ジェンダー平等3位のノルウェー、スポーツ界のみ時代遅れ?
ノルウェーのスポーツ界は危機感を抱えている。
世界経済フォーラム(WEF)が発表した2024年の「ジェンダーギャップ報告書」で3位と評価された国であるにも関わらず、スポーツ界だけが一昔前の時代に取り残されていると感じられるのだ。
6月後半にオスロで開催されたプライド週間中に、ノルウェーのスポーツ関係者はこの問題に対処するために「スポーツにレインボーカラーを」カンファレンスを開催した。この会議は、ジェンダーとセクシュアリティの多様性をスポーツ界にどう組み込むかを話し合うためのものであった。
※ノルウェーではセクシュアルマイノリティ(性的少数者)は「LGBTQ+」よりも「クィア」(ノルウェー語で「シェイブ」)と表現するほうが一般的のため、記事では「クィア」で統一しています。
クィア・アスリートの不在
社会の多くの領域でクィアのロールモデルを見つけることが可能なのに対し、スポーツ界ではクィア・アスリートの不在が目立つ。多くのクィアの人々は、自分の性的指向や性自認を公にすることに大きな障壁を感じており、その結果、若くしてスポーツ界を去るか、クローゼットの中で生活を選ぶ人が多い。
こうした状況は、なぜ起きているのか。
「私たちは何を間違えているのでしょうか」
どう改善すべきかがカンファレンスでの大きな議題となった。
ノルウェーのスポーツ界は、ジェンダー平等の進展に遅れを取っていると広く認識されている。旧来の価値観に縛られたままでいることに耐えかねる若手選手が現場を去ることも珍しくない。
特に注目されるのは、クィアの人々をスポーツに取り込む活動を行う「ラバルデル」という団体だ。この団体は、クィアの人々がスポーツにおいて自身のセクシュアリティや性自認についてオープンにできるよう推進しており、2023年にはその一環として「ラバルデル・サッカー」という専門家集団を設立した。
現場の声
クローゼットにいるスポーツ関係者と長年対話を続けてきたクリスチャン・スタクセ・グンネセンさんは、具体的な事例を引き合いに出して語る。
「16歳の少女の話をしましょう。彼女はサッカーが好きでしたが、チームを去りました。なぜなら、ロッカールームでの女子たちの会話に耐えられなかったからです。会話の内容は、『レズビアンが女子チームでプレイするのは受け入れられない』というものでした」。このような経験は、残念ながら珍しいものではないという。
統計データが語る現実
2020年のBufdir調査によると、スポーツチームに所属する異性愛者の男性の割合は、同性愛者の男性の割合の約3倍に上る。また、クィアの人々は自分たちが異性愛者やシスジェンダーの人々に比べて価値が低いと感じていることが多い。このグループの36%が心理的苦痛の症状を持っており、自殺未遂の経験がある割合も異性愛者よりもはるかに高い。
ノルウェーのスポーツ界は昔から何も変わっていない
同団体が活動していて感じることは
- スポーツ界は「安全ではない」と感じる
- 多くのクィアがスポーツ界で組織化することを選ばない
- 多くのクィアがクローゼットに閉じこもることを選ぶ
- ノルウェーのスポーツ界は大きく変化していない。個人が語る物語の内容は、昔と変わらない
しかし、カミングアウトがポジティブな反応を呼ぶケースもある。クィア反対派にも小さな変化が見られ始めており、スポーツ界全体における認識の変化が徐々に進んでいる。
スポーツ界につきまとう悪いイメージ
- スポーツ界でカミングアウトして良いことはないという、悪いイメージが浸透している
- 名乗り出てよいこともあるが、まだ透明性が欠けている
- レインボーフラッグをスタジアムに持ち込むことを拒否する人がいるように、クローゼットにいる人たちがカミングアウトしても利点を感じるようなイベント環境が少ない
- 昔は軍隊・教会・スポーツという世界がジェンダー平等で遅れている『3つの要塞』だったが、今はスポーツ界だけがここに残っている。ジェンダー平等が何か、スポーツ界はこれっぽちも分かっていない。
- ノルウェーのスポーツ界のこの問題における優れた対策は、大抵は「個人の努力」によって起きており、体系化がされていない。本体はクィア対策はトップダウンで行われるべき
- 良い対策が提案されても、スポーツ界はこのような意見を受け入れない
クラブやチーム内、スポーツ組織でできる対策
- このテーマについて話す勇気を持つ
- プライドのような機会を利用する
- 誰かがカミングアウトする・誰かが動き出すのを待たない
- クラブ内のロールモデルと協力する
- 全てのリーダー・トレーナー教育にクィアを含める
- 差別対策の徹底
- 組織とトップアスリート界におけるクィア知識の導入
- 組織内のカルチャーを変える
政治的にできる対策
- 政府が行動計画にもっと具体的な対策を含めるべきであり、必要な資金やその他の支援を提供するべきである
- 政府がスポーツ界により明確な要請をする
ノルウェーのシスヘテロ・スポーツを解体する
グンネセンさんは会場にいる同僚たちにこう語りかけた。
「名乗り出た人たちがケアされることを示す責任が、皆さんにはあると思います。そして、スポーツの世界が安全であることを経験しなければなりません」
「重要な取り組みは、クィアのアスリートにプレッシャーをかけるのではなく、むしろノルウェーのヘテロ・スポーツに挑戦し、クィアのアスリートたちに安全な環境を作ってもらうことです」
「これは時間をかけて取り組んでいかなければならない価値観に関するものです」
執筆後記
この会議では、現場で偏見や差別が起きたときにどのような対応をするかワークショップも開催された。偏見を内在化した人を目の前にしたときに、ノルウェー語で「シャルプダイ!」(Skjerp deg!)を言う練習だ。日本語では「その姿勢を正しなさい」「しっかりしなさい」「いい加減にしなさい」というような意味を持つ。
スポーツ界といっても、子どものクラブからプロアスリートまで幅広い。スポーツに集中しているときに、目の前で差別が起きたら、どのような立場の大人でも硬直したり思考停止になってしまうことがある。その反応は個人の問題ではなく、構造的な問題だ。
会議に集まったのは組織に属する決定権や影響力を持つ人たちだが、そんな人たちでも、このように相手に喝を入れる練習から入る必要がある。
それほど、この会議の外に出ると、スポーツ界に浸透しているシスヘテロ規範は強烈なのだ。
ノルウェーのスポーツ界につきまとう「悪いイメージ」を聞いた時、「日本そのものだな」とも感じた。それを隣にいたスポーツ組織の人につぶやくと、「ノルウェーのスポーツ界は、きっと日本よりもひどい状態だよ」とさえ言う。
この会議では、スポーツ界がいかに時代遅れかを自虐する傾向が強かった。
スポーツ界のシスヘテロ規範を変える責任を現場の人たちだけに押し付けてもいけないだろう。「変わらなければいけない」と背中を押す責任は、メディア、政策立案者、保護者、ファン、市民の誰もがもっている。それは内部から「変えたい」とする人たちにとって応援にもなる。日本でも根本的な問題は同じだ。