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ウクライナ侵攻「偽ファクトチェック」5カ国語で発信、大使館が次々に拡散する思惑とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ポーランドへの列車を待つ親子=3月11日、ウクライナ・リヴィウ(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ侵攻をめぐって「偽ファクトチェック」を英語など5カ国語で発信するサイトを、ロシアの大使館が次々に拡散する――そんな現象が起きている。

ロシアによるウクライナ軍事侵攻をめぐる「ファクトチェック」を名乗り、多言語で発信をするサイトが、3月に入って相次いで立ち上がった。

ドイツ公共メディア「ドイチェ・ヴェレ」や米シンクタンク「大西洋評議会」が、検証記事でその現状をまとめている。

サイトでは、「産科医院爆撃の被害者妊婦はなりすまし」などのロシア政府の主張を後押しする「偽ファクトチェック」が多くの反応を集める一方で、「事実」と認定されているものも一部含まれる。

運営者は不明だが、ロシア外務省や大使館がこぞって拡散するサイト。共有や「いいね」などの大半は、それらロシア政府アカウントを経由したものだ。その思惑とは?

●1日の閲覧2,890万回

我々は政治はしない。しかし、ウクライナやドンバス地域で起きていることについて、偏りのない情報を提供することが重要だと考えている。ロシアに対する情報戦が始まる兆候があるからだ。

「ウォー・オン・フェイクス(フェイクとの戦い)」と名乗るサイトには、そんな説明書きがある。運営者は、「いくつかの非政治的なロシア語テレグラム・チャネルの所有者および管理者」とだけ説明されている。

ドイツ公共メディア「ドイチェ・ヴェレ」の3月9日の検証記事によると、サイトのアドレスが登録されたのは3月1日。アドレスの登録事業者はモスクワで、連絡先の電話は2019年に詐欺事件で使われた番号だった、という。

このサイトは、英語のほか、フランス語、スペイン語、中国語、アラビア語と、5カ国語で情報発信をしている。だが、ロシア語はない。

ロシア語では、サイト開設に先立って別のソーシャルメディアを活用している。

国際問題の米シンクタンク「大西洋評議会」の研究所「デジタル・フォレンジクス・リサーチ・ラボ(DFRラボ)」の3月7日の検証記事によると、このサイトは、まずロシアのユーザーが多いメッセージサービス「テレグラム」を使って、ロシア語による情報発信をしてきた。

「テレグラム」でのアカウント開設は、ウクライナ侵攻前日の2月23日だった。

分析会社「テレグラム・アナリティクス」によると、「テレグラム」でのフォロワー数は、初日こそ161人と少なかったが、2月27日にはすでに30万人を超え、3月14日朝の段階で72万4,065人。ロシア語アカウントとしては有数の規模に拡大している。また、1日当たりの閲覧回数は、最高で2,890万回(3月1日)に上る。

3月14日朝の時点で、このアカウントは、975枚の写真、135本の動画、1本のオーディオファイル、480件のリンクを共有している。

このサイト・アカウントは、何を発信しているのか。「DFRラボ」によると、「ファクトチェック」という装いの中で、フェイクと事実を取り交ぜ、そこにロシア政府のプロパガンダを織り込むのだという。

すべての投稿が完全に偽造されているわけではないが、本来とは違う説明をすることで、文脈を誘導し、事実に疑念を抱かせ、雇われた俳優によって残虐行為が偽装されている、という荒唐無稽な主張を推し進めている。これらはすべて、ロシアの影響工作とプロパガンダの一般的な戦術だ。

ロシア語によるこの情報戦を、英語などの5カ国語で展開したのが、3月から立ち上げたサイトのようだ。

●「産院爆撃」の「偽ファクトチェック」

サイトの投稿数は、英語版で84件、フランス語版80件、スペイン語版76件、中国語版71件、アラビア語版57件(いずれも3月14日朝時点)。

その中でも、特に大きな反応が起きているのが、住民避難のための人道回廊が設置されたウクライナ南東部、マリウポリの産科小児科医院に対して、ロシア軍が3月9日に行った爆撃をめぐる「偽ファクトチェック」だ。

この爆撃では、子どもを含む3人が死亡し、けが人は17人に上る。ウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキー氏は「残虐行為だ」と非難している。

一方でロシア側は、これを根拠なく否定。国際的な批判について、ロシア外務省は「情報テロ」などと主張している。

このサイト・アカウントが投稿するのは、ロシア政府の主張を後押しする内容だ。病院は攻撃前にウクライナ軍の極右部隊に占拠されており、メディアに報じられた妊婦は、地元の美容ブロガーによるなりすまし――などと主張している。

病院への爆撃と被害を否定する3月10日の「テレグラム」へのロシア語投稿は、すでに150万回の閲覧がある。

だが、マリウポリへの爆撃被害については、様々なファクトチェックメディアが検証を行い、これが「偽ファクトチェック」であることを判定済みだ。

イタリアのファクトチェックメディア「オープン・オンライン」や英BBCなどは、ロシアによる爆撃時に病院は軍に占拠されておらず、美容ブロガーの女性も実際に妊娠していた、などと検証している(この女性はその後、無事出産した、という)。

