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大統領選挙の結果で変わる日米関係

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
大激戦の結果は日米関係にどんな影響を与えるのだろうか(写真:ロイター/アフロ)

11月のアメリカ大統領選挙の結果は、日本にも大きく影響するのは言うまでもない。トランプ前大統領が返り咲けばアメリカの安全保障政策だけでなく、通商政策、気候変動対策などの大きな変化が予想されている。一方、ハリス政権誕生の場合はバイデン政権の継続だとみられてはいるが、実際にそうなるかは不透明だ。ではどんな政策がどのようにして日米関係に影響してくるのか、安全保障、経済、気候変動対策の3つについて考えてみたい。

日米同盟と日本の安全保障

アメリカの安全保障政策において、最大の懸念は中国の台頭や現状変更の動きである。その中国の隣国である日本はインド太平洋の安定を考える上で、これ以上ない最高のパートナーである。日米同盟が極めて重要なのは、ハリス政権でもトランプ政権でも変わらない。そのため、日米のサプライチェーン(供給網)から中国を除いていく経済安保的な動きはいずれの政権でも進んでいくだろう。

ただ、トランプが復権した場合、バイデン政権が進めてきた国際秩序維持の目的や、多国間外交の中での日米安保の強化ではない形での動きも目立ってくるだろう。具体的には「アメリカとの取引」といった要素が安全保障に加わっていく。

これを予見させるのが、アメリカのメディアに語った台湾政策だ。「中国が力ずくの現状変更の動きを見せ、台湾に武力侵攻したら、どう対応するか」という質問に対して、トランプは取材で「台湾は米国の半導体ビジネスを奪っている。儲かっている分、自国で防衛をすべきだ」と答えている。

バイデン大統領の場合、同じ質問には「国際秩序を守るため、アメリカも武力介入する」と即答し続けてきたのは対照的だ。台湾を守り、インド太平洋の秩序を守ることが同盟国日本への安心供与であり、アメリカの国益でもあるというのがバイデン政権の見方だ。その論理はハリスも引き継いでいくであろう。

ただ、トランプ発言は「台湾を切り捨てる」という意味では全くない。台湾が自国防衛をするために武器を調達するのはアメリカからだ。アメリカにとっては、自国の「製造業」である武器や防衛装備品の販売が見込め、貿易強化を狙う台湾だけでなく、アメリカにとってもプラスであるという意味である。

トランプが常に主張してきた「力による平和(peace through strength)」と「アメリカ・ファースト(米国第一)」主義)という2つの外交原則が同時に沿った「取引」だ。最近では中国が台湾を封鎖した場合の対応を問われ「台湾に立ち入れば、150から200%の関税を課す」と述べている。アメリカ軍を展開するのではなく、貿易という「取引」で安全保障を行うことを念頭にした発言だ。

トランプの副大統領候補であるバンスも「ウクライナを支援するくらいなら、そのカネを米国で使うべきだ」と力説しており、国際秩序維持という理念からアメリカが無償で台湾を守るようなことは想定しにくい。

同じ「取引」の論理は当然ながら日本にも当てはまる。トランプは政界進出前から「日本はアメリカの庇護の下、経済的に大きくなった」といい続けてきた。トランプ政権が誕生した場合、日本政策の担当者となる可能性が高い人物が日本のメディアに対して「防衛費のGDP比率を3%にすべきだ」と答えている。武器の購入先は言うまでもなくアメリカが中心である。

貿易・経済をめぐって

ハリス政権になってもトランプ政権になっても、かつてのアメリカのような自由貿易に対する過剰な信頼はおそらく戻ってこない。雇用が中国やメキシコ、日本などに流出していくとして、それまでは金科玉条のように守られていたはずの「自由貿易」に対する不満が一気に高まっている。

自由貿易については選挙でハリスが勝てば今のレベルを維持するという形だが、トランプが勝てばより保護主義的な貿易に向かう可能性が高い。

トランプ政権1期目ではトランプ政権は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの脱退から始まり、北米自由貿易協定(NAFTA)と米韓自由貿易協定(KORUS FTA)の見直し協議など、「不公正な」とする貿易と戦うためにあらゆる法的手段を使うとし、アメリカに必要なのは「公正で相互的な貿易(fair and reciprocal trade)」とし、「不公正」を正していくとした。

その手段として、関税を上げるなどの制裁をちらつかせ、自由貿易から管理貿易への転換を進めた。外国からの製品に対しての関税引き上げを行った。特に中国がそのターゲットであった。

