経営者は、今こそ何を「戦わせる」べきなのか?
■悩みが深い社長
「何もすることがない。自宅でずっと、どうしたらいいかと悩んでいます」
ある社長に連絡したら、こんなレスポンスがあった。
創業70年の広告代理店である。飲食店や理髪店、そしてカラオケボックスやボウリング場などの遊興施設が取引先だ。
「取引先のほとんどが営業自粛していますし、こんなご時世で広告の提案などできません」
新型コロナウイルス感染症拡大による休業要請を受けているのは、接客を伴う飲食店等だ。しかし、全国に5つの拠点を持つ従業員数100名の企業も、ほぼ休業状態に陥っている。
「雇用調整助成金を活用した教育訓練」を検討している、と社長は言うが、その対象は現場の営業とか新入社員であって、ではあなたは何をしているのか。はたして経営陣は在宅勤務中、どんな仕事をしているのか。
それを聞くと、社長は言葉を濁した。
そう。毎日、オンライン会議などして意見交換はしているが、腕を組み、半径5メートル以内の同じ場所の中で、ぐるぐると円を描くように歩きながら「どうしよう、どうしよう」と悩んでいるだけなのだ。
■いつ変革するのか?
この広告代理店の財務は、幸い堅牢だ。
だから資金繰りには困っていない。新たな雇用はできなくとも、約100名の従業員を食べさせていくのには当面問題ない。
ということは、仕事はなくても「時間」はあるのだ。お客様へ訪問する「足」は使えなくても、未来のビジネスを考える「頭」はある。
営業活動を自粛するのはいいが、経営改革は自粛すべきではない。
創業70年。多くのお客様に支えられて今がある、と社長は謙虚に話していた。先代の社長から事業を承継してから10年。常に「改革だ」「イノベーションを起こせ」と言ってきた。
しかし、目先の仕事に追われて、十分な経営改革ができていない。外部環境が著しく変化しているのだから、ビジネスモデルを大胆に変えていかなければ、「ゴーイングコンサーン(企業の継続性)」は難しい。
この社長はずっと言ってきた。私どもが、「忙しいからといって改革を先送りしていたら、いつまで経っても変われませんよ」と提案しても、腕を組んだまま首を縦に振らなかった。
そしてこの状況である。
繰り返すが、営業活動を自粛するのはいいが、経営改革は自粛すべきではない。
いつ変革するのか。今しかないではないか。
■経営者が持つ3つの視点
いま、世の中の経営者は、大きく分けて3つの視点を持っているはずだ。
1つ目は「超短期的な視点」。休業要請を受けるなどして事業継続が難しくなり、資金繰り対策を急いでいる経営者だ。
2つ目は「中長期的視点」だ。当面、事業継続に支障がない企業の多くの経営者が持つ視点だ。「コロナ後」にまた世界が元通りになるとは、誰も考えていない。そのため中長期の経営戦略、計画を練り直す経営者はとても多い。
3つ目は「虚ろな視点」だ。事業継続に支障がないにもかかわらず、冒頭の社長のように、同じ場所をぐるぐる歩きつづける経営者だ。
忙しそうにしているが、やることはこの期に及んでインプルーブメント(改善)。これまでの経営方針や、行動規範に少し手を加えるだけだ。
大胆にイノベーション(改革)を起こせない。
私が以下のような記事を書いたのは、2016年10月である。
●組織でイノベーションを起こすために必要な、たった一つのこと
そしてこの記事から、以下の文章を引っ張り出したい。
「天才や、周囲から変人と言われるほどのディスカバラーでない限り、意図的にイノベーションを起こすことは、ほとんど無理だと私は考えています。過去の現場体験からして、もしも一般的な常識人がイノベーションを起こすとしたら、本当の意味で追い込まれたときだけではないか、と」
「天と地がひっくり返るぐらいの状況に追い込まれていないと、常識観をぶち破るような発想にたどり着くことはありません」
そうだ。まさに、今がそのときである。
これ以上に「天と地がひっくり返るぐらいの状況」など、想像したくもない。だから、今は「虚ろな視点」を持つべきではない。
■戦う武器を持とう!
「考える力」がない人はいない、と捉えよう。ただ「考える習慣」を持っていない人は多い。
目先の仕事に追われて、しっかりと深く「考える習慣」を持てないのは、ある意味仕方がない。
だから、考えるための強力な武器をご紹介したい。考える習慣があまりない人でも、考えるための武器があることで、思考停止状態から逃れることができる。
その武器こそ「フレームワーク」である。
自社のビジネスモデルを根本から考え直す。マーケティング戦略、ブランディング戦略を大胆に見直す。
そのために「フレームワーク」という武器で、経営陣と意見を「戦わせる」のだ。経営者なら「クロスSWOT分析」「PEST分析」「3C分析」「5フォース分析」「ビジネスモデルキャンパス」……など、研修などで習ったことがあるはずだ。
しかし習っても、ただ「使い方」を習っただけであり、意見を「戦わせる」武器として使った人は、あまりいないはずだ。
時代が変わっても、「フレームワーク」は古典的なものでいい。このようなフレームワークから考える「切り口」をもらい、深く考え、アイデアを出し合うのだ。
議論の末、結果的に、これまでの延長線上のビジネス戦略に落ち着いてもいい。
だが中長期的視点をもって、しかるべき人と意見を「戦わせる」プロセスには大きな価値がある。
意見を「戦わせる」相手が、ビジネスの世界で一緒に戦える仲間かどうかを見極める機会にもなるだろう。戦いたくても、戦えない経営者も多いのだから、戦える者は恵まれていると受け止めよう。そして今こそ奮起しなければならない。日本経済の未来のために、そう思う。