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アメリカで急増する「児童労働」の実態(1):児童労働法違反件数は過去10年間に3倍も増えている

中岡望ジャーナリスト
児童労働法違反で摘発されたマクドナルド(写真:ロイター/アフロ)

「見出し」(4500字)

■利益優先、自由競争の初期資本主義の復活/■アメリカは「児童労働大国」になりつつある/■児童労働法違反が多いファースト・フード業界/

■利益優先、自由競争の初期資本主義の復活

 資本主義とは冷酷なものである。企業は利益を上げるために何でもする。初期資本主義では、自由競争こそが最適な経済状況をもたらすとして、企業間で壮絶な生存競争が展開された。強い者が生き残るという「適者生存」を主張する“社会的ダーウィン主義”が受け入れられ、弱者は排除された。社会的・経済的な格差の存在は当然と考えられた。資本家と労働者の間で圧倒的な貧富の格差が存在し、そうした格差の存在こそが社会の発展につながると考えられた。

 初期資本主義では、長時間労働、劣悪な労働環境、低賃金、児童労働(child labor)は当たり前であった。そうした企業の行動は「搾取」と呼ばれた。そうした資本主義を変える試みが行われてきた。イギリスの「ファビアン協会」は、資本主義を漸進的に改善することで労働者の保護と権利の確立、生活の改善を目指した。その運動は「社会民主主義」として現在も受け継がれている。他方、もっと過激な主張として、生産手段を国有化することで資本主義の弊害を取り除こうとしたのがマルクス主義であった。いずれも資本主義が本質的に持つ弊害を異なった方法で取り除こうとしたものである。

 歴史的に言えば、マルクス主義は失敗に終わった。社会民主主義は「修正資本主義」の実現に寄与した。政府は労働者を守る様々な法律を制定し、企業はそれを守った。企業の社会的責任も強調されるようになった。労働組合の合法化と団体交渉権の確立、労働賃金の上昇、労働時間の短縮、労働環境の改善が進んだ。当然のことながら、児童労働は禁止された。

 だが、資本主義の本質は変わっていないのかもしれない。企業が利益を上げる最も有効な手段は賃金を抑えることである。自由競争こそ社会の発展をもたらすと主張する「新自由主義」が1980年代にアメリカとイギリスを席捲し、2000年以降、日本でも受け入れられた。新自由主義は市場での規制緩和を主張し、財市場や金融市場で規制緩和と自由競争を実現した。同時に労働市場での規制緩和を主張し、労働者の様々な権利を制限し、非正規労働を大幅に増やした。繰り返すが、賃金抑制こそが企業が最も簡単に利益を上げる方法である。

 企業は株主のためにあると主張された。「会社価値」を最大にするのが経営者の責務であると主張された。アメリカでも、日本でも、労働賃金は長期間にわたって低水準に抑えられてきた。「搾取」という言葉は死語になっていると思っていたら、まだ現実に存在しているのである。特にアメリカでは最も弱い立場にある未成年を対象とする「児童労働」が急増している。彼らは間違いなく搾取されているのである。

■アメリカは「児童労働大国」になりつつある

 現在、アメリカでは禁止されているはずの16歳未満の「児童労働」が急激に増えている。「それは19世紀の話ではないのか。いや、本当に2023年の話である」という書き出しで、『DCReport』は衝撃的な記事を報道している(2024年1月3日、「Making Child Labor Great Again」)。同記事は「それだけではない。児童労働を巡る議論は、いかにして児童労働を消滅させるかではなく、いかに増やすかに焦点が当てられている」と、現在、アメリカで起こっている動きを指摘する。現在でも発展途上国では深刻な児童労働問題が存在するが、同記事は「アメリカも児童労働大国」になりつつあると状況の深刻さを訴えている。

 同記事はさらに衝撃的な事件を指摘している。2022年11月9日に米労働省は、食品衛生包装の最大手企業Packers Sanitation Service Inc (PSSI)が13歳から17歳の児童を100人以上雇用し、13の食肉梱包工場で危険な労働環境で働かせたとして、連邦裁判所に告発した。大手ファンドのBlackstone Groupが、同社の株式を所有している。労働省の調査では、同社は7つの州で「組織的」に児童労働法に違反する雇用をしていることが明らかになった。労働省の報道資料には「労働省は危険な職場で31人の児童が夜勤で働いている事実を発見した」、「労働省は連邦裁判所にPSSIに対して(児童労働の)中止命令を出すように求めた」と書かれている。

 具体的にPSSI社の児童労働の実態はどんなものだったのか。同社は少なくとも3つの肉の衛生処理を行う工場で13歳から17歳の未成年を違法に雇用し、彼らは夜勤で働き、少なくとも3人が化学処理剤で火傷を負っていた。しかも大半はラテン系の移民の子供で、英語を十分に話すことができなかった。さらに2023年2月に労働省賃金時間局は、PSSIが8州にある13工場で危険な労働環境で少なくとも102人の未成年者を雇用している事実を確認している。最終的に同社は150万ドルの罰金の支払いを命じられた。

 『DCReport』の記事は「この事件は氷山の一角に過ぎない」と指摘している。2023年7月時点で労働省は児童労働に関する700件を超える事件を調査中である。その中にはファースト・フードの最大手企業のマクドナルドも含まれている。労働省の発表では、ルイジアナ州とテキサス州にある同社の16の店で14歳の児童が危険な装置の操作に携わり、長時間労働、深夜労働を行っていた。また労働省は、同社のルイジアナ州とケンタッキー州の店舗で2人の10歳の児童が深夜2時までドライブ・スルーでのサービス、会計、清掃業務で残業代なしで働いていた事実を確認している。

