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大好きなゲームの曲がもう聴けない!? サービス終了で消滅するゲーム音楽の悲しい現実

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
※写真はイメージ(筆者撮影)

昨年に拙稿「プレー中は気づかないゲーム音楽の裏側 音楽のプロによる異例のレビュー本誕生の訳」でも紹介したように、ゲーム音楽だけのアルバムが商売として成立し、独自のマーケットや文化が長らく育まれてきた国は日本においてほかにない。

今年の4月には、大手ゲームメーカーのセガがゲーム音楽ブランド「SEGA music」を立ち上げたと発表。7月には、上記の拙稿でも取り上げた書籍「ゲーム音楽ディスクガイド」の続刊「ゲーム音楽ディスクガイド2」(ele-king Books刊)が発売されるなど、新譜のリリース以外にもゲーム音楽関連ニュースが日々発信されている。

だが、その一方でゲーム音楽はゲームソフトと同様に、歴代のタイトルに収録された音源や、データベースのアーカイビングが十分にできていないのが現状だ。マーケットが形成されて久しいのに、なぜアーカイブ化が遅れているのだろうか? 長年にわたり数々の曲を作り続ける、現役コンポーザーの方々に伺ってみた。

作曲者自身もライブ・演奏が自由にできない現実

ファミコンブーム期から活躍する、元大手メーカー開発のA氏によれば、コンポーザーが制作したゲーム音楽はメーカー(制作会社)が買い取る契約を結ぶのが、ゲーム業界では昔から常識となっている。つまり、すべての権利をメーカー側が持つことになるため、「音源は制作会社持ちなので、自分でライブをしたい場合は会社にお金を払うことが必要です」(A氏)ということになる。

ただ、近年は契約の形態が多様化している。90年代からアーケードゲームを中心に、フリーで作曲活動をしているB氏によれば、「私の場合は、メーカーが相手だとすべて買い取り契約ですが、同人など個人相手の仕事であれば、手元に権利を残す形の契約をすることもありますね」という。

前出のA氏も、「ごく一部のJASRACに登録している方は、権利者の許可を取れば自分で演奏ができる契約をしています。有名アーティストを起用した曲であれば、ライブをすることで宣伝にもなりますので、タイトルにもよりますが『演奏をしてもよい』と契約に盛り込む場合があります」とのことだ。

また、家庭用ゲームを中心に90年代からフリーで活躍するC氏も、「交渉次第では、自分自身に権利が帰属してもよいという契約ができるケースが出てきています」と話す。ただし、「大手メーカーは足取りが重く、従来の買い取り契約のまま変わらないケースがまだまだ多いです。大きい会社ではないクライアントでも、過去に経験のない契約の形にしようとお願いすると、やはり足取りが重くなりますね」(C氏)

さらに古いタイトルの場合は、ゲームメーカーが倒産したり、権利を持った人物が亡くなるなどの理由で、現在はどこの誰が権利を保持しているのかが不明になっているケースもある。

「自分で権利を引き継いだ会社を探し出して、演奏などの許可を取るのはとても大変なんです。しかも、新たに権利を持った人や会社が見付かったのに、権利元の方針でライブや音源化を許可してくれないこともあります」(A氏)

今も昔も、ゲーム音楽はたとえ作曲者であっても公の場で自由に演奏したり、CDなどで音源化したりすることが容易にできないのが現状なのだ。

ゲーム音楽のアルバムには、ゲームソフトでは聴けないアレンジ曲やボツ曲などが収録されていることもある。アーカイブ化には必要不可欠な存在だ(※筆者撮影。以下同)
ゲーム音楽のアルバムには、ゲームソフトでは聴けないアレンジ曲やボツ曲などが収録されていることもある。アーカイブ化には必要不可欠な存在だ(※筆者撮影。以下同)

ゲームのサービス終了とともに楽曲も次々と消滅

携帯・スマホ用などのネットワーク対応ゲームは、メーカーがサービスを終了するとほとんどが二度と遊べなくなってしまう。つまり、サービスが終了したタイトルは、CDなどで音源化されていない場合は曲も一切聴けなくなる。

「サービスが終了するとやはり悲しいですね。ですが、サービス開始以前に企画がボツになったりして、プレイヤーの耳にすらまったく届かないものもあったりしますので、それよりはかなりマシだとは言えますが……」(C氏)と話すように、一生懸命作った自身の曲がひっそりとこの世から姿を消すことで、コンポーザーは開発・作曲の未経験者には想像できないほどダメージを受けるようだ。

ならば、サービスが終了したタイトルの曲は、コンポーザー自身が音源化して収益を上げればいいのではないだろうか? だが、ここでもまた権利上の問題がある。

「配信が終了したゲームは、曲も完全に封印されてしまうので、後から発表することもできません。契約上、名前を出せないものもありますので、後々こっそりとほのめかす程度のことをすることはありますが、自分の実績にはなりにくいですね……。音源化はリスクが高過ぎるので、私はまったく考えたことがありません」(B氏)

「こちらで音源化させてもらえると、大変ありがたいなと毎回思います」(C氏)とはいえ、音源化どころか自身の作曲であるという情報すら簡単に公表できないのが現状だ。特にフリーで活動するコンポーザーにとっては、セルフプロモーションも満足にできないのは実につらい。

ところが、たとえフリーのコンポーザーであっても、セルフプロモーションの意識を持たない人が少なからずいるそうだ。

「アーティストという感覚を持っていない人もいるんです。つまり、ただお金もらって成果物を作るだけという、普通の会社員と同じ発想なんです。もちろん、自分で名前を出してきちんとアーティストとして活動できる人は、その限りではありません。

