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STARTO社が抱える課題、そして目指す未来──福田淳CEOが目指す〝脱ジャニーズ〟のゆくえ

松谷創一郎ジャーナリスト
AIを使って筆者作成(イメージ)。

 12月8日、旧ジャニーズ事務所の新会社・STARTO ENTERTAINMENTの設立が発表された。CEOに就任するのは、すでに報じられていたようにのん(能年玲奈)などのエージェント会社を経営する福田淳氏である。

 すでにSTARTO社の公式サイトや、『文春オンライン』の独占インタビューで詳細も明らかになっているが、従来のジャニーズ事務所の姿勢からは大きく転換することも見える。

 STARTO社が誕生するまでの経緯を振り返り、どのような会社になるかを考える。

スポンサー撤退が相次いだ9月

 まず、ここまでの経緯を振り返っておこう。

 8月29日、ジャニーズ事務所が委託した「再発防止特別チーム」が故・ジャニー喜多川氏の広範な性加害事実を認定した(「調査報告書(公表版)」PDF)。

 9月7日、それを受けてジャニーズ事務所も性加害を認め、東山紀之新社長への交代を記者会見で発表した。東山氏は年内いっぱいで芸能界から引退し、「人生をかけてこの問題に取り組んでいく」と表明する。しかし、100%株主である藤島ジュリー景子氏がそのまま代表取締役副社長として残ることや、ジャニー氏の名前が含まれる社名を変更しないことは、大きな批判を浴びた。

 広告スポンサーの撤退が相次ぐのはこの頃からだ。そのため9月13日にジャニーズ事務所は、広告や番組の出演料をタレント本人に全額支払うと宣言する。会社がタレントに関与しない姿勢を打ち出そうとしたのである。だが、それでもスポンサーの姿勢に大きな変化は見られなかった。

2023年9月7日、ジャニーズ事務所の記者会見(筆者撮影)。
2023年9月7日、ジャニーズ事務所の記者会見(筆者撮影)。

社名変更と新会社設立

 10月2日、ジャニーズ事務所は再度会見を開く。社名をSMILE-UP.(以下SU社)に変更して被害者への補償会社に特化し(補償後に廃業を予定)、それとはべつに資本関係を持たないエージェント契約の新会社を立ち上げると記者会見で表明する。この時点では、SU社と新会社の両方の社長を東山氏が兼任するとされていた。

 このとき新会社をエージェント会社としたのは、タレント業務に深く関与していないことを取引先に示すためだと考えられる。エージェント契約では、タレント側がクライアントと直接契約をし、そこから何割かをエージェント会社に支払う方式だ。マネージャーも付かず、あくまでも主導権はタレント側にある。これによってタレントの仕事を維持しようと考えたのだ。

 しかしこの段階でも、両社のトップをジャニーズ出身の東山氏が兼任し、かつ9月の会見で指摘された東山氏の過去の性加害疑惑も残ったままであることには変わりなかった。

「NGリスト」発覚がトリガーか

 この10月2日会見では、出席した一部の記者の質問に応じなかったため会場では怒号が飛び、逆に井ノ原副社長の発言に拍手が湧くなど、混乱した状況にもなった。しかし、この2日後に「質問NGリスト」(筆者もそのひとり)の存在がNHKのスクープにより発覚。のちにSU社は、会見運営を任せたコンサルタント会社の独断と釈明した。

 東山氏が新会社の社長就任を断念し、福田氏が就任を打診されたのはこの会見から約1週間後の「10月10日か11日」だという(『週刊文春 電子版』2023年12月8日)。そうした事実関係を振り返れば、「NGリスト」の発覚が福田CEO就任の決定的なトリガーとなった可能性がある。

 11月中は表だって目立った動きはなかったが、水面下では11月17日(金)に発表されるのではないかと見られていた。だが、その3日前に被害者のひとりが亡くなっていたことが報道されたために、見送られた可能性が高い。

 そして12月8日になり、新会社・STARTO ENTERTAINMENTと、福田淳氏の代表取締役CEO就任も発表された。

ババを引いてしまった東山氏

 8月末から現在までの3か月強のなかで、旧ジャニーズ事務所の姿勢は二転三転した。それは、場当たり的な対処によってどんどん状況を悪化させたプロセスだと言える。

 そのなかでもとくに悪手だったのは、東山氏の社長就任と社長兼任だろう。

 東山氏は、社長就任を打診されたのは8月上旬だと表明したが(9月7日会見)、筆者の取材ではジャニーズ事務所は6月上旬の時点ですでに新社長を探し続けていた。その頃、ジャニーズ関係者から「どこかにいい社長はいない?」と筆者も逆に訊かれたほどだ。だが打診する先々で断られ、8月になってジュリー氏が東山氏に頼み込んだという流れだ。

 芸能界引退と引き換えにジャニーズ事務所の社長に就任した東山氏は、当初は補償会社と新会社の切り離しを前提としていなかった。従来の体制(ジャニーズ事務所)の延長線上で、補償とタレント業務を両立するつもりだった。

