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トランプ暗殺未遂事件の背後にある“アメリカの現実”―「政治的憎悪」と「社会的分断」が生む政治的暴力

中岡望ジャーナリスト
狙撃で耳を負傷してセキュリテー・ガードに守られて避難するトランプ前大統領(写真:ロイター/アフロ)

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■アメリカの政治は「政治的暴力」の歴史でもある/■トランプ暗殺未遂事件の全貌/■SNSで飛び交う「偽情報」と「陰謀論」/■暗殺未遂事件の背後にある党派的「相互憎悪」/■政治的目標を達成するために「政治的暴力」を容認する人が増えている/■反対党の支持者の死を願う人々

■アメリカの政治は「政治的暴力」の歴史でもある

 アメリカの民主主義は常に暴力という試練に直面してきた。アメリカの政治の歴史は、「政治暴力」と「政治テロ」の歴史でもある。

 2021年1月6日、トランプ支持派の極右が議事堂に乱入した。上院での大統領選挙結果の認証を阻止しようとした事件はまだ記憶に新しい。武装した暴徒による殺害を恐れて、上院議員たちは地下室に逃げ込んだ。暴徒の乱入を阻止しようとした警備員が殺害された。トランプ大統領は、暴徒を煽って、議事堂攻撃に仕向けた。民主主義の根幹が揺らぐ事件であった。現在、トランプ前大統領は、この事件で訴追され、裁判所で審理がおこなわれている。トランプ前大統領は大統領特権による免責を主張し、最高裁は認めた。誰の目にも明らかなクーデターの試みが正当化されている。最も暴力を煽った大統領である。

 暗殺された現職の大統領には、リンカーン大統領、ガーフィールド大統領、マッキンリー大統領、ケネディ大統領の4人がいる。暗殺未遂にあった大統領には、セオドーア・ルーズベルト大統領とレーガン大統領がいる。政治家ではロバート・ケネディ上院議員が選挙遊説中に暗殺された。最近では、2011年にギフォーズ下院議員が狙撃された事件が起きている。2017年に共和党の指導者スカリス下院議員が親善野球中にテロに合い、重傷を負った。2018年にはトランプ支持派の男が、反対派の数人にパイプ爆弾を送りつける事件が起きている。2020年には、極右グループによる民主党のウィトマー・ミシガン州知事の誘拐未遂事件が起きている。2022年には、カバノー最高裁判事の暗殺未遂事件があった。同じ年にウィスコンシン州で退官した判事が政治的理由から殺害された。ペロシ元下院議長(民主党)の自宅が右翼の暴徒に襲われ、夫が負傷する事件もあった。これらの事件は、いずれも政治と関係して起きた事件である。

 後で詳述するが、現在、アメリカでは、政治暴力やテロが増加傾向にある。さらに、様々な世論調査では、「政治暴力」を肯定する人が増えている。今回のトランプ暗殺未遂事件も、そうした状況の中で起きたものである。今回の事件を契機に、さらに政治暴力が増える可能性がある。大統領史研究家のティム・ナフタリ・コロンビア大学教授は「アメリカは圧力釜のような状況にあり、ガスを燃やし続けてれば、圧力釜が爆発するように政治的暴力が起こる可能性が高まっている」と語っている。

■トランプ暗殺未遂事件の全貌

 トランプ暗殺未遂事件の真相は捜査が進めば、徐々に明らかになってくるだろう。容疑者が射殺されており、どこまで「本当の動機」が明らかになるか分からない。大統領選挙に対して、どんな影響を及ぼすかもまだ分からないが、共和党と民主党の間の政治的対立がさらに高まるのは間違いない。

