20周年を迎えるウェスティンホテル東京のレストランを振り返る(2) - 鉄板焼「恵比寿」
高層階の鉄板焼をブランド化した恵比寿
第1回目の「20周年を迎えるウェスティンホテル東京のレストランを振り返る」では、日本料理「舞」をご紹介しました。第2回目となる今回は鉄板焼「恵比寿」をご紹介します。
料理長は恵比寿18年目となる斉藤博之氏。斉藤氏は「こだわりはない。お客さまがゆっくりと楽しんでくれれば、それでいい」と言いますが、しっかりとした哲学を持っています。
今でこそ「高層階の鉄板焼」「夜景を望みながら、おいしいお肉を食べる」というシチュエーションがデートとして人気ですが、こういったイメージを定着させたのは、この恵比寿でした。
20年もの間に新しいホテルが次々と現れ、鉄板焼も増えました。その中で恵比寿が存在感を発揮しているのは、トラディショナルな料理であるが故に変わることが難しい鉄板焼において、チャレンジして魅力を高めているからなのです。
鉄板焼に塩を使う
斉藤氏の代名詞にもなっている鉄板焼メニューは「鮑の塩釜焼き」です。丸ごとのアワビに大量の塩を盛り、塩釜を作って蒸し焼きにしたインパクトのある鉄板焼です。
塩を使うと鉄板を傷めるのでよくないとされていますが、「塩を使ったら鉄板が傷むというのは迷信」「これまでずっと塩を使ってきたが、問題に感じたことはない」と斉藤氏は気にしません。塩のせいで鉄が傷み易い(さびやすい)ということは確かにあるでしょう。しかし、傷み易いといっても、その程度をどう思うかは料理人次第です。斉藤氏のように、どうしたいかという哲学をしっかりと持っている料理人にとっては、全く問題にならないのです。
「アワビはかたいというイメージがあるが、それは先入観」「きちんと調理すれば、とてもやわらかい」と、アワビをふっくらと蒸し上げます。塩釜でしっかりと密閉することによって、水分を逃がさず、中までじっくりと熱を伝えます。塩釜を作るコツは「適度に水を加えて塩をきちんと固めること」だと包み隠さずに教えてくれます。
また「アワビは刺身で提供されることが多いが、薄くて魅力が伝わらない」「アワビの醍醐味は厚いステーキ」というこだわりから、北海道産(震災前は千葉)のアワビを惜し気もなく使うのです。
アワビに合わせるのは青海苔のソース。アワビには西洋風のバターソースやクリームソースを合わせられることが多いですが、さっぱりとした青海苔ソースを合わせています。「アワビは海藻を食べているので、海苔と合わないわけがない」という自信の組み合わせです。
コンディメントへのこだわり
鉄板焼では肉や料理人が重要であることはもちろんですが、コンディメントも重要となります。つけるコンディメントによって、肉や魚、野菜の味は全く変わってしまうからです。恵比寿ではタマネギと赤ワインのソース、イギリス産の粗塩、恵比寿牛醤油、すりおろした生ワサビが提供されます。
「新しいことに挑戦していかないといけない」と恵比寿牛醤油を独自に開発して、2013年末から提供を始めました。恵比寿牛醤油は、恵比寿牛の肉汁を加えて作ったオリジナルの醤油です。醤油を継ぎ足していくので、どんどん味が深まっていきます。
作り始めてからまだ数ヶ月しか経っていないので、さすがにまだあまり味は凝縮されてはいません。数年後にはどのような味になっているか楽しみです。
手間隙がかかってしまうので、生ワサビにこだわる鉄板焼は少なくなってきましたが、「最高の和牛には最高のワサビを」と斉藤氏は妥協しません。生ワサビを肉に載せた上で、恵比寿牛醤油か塩につけて食べることを勧めています。
西洋ワサビ(ホースラディッシュ)やグレイビーソースを提供するお店もありますが、「その土地の食材を合わせるのが、最高の組み合わせ」という哲学があるので提供しません。
オリジナルブランドの恵比寿牛
2010年4月1日から「恵比寿牛」というオリジナルブランドを提供しています。2007年から研究開発を進めて完成したこだわりの牛です。
鹿児島県「のざき牧場」の黒毛和種(和牛)を使っています。のざき牧場の「のざき牛」は日本で初めて個人名ブランドを冠する鹿児島の最高級黒毛和牛で、東京食肉市場で開催された全国肉用牛枝肉共励会で史上初となる2年連続最高受賞を成し遂げました。テレビで取り上げられたり、多くの受賞歴をもっていたりする、評判の高い牧場です。
牛肉の質の指標となるB.M.Sは数字が高ければ高いほど脂が多いことを意味します。しかし、単に脂が多ければ、それでおいしいということではありません。赤身とのバランスが大切です。のざき牧場で育てたB.M.SがNo.7~No.8の黒毛和牛のうち、赤身とのバランスがよくて脂身がおいいしものを、恵比寿牛に用いています。
ガーリックライスをさらに追求
最後の「お食事」にガーリックライスを提供するお店は少なくありませんが、恵比寿のガーリックライスは歴史が長く、熟練の技で炒飯のようにパラパラと仕上げるのでおいしいと評判でした。そのガーリックライスもさらに新しいものへと挑戦しています。
これまでのガーリックライスに恵比寿牛醤油を入れた上に、その恵比寿牛醤油を炊き上げる時に使用した恵比寿牛の肉も加えました。恵比寿牛の旨味がたっぷりと含まれているので、ガーリックライスはさらにおいしくなっています。
この新作のガーリックライスは近日中に提供される予定なので楽しみです。
斉藤料理長の人間味
鉄板焼の魅力として、焼き立てをすぐに食べられることが挙げられますが、他にもカウンターを挟んだシェフとの楽しい会話もよく挙げられます。
斉藤氏は見た目も話し方も職人気質という感じの方です。最初は話し下手なのかと思っていると、ゆっくりとした口調で次から次へと蘊蓄や面白いエピソードを披露してくれるので驚かされます。
例えば、「和牛には黒毛和種、褐毛和種、日本短角和種、無角和種がある」「和牛のルーツは山口県の見島牛」といった基本的な牛肉の知識をさりげなく話したかと思えば、ガーリックライスを作るコツを惜しげもなく教えたり、野菜を焼きながら「ジャガイモはデンプンでビタミンCが保護されている」「マコモダケはイネ科で肥大化した茎を食べている」といった蘊蓄を披露してくれたりします。そういった堅い話だけではなく、「若い頃、ワサビよりもずっと刺激の強い西洋ワサビ(ホースラディッシュ)を、先輩が店に出勤する前にすり終えられなくて大目玉をくらった」といった面白いエピソードも淡々と話してくれるのです。
「人と話さなくてよいから料理人になった」という料理人も少なくないので、鉄板焼の職人だからといって話が上手であるわけではありません。
高層階からの眺望とおいしいお肉があるだけではなく、斉藤氏と会話を楽しめることが、恵比寿が人気店であり続ける理由なのではないでしょうか。
次回はフレンチレストラン「ビクターズ」をご紹介します。
■情報
詳しくは公式サイトでご確認ください。
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