それが来て下さる方たちも伝わって、すごくコミュニケーションがとれている場だと思いますね」
逢田梨香子さんも、沼津への想いをこう語ります。
「私たち『ラブライブ!サンシャイン!!』やAqoursにとって沼津は欠かせない存在。本当に『もう一つの故郷』といえるぐらい本当に大切な場所なので、沼津に来ると必ずAqoursのことを感じられて、Aqoursが住んでる街だって感じます。私たちも実際にプライベートで来て感じるので、ファンの皆さんにもすごく届いているのかなと思います」
そして舞台となった地域を盛り上げていく上でも、声を演じるキャストの存在も今や大きくなっています。ほんの10年ほど前までは、声優という仕事が地方創生にここまで欠かせない存在になるとは、多くの人が思わなかったといえます。これについて降幡さんはこう振り返ります。
「こうなるなんてデビュー当初は本当に夢にも思っていませんでした。プライベートでも沼津には訪れるのですが、自分が行った先の写真をSNSにアップすると、ファンの方も同じところに訪れて同じポーズをとったりして下さったりして、嬉しいですね。コロナ禍でなかなか行けなかったタイミングでもあったので、今年や来年はより沼津に足を運んでみたいなと思っています」
アニメはアフターコロナの観光起爆剤となるか
アニメの舞台を訪れる「聖地巡礼」は、海外からのアニメファンにも高く注目されており、政府としても国の観光政策の一つとして打ち出しています。そしてコロナ禍の直前までインバウンドの観光客数も増え続けており、アニメの「聖地」は重要な観光資源でもあり続けました。
それが3年にわたるコロナ禍により、長らく停滞してしまっていましたが、今年に入って以降国内の観光も、海外からの観光客も復活しつつあります。まさに、これからが正念場といえるでしょう。
コロナ禍によって需要が減り、これまでアニメを用いた観光のキャンペーンにあまり積極的でなかった企業でも打ち出すようになりました。その代表的な例がJR東海です。JR東海はコロナ禍でビジネス利用が減ったことなどから、近年はアニメコンテンツとのコラボを積極的に推し進めています。
沼津もその例外ではなく、JR東海は「推し旅キャンペーン」と題して、『サンシャイン!!』とのコラボイベントを8月末まで実施しています。コロナ禍で長い間沼津を訪れられてなかった人には良い機会となるでしょう。
降幡さんも、「コロナが明けて『幻日のヨハネ』という作品も始まって、Aqoursとしても作品も沼津も、もっともっと盛り上げていきたい!」と意気込みます。逢田さんも、「ヨハネちゃんの今後の成長に一番注目してもらいたい作品なので、是非見ていただきたい」と作品の見どころを話します。
7月23日(日)には、『幻日のヨハネ』の1話から3話の振り返り上映会が東京の新宿ピカデリーと、沼津のシネマサンシャイン沼津で開かれました。全4回の上映会の全てにAqoursのメンバーによる舞台挨拶もあり、4回とも主人公のヨハネ役の小林愛香さん、ハナマル役の高槻かなこさん、チカ役の伊波杏樹さんが登壇しました。
通常、こうした舞台挨拶は東京だけで開かれることが珍しくないのですが、この日3人のメンバーは午前中新宿で2回舞台挨拶をし、午後は沼津で2回舞台挨拶をするという行程となりました。いかに、キャストや製作スタッフが沼津を大切にしているかがうかがえます。また、沼津で上映会をしても大勢のファンや、移住者をはじめとする地元住民が集まる関係性ができており、『幻日のヨハネ』がいかに地域からも愛されている作品であるかがわかります。
舞台挨拶で小林さんは「『幻日のヨハネ』は始まったばかり。皆さんに是非見ていただきたいし、いろんな人に知ってもらいたい」と話します。舞台挨拶つきの振り返り上映会は、4話から7話が8月27日(日)にも予定されています。今回同様新宿ピカデリーとシネマサンシャイン沼津で開かれ、ヨハネ役の小林愛香さん、カナン役の諏訪ななかさん、マリ役の鈴木愛奈さんが登壇する予定です。8話以降の上映会も予定しています。
7月29日(土)には沼津市中心部で開かれた第76回沼津夏まつり・狩野川花火大会にAqoursの小宮有紗さん、斉藤朱夏さん、高槻かなこさんの3人が訪れ、市制100周年記念パレードにも参列しました。
『幻日のヨハネ』はTOKYO MX、BS11、静岡放送などで放送中。1週間先行の形でABEMAでも配信されています。
コロナ禍がようやく終わり、地域も製作側や声優、そして企業も皆アニメを活用して地域を盛り上げようとしています。今後どこまでアニメで地域がさらに盛り上がっていくのか注目といえそうです。
(写真はクレジットがないものは全て筆者)
(画像は全てバンダイナムコフィルムワークス提供)
(c)PROJECT YOHANE