根本にあるのは、トランプ政権の「アメリカは貿易を自由に開いているのに、他の国は自由貿易とは名ばかりで、市場開放は不徹底」とし、「アメリカ国内の多くの人々を犠牲にしてほかの国を富ませていた」という主張である。トランプの支持者の一部は「自由貿易は経済的なテロだ」とさえ、言い放っている。

トランプ政権復活の場合、この関税引き上げは政策の大きな中心にある。トランプのこれまでの言説をまとめるといまのところ、各国からの関税は一律で10から20%上げるとみられる。同盟国・日本もこの対象になる可能性がある。さらに、中国の場合には60%まで引き上げるという報道もある。

それでは関税引き上げはどのような形で日米の経済に影響をもたらすか。

関税が高くなれば日本としてはそれだけ輸出は難しくなる。特に中国経由でアメリカに輸出している場合には売れなくなる。そうなると日本経済にとって痛手であり、私たちの生活にも影響する。

しかし、実際はもう少し複雑だ。もし関税が上がった場合、その負担をするのは実際にはアメリカ国民である。それがアメリカ国内での物価高につながり、強烈なインフレを引き起こすかもしれない。インフレを抑えるためには中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は金利を上げることになるが、為替からみれば高金利は魅力であり、ドル高要因になる可能性もある。円が安くなる場合、日本からの輸出のハンディである高関税のハードルは一気に低くなる。

ただ、そうなった場合、そもそも関税を引き上げるメリットがなくなるため、トランプはドル安を誘導するのは間違いない。さらにトランプ政権 1 期目で通商政策を担当し、トランプ政権復活の場合には財務長官になる可能性も指摘されているライトハイザーも貿易不均衡解消のためには為替介入を積極的に行うことを持論にしている。

ハリス政権の場合、極端な関税引き上げはないとしても、保護主義的な色彩の強い「バイアメリカン(アメリカ製品の積極購入)」政策が続いていくだろう。例えばバイデン政権では製造業基盤の強化を図るために、半導体の国内回帰を狙うCHIPS法が導入されたほか、アメリカ産の電気自動車(EV)への大型補助や、中国製EVの関税を従来比4倍の100%に引き上げた。このような動きはこれからもある。

2017年末に決まり来年に期限が切れる、いわゆる「トランプ減税」についての対応は、トランプとハリスのどちらが大統領になるかで方向性が変わる。トランプ政権の場合、延長が既定路線だが、ハリスの場合には延長は望まないだろう。

連邦議会の選挙結果にもよるが、もし、延長を議会が認めた場合、株式市場は短期的には潤うはずだ。米国株に投資する日本の個人投資家も歓迎するだろう。しかし、アメリカの国家財政の健全性は弱まり、債券金利が上がっていく懸念がある。財政赤字が拡大すれば、アメリカ経済にとっては低成長をもたらす可能性もある。

気候変動対策

トランプが大統領に返り咲けば気候変動対策の大転換も避けられない。トランプは、米国の比較優位は化石燃料だと認識し、規制緩和し、石油・天然ガスの掘削をどんどん進めると宣言している。「化石燃料の時代に戻る」といっても言い過ぎではないだろう。

その考え方の背景にあるのが、世界最大のエネルギー(産出)国という米国の優位性である。EVは中国が覇権を目指しているため、その戦略には乗らないという方向性だ。

一方、ハリス勝利の場合、バイデン政権から続く、気候変動対策強化の原則は続いていく。上述のアメリカ産のEVへの補助の強化など、気候変動対策だけでなく、保護主義的な色彩も強い政策が打ち出されていくだろう。「安いEVが中国などから入ってきたらアメリカの産業が破壊されかねない」という懸念に基づいている。

終わりに

トランプ政権でもハリス政権でも、アメリカの保護主義的政策やサプライチェーンの組み替えを図りアメリカ国内に新たな産業基盤を構築しようとする動きは、日本を含め世界を翻弄していく。アメリカの自国優先や対中強硬姿勢の影響で、日本企業に大きな影響が出る可能性もある。また、日本製鉄によるUSスチール買収のようにタイミングを間違えると、日本企業が想定以上の困難にぶち当たるかもしれない。

大統領選挙は現時点では拮抗しており、日本としてはトランプ氏の当選、ハリス氏の当選の両方を想定しておく必要がある。日本としてはかじ取りが難しいが、中国の動きが激しく、経済安保が重要になる中では、米国との関係を密にするしかない。そして、どちらになっても基本は国際協調路線の継続であろう。例えば気候変動は長期的な問題であり、欧州などは米国抜きでも対策を進めるだろう。日本も取り組みを怠ってはいけない。日本は政府も企業もしたたかに、どちらの政権になっても柔軟に対処すべきなのは言うまでもない。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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