 だが、その想定は大きくはずれた。結果的に東山氏は、タレント業務のための新会社の社長に就任もできず、補償会社の社長に専従となり、芸能活動も引退する。言い方は悪いが、東山氏は完全にババを引いてしまった(補償が一段落すれば東山氏の芸能界復帰論も浮上するだろうし、被害者の意見も踏まえたうえでそれは十分に検討すべき事案だと個人的にも考える)。

繰り返された場当たり的対応

 また、出演料をジャニーズ事務所が受け取らないとする声明(9月13日)や、新会社をエージェント会社とする発表(10月2日)も、取引先を意識した場当たり的な対応でしかなかった。スポンサー企業が見ていたのは、単なるビジネスやカネの問題ではなく、人権をちゃんと考える姿勢にこそあったからだ。

 そうした社会の厳しい姿勢のなかでは、東山氏が新会社の社長に就任すれば当面の運転資金や事業移管のための資金を集めることもままならなかった。旧ジャニーズ事務所との関係が完全に切り離されたと認識されず、かつ経営者としての経験がないからだ。この頃、ファイナンスにおいては旧ジャニーズ事務所は反社会的勢力と大差ない見方をされているとも耳にした。

 しかも前述したように来年9月までは、タレントの出演料による収入がゼロになることも確定していた。場当たり的な対応もあって、資金調達の見通しも立たなかったのである。

 福田氏に白羽の矢が立ったのは、旧ジャニーズ事務所がかなりの困難を極める状況に追い込まれたからだ。『週刊文春 電子版』の取材では、福田氏が銀行に融資を頼むエピソードにも触れられているが、ファイナンス面においてその存在が必要だったのは間違いない。

 本人も認めるように、福田氏は以前からジャニーズ事務所と正反対の姿勢を強く表明していた。それもあって代表就任の打診はとても驚くべきことだった。旧ジャニーズ事務所は感情的かつ場当たり的な対応を繰り返していたが、追い込まれてやっと正答にたどり着いたと言える。

音楽産業の遅滞を招いた〝主犯格〟

 今回誕生した新会社・STARTOのサイトには、現状の説明とともに3つの具体的な「ミッション」が並んでいる。

  • DX化:独自の音楽配信サービスを立ち上げる
  • グローバル展開:米国、韓国等、世界展開
  • メタバース市場参入:最先端技術でアーティストの才能を拡張

 この3つは、これまでジャニーズ事務所がもっとも苦手としてきたことでもある(メタバースなどは日本ではどこも手を出していないが)。

 周知のとおり、現在音楽は定額制のストリーミングサービス(いわゆるサブスク)で聴取するのが定着しつつある。日本の音楽売上も、早ければ今年の後半、遅くとも来年にはCDのシェアをストリーミングが逆転すると見られる。

 しかしジャニーズ事務所は、嵐やKis-My-Ft2の一部の曲などを除き、ストリーミング配信をしていない。CD売上への依存を続け、ファンもオリコンCDランキングの1位を取るためにプラスチックを買う行為をいまも続けている(日本で主流となったBillboardチャートでは、CD売上だけで1位になることはもはや簡単ではない)。

 いわば、ジャニーズ事務所は日本の音楽産業の停滞を招いた〝主犯格〟でもあった。それは以下のグラフによく表れている。

筆者作成。
筆者作成。

筆者作成。
筆者作成。

IPとITの複合企業を志向するSTARTO社

 独自の音楽配信サービスを立ち上げることとは、つまりストリーミングの解禁を示唆している。自らのプラットフォームのみの解禁と想像する向きもあるだろうが、それだとグローバル展開は難しい。自らのプラットフォーム事業とコンテンツのオープンな戦略の二本立て、さらにそこにメタバースを組み込むことなどが予想される。

 このとき参考となるのは、BTSなどを生んだHYBEのプラットフォーム・WEVERSEだろう。ファンコミュニティとしての機能を中心に、オリジナルのコンテンツ配信や物販など多角的な事業を展開している。BTSやLE SSERAFIMなど自社のアーティストだけでなく、AKB48やXGなど日本も含めた多くのアーティストが参入している。

 こうしたWEVERSEは、HYBEが単なる音楽系プロダクションではなく、IT企業としての側面を強化していることを意味している。よって、STARTO社も従来のIP事業と新たなIT事業をどのように組み合わせて進展していくかは、今後の日本のエンタテインメント界を考える上で大きな注目に値する。

 福田CEOもグローバル展開として、アメリカの次に韓国の名前をあげている。韓国が、BTS・『パラサイト』・『イカゲーム』などで、音楽・映画・ドラマで世界のトップに上り詰めたことにもはや疑問を差し込む余地はないだろう。それは単に良質なコンテンツを創るだけでなく、いかに発信・運用していくかの点において韓国の企業が優れていたからだ。