 確かに、名前が出るとうれしいですし、CDになるのもうれしいのですが、実は私も『曲を納品したらもう終わり』というのが基本的な考え方なんです。ですから、自分でCDを作って売り出している人に比べると、私自身はそこまで自分の曲に対して強い思い入れはないですね」(A氏)

10年も20年も前に発売されたゲームが再評価され、音源化が実現するタイトルは極めて珍しい
10年も20年も前に発売されたゲームが再評価され、音源化が実現するタイトルは極めて珍しい

またA氏によると、携帯・スマホ用のゲーム音楽にはクオリティ面での問題もあるという。

「昔の携帯・スマホ用ゲームは、音を消して遊ぶのが当たり前でしたから、『音はただあればいいや』という時期がしばらくの間はありました。初期の時代は、ちゃんと曲を作れる人が少なかったようで、携帯アプリのメーカーは制作を丸投げしていて、クオリティもあまり求められませんでした。

 『そう言えば、音も必要だよね』ぐらいの認識で、ローンチの2か月前に発注なんていうケースもザラで、ギャラもあまりよくありませんでした。そんなゲーム用に作った曲のなかには、本当は不出来なので使ってほしくなかったのに、直さないまま使われてすごく不本意だったものもありました。そういう曲の場合は、作曲したのが私だと知られるのは恥ずかしいので、公表されるのは正直嫌なんです……」

2月に掲載した拙稿「ゲーム開発者が自ら語る、アーカイブ化されずに日々ゲームが消えゆく悲哀」でも書いたように、サービス終了時にスタンドアローンでも遊べるようにアップデートを実施するタイトルが最近は出始めている。例えば、9月にサービスを終了したPC用ゲーム「ゴエティア」は、公式サイトにBGMを無料で聴けるライブラリを設けているが、ここまでユーザー、あるいはコンポーザーに配慮したタイトルは極めてまれだ。

かつて、ゲーム業界はコンポーザーに限らず、開発スタッフは引き抜き防止などの理由から、顔も名前も一切公表しないのが普通だった。しかし、そんな慣例がなくなった現在でさえ、権利関係やコンポーザー自身の問題でゲーム音楽の情報がきちんと世に出てこない、悲しい現実が横たわっているのだ。

「ゴエティア」の公式サイトより。サービス終了後もサウンドライブラリを公開している
「ゴエティア」の公式サイトより。サービス終了後もサウンドライブラリを公開している

有志に依存しないゲーム音楽のアーカイブ化の実現を

ゲーム業界や研究機関などでは、ゲーム音楽のアーカイブ化は十分に進んでいるのだろうか?

ゲーム音楽を専門に研究する、立命館大学ゲーム研究センターの尾鼻崇研究員は、「十分ではないと思います。ゲーム音楽は、音楽学的知見と情報学的知見が絡み合う複合領域ですので、幅広い専門性を持つ人間がデータベースを構築する必要があり、逆に利用者に可能な限り専門性を要求しないものにする必要があると思います」と話す。

また尾鼻氏は、「近年のゲームのインタラクティブミュージックは、そもそもサントラに収録すること自体ができませんので、実際にプレイしながら確認していくしか現状では術がありません。今後もこのような例は増えると思います」と、サントラに収録されていない楽曲を研究する際の難しさも指摘した。

さらにゲーム音楽は、「ゲームに使う曲や効果音は、譜面に書き起こせない曲もあるので、楽譜だけで保存することは不可能です」(A氏)という、デジタルコンテンツ特有の厄介な問題も抱えている。

「ゲームのサントラのカタログを作るのは比較的簡単ですが、インタラクティブメディアであるゲームの場合、抜け落ちるものがたくさんあります。まさに今、私が進めている研究でもありますが、ゲーム音楽の聴取経験自体をアーカイビングしていく必要があると思います」(尾鼻氏)

ゲームビジネス・文化の両面に役立てるよう、データベースも音源もできるだけ後世に残しておきたい
ゲームビジネス・文化の両面に役立てるよう、データベースも音源もできるだけ後世に残しておきたい

前出のC氏が、「業界団体で、今までリリースされたすべてのゲーム音楽を検索できるようなものを作っていただけるといいですね。今はユーザーのボランティアありきですので」と指摘するように、現段階では歴代のゲーム音楽アルバムに関する情報は、国内外の有志によるデータベースサイトに頼らざるを得ない状況だ。かく言う筆者も、恥ずかしながら過去に何度も甘えさせていただいたことがある。

「すべてを網羅することは現実的に難しいので、せめて『このタイトルを担当しました』というのが堂々と言えるようになればいいですね」(B氏)

「買い取り契約の場合は、CDとかが販売されてもこちらには一銭も入らないのが少し残念ですが、アーカイブすらされずに消えていくことを考えると、アーカイビングが促進されるとたいへんありがたいです」(C氏)

おりしも、先日には「ドラゴンクエスト」シリーズの作曲者としても有名な、すぎやまこういち氏が文化功労者に選出される明るいニュースが流れた。その一方で、ゲーム業界の第一線で20年以上も活躍し続けるコンポーザーからは、今なおこのような声が聞こえてくる状況はあまりにも切ない。

このままでは、ゲーム音楽の音源やあらゆる情報、文化がどんどん失われてしまう。現在ベータ版が公開されている、文化庁の「メディア芸術データベース」のように、今後はゲーム業界全体、あるいは官公庁などの協力のもと、データベースの構築およびアーカイブ活動を本格的に始める時期にきているのではないだろうか。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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