戦慄のKO劇で2階級制覇を達成したオスカル・バルデスの次なるビッグファイトは
2月20日 ラスベガス
MGMグランド カンファレンスセンター
WBC世界スーパーフェザー級タイトル戦
挑戦者
オスカル・バルデス(メキシコ/30歳/29戦全勝(23KO))
TKO10回2分59秒
王者
ミゲール・ベルチェルト(メキシコ/29歳/38勝(34KO)2敗)
年間最高KO候補の戦慄的なノックアウト
“バルデスのパーフェクトファイト”。試合後、多くの関係者、メディアがそう表現したほどの完璧なパフォーマンスだった。
鋭いジャブとスピーディなコンビネーションを駆使したバルデスは、序盤から主導権を掌握。中盤以降も相手のパンチを巧みにかい潜り、効果的なフックを王者の顔面に打ち込み続けた。
4回に左フックをテンプルにヒットさせ、ロープダウンを奪われた時点でベルチェルトのダメージは深刻。王者はリング上でしばらくショートステップのダンスを踊り、ここでストップされても文句は言えなかっただろう。
その後、ベルチェルトも一時はボディーブローで反撃し、王者の意地をみせたのは見事としか言いようがない。ただ、この日のバルデスは完全に“ゾーン”に入っており、ペースは変わらなかった。
9回、左右のパンチでダウンを追加した挑戦者は、10回終了間際、相手が出てくるところに左フックのカウンター一閃。このパンチをまともにもらったベルチェルトはしばらく起き上がれず、ここでバルデスの生涯のハイライトシーンは生まれた。
決着直後、約5分間立ち上がれなかった王者の状態が心配になったほど(CTスキャンの結果、幸いにも異常は見つからなかったという)。まさにパーフェクトな試合運び&フィニッシュで、元WBO世界フェザー級王者のバルデスは2階級制覇を達成したのだった。
名伯楽の力を借りて“王者有利”の下馬評を覆す
「周囲の人たちが間違っていたと証明する以上に嬉しいことはない。リストを作れるくらい多くの人が僕を疑った。僕のアイドル(のフリオ・セサール・チャベス・シニア)ですら僕を疑った。専門家は僕がベルチェルトにKOされてしまうと予想していたからね」
試合後、バルデスのそんな言葉にある通り、戦前の下馬評は圧倒的にベルチェルトに傾いていた。筆者も体格で勝り、必要とあらばアウトボクシングもできるベルチェルトの勝利を予想した1人。このタイトルをすでに6度も防衛した王者は、それほどの安定感を感じさせていたのだ。
計量後に16パウンド以上も体重を増やしたベルチェルトは、バルデス戦ではベストコンディションではなかったのかもしれない。ただ、今回に関してはベルチェルトの敗因を探るより、シンプルにバルデスを称賛すべきだろう。
好戦的なメキシカン同士の対戦には、かつてマルコ・アントニオ・バレラとエリック・モラレスが展開したような大激闘を再現するという期待がかけられた。ファンの話題を呼んだタイトル戦を、ESPNはリニアのメインチャンネルとESPN+(動画配信)の両方で生中継。そんな注目ファイトが期待通りの激闘にはならず、ワンサイドファイトとなったのは、バルデスにあまりにも隙がなかったからに他ならない。
2018年10月、体重超過のスコット・クイッグ(イギリス)との代償も大きいタフファイトを制して以降、新鮮さを失っていたバルデスの力を引き出したエディ・レイノソ・トレーナーの手腕も特筆されて然るべきである。
サウル・カネロ・アルバレス(メキシコ)の名伯楽として知られるようになったレイノソの勢いは止まらない。昨年12月にカネロがカラム・スミス(イギリス)に圧勝すると、1月には同じく門下生のライアン・ガルシア(アメリカ)がルーク・キャンベル(イギリス)との初のテストマッチで7回KO勝ち。ここでバルデスも会心の勝利に導き、レイノソはマニー・パッキャオ(フィリピン)とともにブレイクした頃のフレディ・ローチを彷彿とさせる絶好調期間を経験している。
もちろんリング上で仕事を遂行するのは選手なわけで、勝つにせよ、負けるにせよ、結果をトレーナーの力量に直結させようとし過ぎるべきではないという意見にも一理ある。ただ、ディフェンスの向上と左フックに共通点が見えるレイノソの指導が、一部の選手に見事にフィットしているのは事実なのだろう。
リオ五輪銀メダリストとのビッグファイトが視界に
こうして注目の一戦をほぼ最高の形で制し、バルデスの行方にはさらに大きなステージが見えてきている。
現在のスーパーフェザー級には多くの好選手が揃っているのは盛んに伝えられている通り。バルデスが契約するトップランクの傘下選手だけでも、WBO王者ジャメル・ヘリング(アメリカ)、そのヘリングに今春挑戦予定のカール・フランプトン(イギリス)、フェザー級から上げてきたシャクール・スティーブンソン(アメリカ)がいる。1階級上のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、中谷正義(帝拳)らまで含め、様々なマッチアップが模索できる。
「どのチャンピオンが相手でも構わない。シャクール・スティーブンソンが対戦したがっているとも聞いているから、戦おうじゃないか。今後も戦い続け、ファンに望み通りのファイトを供給するよ」
バルデス本人がそう述べている通り、今後はやはりスティーブンソンとの対戦が特筆されてくるのだろう。
トップランクは多くのスター候補を抱えているが、中でもリオ五輪銀メダリストのスティーブンソンに大きな投資をしてきたことは秘密ですらない。近未来のパウンド・フォー・パウンド候補と目され始めたスティーブンソンのライバルとしてあてがうのに、好戦的なメキシカンのバルデスはほとんど理想的と言って良い。
バルデス対スティーブンソンはメキシコ系、黒人、熱心なボクシングファンという3つの層にアピールできるマッチアップ。ベルチェルトもメキシカンだが、バルデスは完璧なバイリンガルなのもプロモーションにはプラスになる。実現すればやはりスティーブンソンが有利とみなされそうだが、ベルチェルトを相手に番狂わせを起こした後で、バルデスのチャンスを見限る関係者はもういないだろう。
ファン垂涎の一戦はぜひとも可能な限り多くの観客の前で行って欲しいカードである。ボブ・アラムはラスベガスでの無観客イベントは今回が最後と明言しており、4月のトップランク興行はフロリダかオクラホマで開催となりそう。その後は客入れが可能になった時期を見計らってベガスへ戻る意向のようで、バルデス対スティーブンソンは早ければ初夏に企画される可能性もありそうだ。
その時期に向けて、話はスムーズに進むかどうか。それともそれぞれ別の試合を挟み、直接対決をさらに大きなイベントにしようと試みるか。トップランクだけではなく、スティーブンソンを抱えるジェームズ・プリンス、バルデスと契約するフランク・エスピノーザという鍵を握る2人のマネージャーまで含め、関係者の思惑と動きが気になるところだ。