ツイッター、フェイスブックは、駐英ロシア大使館による同趣旨の投稿を、規約違反だとして削除している。

一方でこのサイト・アカウントは、各国のファクトチェックメディアが検証済みの、実際の「フェイク動画」についても投稿している。

その一例が、ウクライナ侵攻が始まった2月24日に、ツイッターなどで広がった「ウクライナ人の父娘の涙の別れ」の動画だ。

スペインのファクトチェックメディア「マルディタ.es」などの検証によると、この動画は侵攻開始前の21日、親ロシア派支配地域での住民への避難指示によって家族が別れる様子を撮影し、公開されたものだった。

だが、このサイト・アカウントが発信するのはその事実だけではない。それに加えて、「彼らは戦争の恐怖からロシアに避難した難民だ。もう危険な目にはあっていない」と述べ、「戦争の恐怖」がウクライナ政府によるもの、との主張を織り交ぜている。

※参照:ウクライナ侵攻「フェイク動画・画像」が“感動”を集める、その狙いとは?(03/07/2022 新聞紙学的

「偽ファクトチェック」と、ロシア政府の主張を織り交ぜた「ファクトチェック」。それがこのサイト・アカウントの特徴のようだ。

●外務省、大使館が次々に

「ドイチェ・ヴェレ」や「DFRラボ」の検証記事では、これらの投稿をロシア外務省などが拡散していると指摘する。

サイトのトップページを、メタが提供する「クラウドタングル」で調べてみると、拡散の構造がより具体的にわかる。

3月14日朝の時点で、このサイトについての、フェイスブックの「いいね」や共有などの反応の総数は1万9,993件。このうち7割にあたる1万4,054件が、上位10件のフェイスブックページ経由によるものだ。

そして10件のうち、個人アカウントを除く9件は、ロシア外務省と各国駐在のロシア大使館の公式アカウントだった。

反応が最も多かったのは、「産科医院爆撃」のスペイン語版「偽ファクトチェック」を取り上げた駐メキシコ大使館(フォロワー数5万9,123人)の投稿で、「いいね」や共有が合わせて2,105件。次いで駐ギリシャ大使館(同2万5,142人)がその英語版を取り上げた投稿で、反応は2,083件だった。さらにロシア外務省(フォロワー43万7,605人)がこのサイトを紹介した投稿への反応が2,027件。

以下、個人アカウントを除くと、再び駐ギリシャ、駐ドイツ、駐エチオピア、駐フィリピン、そして再び駐メキシコ、さらに駐スウェーデンの各ロシア大使館の公式アカウントが、こぞってこのサイトを拡散させていた。

フランス語版は駐セネガル、スペイン語版は駐メキシコのロシア大使館公式アカウントが拡散のトップだった。

アラビア語版は駐バーレーン大使館のみが拡散。中国語サイトは駐ハルビンの総領事館アカウントがロシア語で紹介しており、誰に向けた紹介なのかは不明。3月14日朝の時点では、リアクションはゼロだった。

ロシア外務省を始め、大使館がこぞってこのサイトを拡散する思惑は何か。手がかりは、各国語版のサイトの開設時期にありそうだ。

●波状的な展開

欧州連合(EU)の行政機関、欧州委員会委員長のウァズラ・フォン・デア・ライエン氏は2月27日、ウクライナ侵攻に対するロシアへの制裁措置として、プロパガンダの発信元とされてきたロシア国営の「RT」と「スプートニク」のコンテンツ配信規制を表明する。そして、EUは実際に3月2日、両メディアの域内での配信を禁止する措置を取った

また、米国でも「RTアメリカ」の運営を停止し、スタッフを解雇するとの動きが報じられている

今回のサイト・アカウントのロシア語による「テレグラム」の発信は、2月23日という開設のタイミングから、ウクライナ侵攻を織り込んだ、国内の世論対策のようだ。

英語など5カ国語のサイトは、アドレス登録は3月1日、投稿開始は3月4日とあわただしい。ロシア国営メディア配信禁止への対抗措置のため、国際世論への情報戦の発信拠点として急遽立ち上げられたように見える。

米調査報道メディア「プロパブリカ」も3月8日の検証記事で、そもそも存在しない「偽フェイク動画」を“暴く”とする、自作自演の「偽ファクトチェック動画・画像」がソーシャルメディアに広がっている、と指摘していた。

そして、駐ジュネーブのロシア代表団の公式ツイッターアカウントが、それらをまとめた動画を投稿していたことも明らかにしている。

※参照:ウクライナ侵攻「偽フェイク動画」を「偽ファクトチェック」が暴く、そのわけとは?(03/10/2022 新聞紙学的

今回の5カ国語サイトにも、その一部が掲載されている。「偽ファクトチェック」が波状的に展開されているようだ。

●「誰も何も信じられなくなる」

ワシントン・ポストのコラムニスト、マーガレット・サリバン氏はウクライナ侵攻をめぐるロシアの情報戦について、ドイツ出身のユダヤ人で、ホロコーストの生存者である政治哲学者、ハンナ・アーレントのこんな言葉を紹介している。

もし、みんながいつも嘘をついているのなら、その結果は、あなたが嘘を信じるようになるのではなく、もはや誰も何も信じられなくなるのだ。

情報の信頼をどう確保していくのか。ウクライナ侵攻をめぐる情報戦の行方は、なお注視していく必要がある。

(※2022年3月14日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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