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[甲子園]勝敗の分水嶺/第3日 野球は2死から。天理のドラフト候補・戸井が見せたしたたかさ

楊順行スポーツライター
(写真:アフロ)

 見るほうの勝手な言い分ですが、どちらかというとピリッとしない試合が続くこの大会。

 だが第3日第2試合、天理(奈良)と山梨学院の一戦は、両チーム無失策、1時間49分の締まった好ゲームとなった。

 天理・南沢佑音、山梨・山田悠希両投手とも無難に立ち上がり、先手を取ったのは天理だ。4回2死から、内藤大翔のタイムリー。6回にはやはり2死から、奈良大会での三番から四番に入った戸井零士が、相手右翼手のもたつきに乗じて二塁を陥れると(記録は二塁打)、続く山村侑大が左翼線に弾き返す。

 初球、狙ったストレートを見逃さない鋭い当たり。この2点目が結果的に決勝点となるから、2死無走者からの連続二塁打は値千金だった。

 天理のホームを踏んだのは、いずれも戸井である。好守好打のドラフト候補はこの日3安打しているが、そのうち2本は2死から広角に打ち分けたもの。初回の好機こそ凡退したが、四番にしてチーム全得点は、

「チャンスメイクしてチームに勢いをつけたい」

 という役割に徹した結果だった。

「つなぐ打撃がチームの持ち味。2死からでも、戸井の"つなげたい"という思いが伝わっての2点だと思います」

 中村良二監督も、そう目を細める。投げては、南沢が7安打1失点で完投。接戦を制し、夏の甲子園では5年ぶりに白星を挙げた。

ドラフト候補の強打者がつなぎ役

 戸井によると、

「県大会では、力が入って左肩が開く悪いクセが出ていました。そうではなく、逆らわずに逆方向に打ち返す練習をしてきたのがよかったと思います。また、接戦だったので、守備からガマンできたのも勝因です。親からも"笑っていけ"といわれましたし、笑顔が今大会のテーマ。みんないい顔でプレーできていました」

 それにしても……野球は2死から、というけれど、2死無走者なら無得点に終わることが圧倒的に多い。だが、3人で簡単に攻撃が終わると、相手リズムがよくなることもまた事実だ。

 だが、天理のタイムリーはいずれも2死から。とくに2点目は、戸井が果たした見事なつなぎ役が、勝ちを呼び込んだといえる。「打力には、正直自信がありました」といいながら敗れた山梨学院・吉田洸二監督は「南沢君の前に、うまくつながりませんでした」。確かに、7安打のうち連打は1度だけ。山梨学院の得点もまた、9回2死無走者からの、1度だけの連打だった。

 奈良大会決勝の天理。対戦相手の生駒に、新型コロナウイルスの影響で主力メンバーの入れ替えがあり、21対0で圧勝。中村監督の「全力で戦うのが相手への敬意」という思いがスコアに表れた。それでも、試合終了時に喜びを隠したのは、キャプテンでもある戸井の呼びかけによる。この精神は、高校野球ファン以外にも大いに共感を呼んだ。

 中村監督はいう。

「戸井のそういう判断に、そこまで気遣えるなんて大したもんだな、と彼らの成長を見せてもらいました。だからこそ、心の底から喜ばせてやりたかった。この1勝で、それができたのはよかったです」。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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