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新春3連休の海釣りに人気上昇中のドライスーツ でも過信は禁物

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
冬の釣りは高波を受けて冷水に転落する危険で溢れている(筆者撮影)

 海釣り。新春3連休の穏やかな晴天のもとなら格好のレジャーです。最近、急な気象・海象の変化に備えてドライスーツを着装する人が増えています。救命胴衣とのダブル着装で安全性は高まりますが、過信は禁物です。

冬の釣りには危険がいっぱい

 新潟市北区の新潟東港で今月3日の夜、釣りをしていた30代の男性2人が海に転落し、死亡する事故がありました。2人とも救命胴衣は着装しており、自力で防波堤の上に登ろうとしたもののかなわず、118番通報するも救助されるまでに命をもちこたえることができませんでした。

 事故の発生した時間、報道によれば現場の水温は9度ほど。この海水に身体が浸漬すれば、普段着なら2時間も命がもつかどうかの水温です。危険性の一番目はこの低い海水温です。

 危険性の二番目は、高い波。防波堤の上(天端)に高波がのり、激しい流れに天端がさらされれば、人は簡単に反対方向の海面に向けて落とされます。

過去に事故が続いた新潟東港

 2人が落水したとされる西防波堤を含めて、新潟東港の防波堤では一般の人の立ち入りが制限されています。図1をご覧ください。

図1 新潟東港西防波堤の様子(筆者撮影)
図1 新潟東港西防波堤の様子(筆者撮影)

 写真中央を右方向に伸びているのが西防波堤です。手前では防波堤が角度をもって曲がり、そして陸地と接続通路でつながっています。防波堤上にのるなら、写真右側から侵入することになります。ただ、写真の右側に写っているように、立ち入りを制限する高いフェンスが防波堤への接続通路上に設置されています。

 左(西)側から押し寄せる大きな波が消波ブロックにあたり、防波堤の天端を洗って、内側の海面に落ちる様子が捉えられています。天端の上には相当激しい流れがあるように見えます。

 この防波堤への立ち入りが制限されるようになったのには理由があります。図2をご覧ください。これは平成14年から平成20年にかけて発生した新潟東港での海中転落事故の発生場所を新潟県の発表資料から筆者が改めて作図したものです。このように多くの転落事故が発生し、釣り人が命を落としている現状、さらに落水した釣り人を簡単には救助できないという事情があり、この発表のあと港内施設への立ち入りが全面的に制限されたのです。

図2 西防波堤での転落事故発生現場分布図。H14.10は平成14年10月の発生を示す(新潟県資料をもとにYahoo!地図上に筆者作成)
図2 西防波堤での転落事故発生現場分布図。H14.10は平成14年10月の発生を示す(新潟県資料をもとにYahoo!地図上に筆者作成)

 ほぼ毎年のように繰り返されていた釣り人の海中転落。図2には、ある規則性が存在することにお気づきでしょうか。事故が10月から11月に集中していることです。

 陸の網代浜には、東新潟火力発電所があります。フル操業中のボイラーの復水器を冷やすため海水をくんでいて、発電機を回した水蒸気を水に戻す(復水)際の熱で温められた温排水が西防波堤の内側の海に大量に流れ込んでいます。

 特に同防波堤の中央付近は、対岸の4つある排水口の真向かいにあたり、その周辺では温水に誘われて集まった魚で「冬場に魚影が濃い」という噂があったりして、人が集まりやすいという問題がありました。

 そして、そこに寒い時期の日本海ならではの釣りの事故の原因が重なります。

突然の高波の洗礼を受ける

 大抵は、波が穏やかな時間に防波堤に上がり、釣りをしている時に突然海が荒れ始め、事故につながるものです。

 新潟の日本海では、寒冷前線が通過して冬型の気圧配置が強まると、北西の方角から高い波が突然襲ってきます。そのような天候の急激な変化はここでは10月後半から始まります。

 良い天候の中、防波堤の先端で釣りをしていた人が急な海の変化に驚き荷物を持って陸に戻ろうと向かいますが、図2の西防波堤の長さは最大3.5 km以上あります。歩いて戻るにしても先端から40分以上かかるわけです。その間に波の高さはどんどん高くなり、戻る途中で釣り人が防波堤の上にて波にさらわれて、海に落ちるわけです。