 たとえば、今年日本でいちばんのヒット曲はYOASOBIの「アイドル」だが、それを最初にテレビで披露したのは韓国の音楽番組『M COUNTDOWN』だった。日本のトップが世界のトップを目指すのであれば、そのアプローチは当然でもあるだろう。逆にガタガタの画質のTVerで一週間だけ日本で配信されるだけでは、世界を目指すことは不可能だ。

 福田新体制は、地上波テレビ・CD・雑誌のレガシーメディアとともに小さな世界に閉じこもっていたジャニーズ事務所を、インターネットを通して大きな世界へ羽ばたくSTARTO社へ変えようとしている。成功するかどうかはまだわからないが、これまでの日本では見られなかったドラスティックな転換だ。

先行き不透明な事業移管

 もちろんSTARTO社にも、大きな課題は残されている。それは、補償会社となったSU社との関係をしっかりと断ち切れるかどうかだ。ジャーナリズムがもっとも注視する必要があるのはここだ。

 ファンクラブについては、サイトで「SU社から独立した組織として運営する」と明言しているが、それ以外の業務移管についてはいっさい言及がない。とくにそこで注目すべきは、SU社が多く抱える資産──とくに知的財産(IP)の行方だ。

 旧ジャニーズ事務所に限らず、制作機能も持つ日本の芸能プロダクションは、音楽や映画などさまざまな知的財産によって収入を得てきた。とくに音楽原盤権(録音された音源の権利、著作隣接権にあたる)の事業は大きく、権利管理の子会社である「ブライト・ノート・ミュージック(旧ジャニーズ出版)」でJASRACのサイト・J-WIDで検索すると1万曲弱がヒットする。

 しかし、現在SU社が保有するこのIPをSTARTO社に移管するとなると、多額の税金が発生する。もし移管するのであれば、その資金をどのように調達するかまだ説明されていない。他にも子会社の製作会社ジェイ・ストーム社が出資した映画などの著作権も保有しており、これらの移管についても不明なままだ。

 さらに、各グループの商標権も新会社に移管する必要があり、これも課税対象となる。ファンクラブについては、おそらくいちどSU社のものを閉じて、新たにSTARTO社で立ち上げ直すと考えられる。SU社で返金作業は必要となるが、タレントたちは移籍となるので税金は発生しないと見られる。

 10月2日の会見で、木目田裕弁護士はこの資産移転について言葉を濁したが、福田新社長の就任発表はもしかしたらこの課題を解決することに目処がついたからかもしれない。

▲参考:2023年10月7日『ARC TIMES』

注視されるファンの姿勢

 最後に──。

 今回の新会社の設立は、あくまでもその根底にジャニー喜多川氏による長年にわたる性加害があったことを忘れてはならない。SU社の補償は11月末から始まったが、さまざまに報じられている通りその補償体制にはいまも多くの疑義が向けられている。

 この問題で第一に解決なされなければならないのは、確実に被害者の救済だ。そこだけは揺るがしてはならない。STARTO社の運営やタレントの活動も、被害者救済が着実に進むことではじめて成立すると社会は見なさなければならないだろう。

 そしてもうひとつ注視する必要があるのは、ファンたちの姿勢だろう。

 現在も性加害の事実と向き合おうとせず、被害者への誹謗中傷を続けるファンがSNSでは散見される。9月の段階でも可能だったはずの新会社の設立や福田氏の社長就任が遅れてしまったのは、そうしたファンたちの姿勢にジャニーズ事務所が甘えていたからでもある。

 筆者は7月の段階で、ファンが「声を上げなければ"推し"が破綻する」(『弁護士ドットコムニュース』2023年7月14日と述べた。実際、ジャニーズ事務所は場当たり的な対応を繰り返したために、新会社も成立せず空中分解するギリギリのところだった。しかし、SNSではいまも「福田は嫌だ」と駄々っ子のような言葉が飛び交っている。戦争末期の日本の「玉砕」姿勢のように。

 こうしたなかで筆者が注視しているのは、ファン同士でしっかりと議論が生じなかったことだ。性加害と向き合い、〝推し〟を守るにはどうすればいいか、それをファンがしっかりと提示する姿勢はさほど見られなかった。唯一目立ったのは、「PENLIGHT ジャニーズ事務所の性加害を明らかにする会」の署名活動だが、その活動もファンたちに広く支持されることはなかった。

 現在は、SNSを通じてファンの姿勢や行動がタレントのプロモーションとして大きな影響を見せる時代だ。加えて韓国では、タレントを守るために所属プロダクションに強く意見するのも一般的だ。

 いまも誹謗中傷を繰り返し、性加害の事実と向きあおうとしないファンが散見される状況を踏まえれば、ジャニーズファンにはそうした自浄作用が生じにくかったと断じざるをえない。今回の件でそうしたファンたちに対して、社会がかなり厳しい視線を向けていることも理解したほうがいいだろう。すでに被害者の命が失われているのだ。

 性加害問題の補償が徐々に進み、STARTO社が業務を本格化しても、ファンのこうした姿勢は日本のポピュラー文化に残された大きな課題として刻印された。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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