 労働省の統計も、児童労働の増加を示している。2023年度(2022年10月1日~2023年9月30日)の児童労働法違反が確定したのは955件、調査中が800件、違法に雇用された児童数は5792人、危険な作業を行わせていた件数は196件、罰金総額は804万ドルに達している。2019年度に比べると違法雇用件数は88%増加、罰金額も83%増加している。

 労働省の調査では、8州で児童労働法違反が見つかっており、13歳の児童が違法に雇用されていた事例もある。しかも三交代制で夜勤の仕事に就き、13時間労働を強いられていたケースもある。2015年から2022年の間に児童労働法違反の事件は283%増加している。

 アメリカでは「1938年公正労働基準法」によってすべての職種での16歳以下の児童を雇用する条件、危険が伴う職種における16歳から18歳の児童の雇用する条件、児童の健康や福祉、教育に影響をもたらす雇用に関する条件が規定されている。だが、企業の中には同法を公然と無視する動きがみられる。その理由は、同法違反は民事事件として扱われ、罰金は高くないからだ。

■児童労働法違反が多いファースト・フード業界

 『ニューヨーク・タイムズ』も児童労働に関する調査報道を行っている(2024年1月14日、「Fast-food giants overwork teen agers, driving America’s child labor crisis」)。同記事は、「ファースト・フード企業は違法に数千人のティーンエージャーを雇い、計画的に深夜労働や長時間労働、危険な厨房機器の操作をさせている」、「ファースト・フード産業、特にマクドナルドやSonic、Chick-fil-Aなどのフランチャイズ企業で児童労働の増加が加速している」と指摘している。上記の3社以外にも、Dairy Queen、Little Caesars、Zaxby’s、Wendy’sなども違反率は極めて高い。労働省の調査では、100店舗当たりで最も違反件数が多いのはSlim Chickensで75件あった。同社の店舗数は176店であり、4割以上の店で違法な児童労働が行われていた計算になる。続いてMarco Pizzaの18件、Tropical Smoothie Caféの15件、マクドナルドの15件と続く。

 2023年6月にカリフォルニア州労働局にマクドナルドで働く10代のグループが、超過時間労働させられてたと訴えた。同州では18歳未満は午後10時以降働くことを禁止されている。授業がある日は4時間以上の労働は禁止されている。ただマクドナルドは、こうした統計は大半のティーンエージャーは年齢に応じた仕事に従事しており、ローカル・コミュニティで意味のある仕事をしていると反論している。

 同じ飲食業界でも対照的なのはスターバックスである。同社は18歳以下の雇用を禁止しており、2013年以降、児童労働法違反件数はゼロである。大手レストラン・チェーンの中でもChipotle、Panda Express、Craker Barrelなどフランチャイズ制を取っていない企業の児童労働法違反件数は非常に少ない。

 今年に入っても児童労働法違反で摘発される企業が続いている。直近の事例では、2024年2月13日に15歳の児童35人を禁止されている危険な電動ウォーター・スライダーの機器の操作に従事させたとしてニューヨーク州にあるZoom Flume Water Park社が摘発され、3万8000ドルの罰金を科された。3月18日、バージニア州のサンドウィッチ・チェーンのJM Burkeは16歳未満の12人に危険な作業を行わせ、長時間労働をさせたとして摘発されている。3月21日、ユタ州のBaskin Robbinsは14歳から15歳の64人を長時間労働させたとして4万9833ドルの罰金刑に処されている。テネシー州のHighway55 Burgers Shake & Friedpotetoの20のフランチャイズ店が談合し、児童労働法を犯したとして罰金を科されている。

 違法な児童労働を行っているのはサービス業界に留まらない。最初に指摘したPSSI以外にも多くの製造企業で違法な児童労働を行っている。2023年8月に労働省はアラバマ州にある韓国の現代自動車の部品工場を児童労働法違反で摘発している。同工場で働く児童の多くは移民の子供である。彼らは偽名を使い、危険な状況で働いている。フォークリフトを運転したり、溶接機械を操作したりしており、職場で重傷を負うケースも出ている。同工場の児童労働の多くはガテマラからの移民の子供たちであった。

 13歳以下の児童を雇用している例もある。これは児童の安全と教育機会を守る法律に違反する。アメリカの連邦法では、児童に午後7時以降に働かせることと、授業がある日には3時間以上働かせることを禁止している。授業がある日に3時間以上働くことは、宿題や授業の予習ができないことを意味する。ただ、全面的に児童労働が禁止されているわけではない。しかも罰則が極めて軽い。1件の違反につき罰金は最高1万5138ドル(約224万円)に過ぎない。罰金額が少ないこともあり、違反を承知で児童を採用し、過酷な状況で働かせている。

 違法内容としては、労働時間の違反、危険な作業での就労違反、作業割当の違反、生年月日の不記載など記録上の違反などである。労働省の調査では、労働時間の違反が最も多い。ただ、時間に関する違反に留まらず、多くの児童が火傷などの傷害を負うケースも増えている。

 さらに児童労働法違反件数は過去10年に3倍以上増えている。労働省の調査では、2013年の違反件数は1378件であった。2015年に1103件と最低を記録した後、増加に転じ、2022年には4070件、2023年1月から9月の間で4700件以上が児童労働法違反の状況で働いている。そのうちの4分の3はファースト・フード業界である。2020年以降、食品産業で1万3000件の児童労働法の違法行為があった。ただ、こうした数字は現実を示していないとの指摘もある。その背景に労働省の調査官の数は史上最低であり、十分な調査はできないの事情がある。従って摘発された件数は氷山の一角に過ぎない。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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