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名古屋の巨大モニュメント「飛翔」、最初で最後の見学イベント開催の理由

大竹敏之名古屋ネタライター
7月24・26日に開催された「飛翔さよならイベント」には定員の10倍もの応募が

駅前のシンボルだった“名駅のぐるぐる”

名古屋駅前の巨大モニュメント「飛翔」。銀色に輝く円錐形の建造物は、市民からは“名駅(めいえき)のぐるぐる”とも呼ばれ、30年以上にわたって名古屋の玄関口のシンボルとして親しまれてきました。

しかし、リニア中央新幹線開通に合わせた名古屋駅周辺の再開発にともない、近く解体されることが決定。そしてこのほど、その内部を初めて一般公開する「飛翔さよならイベント」が開催されました(7月24日、26日)。

内側からだとすべて曲面で構成されていることがよく分かる。まるで恐竜か何かの骨格化石の中に入り込んだようで、見上げていると“ぐるぐる”目が回りそう
内側からだとすべて曲面で構成されていることがよく分かる。まるで恐竜か何かの骨格化石の中に入り込んだようで、見上げていると“ぐるぐる”目が回りそう

平成元年に完成。かつては光る噴水としても活躍

「飛翔」が完成したのは1989(平成元)年。この年、名古屋で開催された世界デザイン博覧会に合わせて、駅前ロータリーの整備の一環として建設されました。高さ23m・直径21mで、ステンレス製パイプ112本をらせん状に組み合わせた特殊な構造。ステンレスのパイプによる構造物でこれほど巨大なものは、国内では他に大阪の国立国際美術館くらいしかないといいます。

飛翔は駅前ロータリーの中心に位置し、普段は道路越しもしくは周辺のビルからしか望めない
飛翔は駅前ロータリーの中心に位置し、普段は道路越しもしくは周辺のビルからしか望めない

当初は噴水やライトアップなどの演出でも、行き交う人々の目を楽しませていました。しかし、周辺に高層ビルが増えてビル風が強くなったため、行き交う自動車に水しぶきがかかると噴水は2001年に稼働中止に。ライトアップも照明器具の不調もあって、2005年からは休止となってしまいました。

解体の方針が発表されたのは2015年。解体後は現在の場所から2kmほど南にあたるささしまライブへ移設する方向で調整が進められており、近く飛翔が名古屋駅前から姿を消すことになります。

さよならイベントでは、貴重な建築中の写真なども披露しながら、飛翔がつくられた経緯や建造物としての魅力を解説
さよならイベントでは、貴重な建築中の写真なども披露しながら、飛翔がつくられた経緯や建造物としての魅力を解説

見慣れていた景色が内側から見るとがらりと変わる

今回、初めてその内部見学のイベントを開催することになった理由について、名古屋市住宅都市局リニア関連都心開発部の担当者はこう語ります。

「市民の皆さんがずっと目にしてきた飛翔ですが、これまでは外側からしか見られなかった。内側から見た景色の面白さを少しでも体感してもらいたいと考えました。また、現在飛翔がある場所は再開発によって広場に生まれ変わります。その将来のビジョンを皆さんと共有したいという思いもありました」

当初5月開催の予定だったところ新型コロナウイルス感染拡大の影響でいったん白紙に。それでも、延期した上であらためて開催したことからも、担当者の思い入れや市民の要望の厚さがうかがえます。

超高層ビルが建ち並ぶ名古屋駅の景色が、飛翔越しに望むとより迫力あるものに
超高層ビルが建ち並ぶ名古屋駅の景色が、飛翔越しに望むとより迫力あるものに

見学会には当初の定員の10倍もの応募があり、2日間で500人以上が参加。20分ごとの入れ替え制で、密を避けて進められました。飛翔へのアプローチは、意外やショッピング客でにぎわう地下街の一角。いったん外へ出て階段を上ると、いきなり飛翔のコンクリートの土台部分に出られます。間近で見る飛翔の本体は、普段少し離れた場所から見ているよりも当然大きく感じられると同時に、円錐形の固まりのようにイメージしていたものが、内部は空洞であることが分かります。パイプのすき間から内側に入ると意外と広く、まるで巨大な生物の骨格化石の中に入り込んだかのよう。らせん状にカーブするパイプが天へ向かって伸びていく景色は、外から見ているよりもはるかにアーティスティックです。そして、パイプ越しにぐるり360度にわたって高層ビル群を望むことができ、見慣れているはずの景色がよりワイドに感じられ、また都市の発展をよりリアルに感じることができます。

名古屋の美少女アイドルユニット・dela(でら)も飛翔との別れを惜しみつつイベントを盛り上げた
名古屋の美少女アイドルユニット・dela(でら)も飛翔との別れを惜しみつつイベントを盛り上げた

参加者は小学生くらいの子ども連れの家族が目立ちましたが、若者から年配者まで幅広い世代が見られました。「思ったよりも大きくて明るいし、中が広くてびっくりしました」とは市内の小学4年生の女の子。「あって当たり前だと思っていたものが無くなってしまうのはさびしい。でも歳を重ねるにつれて地元愛を感じるようになって、この見学会もさらに名古屋に愛着を感じる機会になりました」とは市内在住の50代夫婦。チョークで床面にメッセージを書くこともでき、めいめいが飛翔との別れを惜しみつつ、新しい思い出をつくることができたようでした。

床面にメッセージを書く参加者
床面にメッセージを書く参加者

近代の歴史遺産と共生できる町づくりのきっかけに

近年、名古屋では繁華街・栄のランドマークだった中日ビルや丸栄百貨店が建て替えや閉館のため取り壊されるなどし、今後も高度成長期前後からの建造物のスクラップアンドビルドの流れが止まることはないでしょう。一方で、かつて取り壊しも検討された1954年築の名古屋テレビ塔(現・中部電力MIRAI TOWER)は、昨年耐震工事を含めてリニューアルされて再生を果たし、中日ビルでは名物だったモザイク天井画を保存する方針が発表されるなど、町の発展を支えた建築を貴重な文化遺産として残していこうとする機運も高まりつつあります。今回、飛翔の見学ツアーを企画した名古屋市の担当者も「古いものをすべて残せるわけではありませんが、市民に親しまれてきた歴史的価値のあるものに対して、残すという選択をひとつひとつ慎重に検討していきたい」と語ります。

内側は意外と広い。移設後は中へ入れる体感型アート空間にすれば、より親しまれるのでは…?
内側は意外と広い。移設後は中へ入れる体感型アート空間にすれば、より親しまれるのでは…?

くしくも飛翔は、平成の幕開けの年に誕生し、その終焉からほどなくしていったん姿を消すことになった、名古屋の平成を象徴する建造物といえます。近い将来、新天地で再生を果たせば、町の歴史を思い起こさせる貴重な近代遺産となるはずです。地域の人たちの風景の記憶を未来へつないでいく、名古屋のみならず全国でこんな町づくりが進められていけば、そこに住む人たちの町への愛着も深まっていくのではないでしょうか。

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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