 長岡技術科学大学の犬飼直之准教授(海岸工学)は「冬の釣り人の転落事故は、どちらかというと新潟西港に多い」と言います。

 新潟西港は、新潟東港から距離にして15 kmほど西に在ります。冬の北西の波向きでは佐渡の陰に隠れることもあり、県内の海岸の中では波高が少し低いことがあります。ただ、波向きが少しでも変わると佐渡の島影を外れ、急に波が高くなります。低い波高に騙されるのは、冬の間はどちらかというと新潟西港に特徴的なのです。

最近、寒くても防波堤に上がる人が

 犬飼准教授によると「今月3日の新潟東港は、北西からの波が一日中高かった」そうです。すなわち、波が穏やかな時間はなく、亡くなった2人は荒れた中、釣りのために防波堤に上がったかと思慮されます。

 新潟東港の事故当時の気温は3度程度、風は北西で毎秒10 m以上の強い風が吹いていました。普段着に防寒着を重ねるようにしっかり着てフードをかぶっていても、30分間外にいたら寒くなって帰りたくなるような気象でした。

 今回の事故と切り離して、最近かなり寒くても海釣りを楽しむ人がいることは事実です。それは、防寒対策のしっかりしたスーツが広まってきたことも一因かもしれません。

 そのうちの一つがドライスーツです。ドライスーツは元々極寒の冬の海に潜水する時に着用するように開発された耐水スーツです。スーツの中に水がしみこまないので、身体が冷えるスピードを抑えることができます。しっかりしたスーツは内側にクロロプレンゴムという断熱材が張り付けてあって、それもあって冷えるスピードを抑えてくれます。

 その一方近年は、シェルドライといって、クロロプレンゴムの断熱材を内側に張っていないタイプのドライスーツが広まってきています。

 透湿防水生地を使用しているので、スーツの内部は蒸れにくく、逆に外側からの水の浸入を防ぎます。足を包み込むラテックスがスーツと一体となっているソックスタイプは足元にて水の浸入を防ぎます。一人で比較的簡単に脱着できるようになっており、水に入ることを想定していない釣り人の間で人気が上がりつつあります。

 図3に水辺にてドライスーツを使用している一例を示します。

図3 水温の低い時の水難学会事故調査で活躍するドライスーツ(筆者撮影)
図3 水温の低い時の水難学会事故調査で活躍するドライスーツ(筆者撮影)

 筆者も利用している一人です。このところ、水難学会の事故調査が寒い時期に行われることもあり、冷水に短時間入水する時にはドライスーツのお世話になります。寒い時にわざわざ防波堤の上にのるのは釣り人ばかりではないのです。

ドライスーツを過信してはいけない

 クロロプレンゴムが裏打ちされていないシェルドライですが、冬場はセーターなどを内側に着こむと暖かくてポカポカします。1月の強風のもとの新潟の海辺でも、この格好にプラスしてグローブを手に着ければ、しばらくは寒くありません。

 ところが、これが勘違いのもとになります。暖かいのは陸上にいる限りで、シェルドライの着装状態で例えば水温10度の水に入ると、身体がすぐに冷えてきます。空気の10度と水の10度では、熱の逃げ方が全く異なります。かなりのスピードで身体の熱が水に吸い取られていきます。想像と実際の感覚の差は体験した者でないとわかりません。

 ドライスーツを着ているからといって、安心して荒れた海に出るのは厳禁です。冬の釣りにおけるドライスーツの限界は、陸上にいて水しぶきをかぶる程度まで。落水して身体全体が水に浸漬するようであれば、水温によっては致命的です。例えば水温が10度を割るようなら、ドライスーツ未着装よりは生存時間が長くなるものの、ずっと長くは身体がもたないと思ってください。

 高価でかつ断熱性能に優れたドライスーツでも、危険性は同じです。断熱材のおかげで存命の時間が延びたとしても、救助隊の装備がその水温に追い付いていなければ、入水に必要な装備がそろうまで救助活動の開始が遅くなるからです。緊縮財政のもと、高価なドライスーツを各署にとりそろえている消防はそうそうありません。

3連休の釣りを楽しむなら

 海釣りは避けて、釣り堀などの管理された比較的安全な釣り場を選ぶのが賢明です。

 どうしても海釣りにこだわるようなら、天候が良くて命の危険性が低い時間帯を狙います。そして急な天候の変化に備えて、ドライスーツなどの防寒着と救命胴衣をセットで着装しましょう。

 もちろん、立ち入りの制限されているエリアでは釣りをしないことが重要です。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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