 まず、今回の事件の経過を整理しておく。事実を確認せず、印象で評論することは大きな間違いを犯すことになる。

 事件は7月13日の6時15分、ペンシルベニア州バトラーで開かれていた共和党の選挙集会で起きた。トランプ前大統領が演説でメキシコとの国境を越境してきた不法移民数のチャートを見せ、聴衆に説明を始めた数分後に、最初の発砲音があった。聴衆はパニック状態に陥り、ステージに向かって「降りろ、降りろ」と叫ぶ声が聞こえた。最初の発砲から数秒後に次の発砲音が聞こえた。トランプ前大統領を警護するシークレット・サービスがステージに駆け上り、トラン前大統領を取り囲んだ。前大統領は右耳から出血し、頬にも血が流れ落ちた。トランプ前大統領はガッツ・ポーズを取って、シークレット・サービスに護衛され避難した。同州の上院議員候補のデイブ・マコーミック氏は「トランプ前大統領が生きていたのは幸運だった」と語っている。

 トランプ前大統領は、事件から3時間後に自分のSNS(Truth Social)で「ヒューという音と銃声が聞こえ、すぐ弾丸が皮膚を突き破るのを感じた。何かがおかしいとすぐに分かった。大量の出血があった。それから、やっと何が起こったのか分かった」と、右耳の上を負傷したことを伝えている。トランプ陣営の広報担当者は「前大統領は病院に搬送されたが、元気である」と説明している。前大統領はSNSで「このような行為が我が国で起こり得るなど信じがたい」と書いている。

 バイデン大統領は事件が起きた時、デラウエアの自宅にいた。ホワイトハウスの担当者から説明を受け、その夜の遅くに、テレエビを通して声明を出した。「アメリカでこうした暴力が起こってはならない。私たちは、こうした暴力を許してはならない」と、暗殺未遂事件を非難した。さらに事件に関して「自分の意見はあるが、まだ事実は分からない。全ての事実が明らかになってから、さらにコメントする」と語った。

 バイデン大統領は、その夜、ホワイトハウスに戻った。ホワイトハウスの担当者は、事件後、バイデン大統領とトランプ前大統領が電話で話をしたとことを明らかにした。ただ両者が具体的に何について話合ったかは明らかにされていない。

 バトラー郡地方検事は、「集会参加者の1人が死亡し、2人が負傷した。狙撃犯の容疑者はイベント会場の警備境界の外にあるオフィスビルの屋上からステージに向かって複数回、発砲した」と状況を説明している。現場から狙撃に使われたAR-15型半自動小銃が回収されている。

 FBIは捜査を開始し、14日の朝、犯人はペンシルバニア州ベセルバーク市に住むトーマス・マシュー・クルックス(20歳)であると発表した。発表では、犯人は身分証明書を携帯しておらず、DNA鑑定で特定された。犯人は、発砲後、数分間、建物の屋上に留まっていたが、警察官に射殺された。犯人は地元のベセンバーク高校を卒業し、共和党員として選挙登録を行ってる人物であることも明らかになった。FBIのピッツバーグ支局の特別捜査官は「動機の究明に精力的に取り組んでいる」と語っており、現時点では、狙撃の動機は明らかになっていない。

■SNSで飛び交う「偽情報」と「陰謀論」

 事件の真相が明らかになるには時間がかかるだろう。だが、SNS上では「偽情報」と「陰謀論」が飛び交っている。日本のメディアでも、根拠のない陰謀論や思い付きを語る人が散見される。

 共和党陣営は、トランプ暗殺未遂事件は民主党の“陰謀”であると批判している。共和党のコリンズ下院議員はSNSに「ジョー・バイデンが命令した」、「バイデンを暗殺示唆の罪で告発する」と投稿している。副大統領候補の一人と目されているバンス上院議員も「この事件は単なる偶発的事件ではない。バイデン陣営はトランプ大統領が権威主義的なファシストであり、トランプの当選をなんとしても阻止しなければならないと主張している。そのレトリックがトランプ暗殺未遂事件に直接つながった」と、民主党が暗殺未遂事件を誘発したと批判した。

 スコット上院議員もSNSで「はっきりさせておきたい。この事件は過激な左派やメディアが絶え間なくトランプ大統領を民主主義の脅威であるとか、ファシストであるとか、それ以上に悪いと攻撃したことで誘発された暗殺未遂事件である」と、左派やリベラル派のディアに責任を転嫁する発言を行っている。

 トランプ陣営のラシピタ最高顧問は「数週間にわたり、左派活動家や民主党への献金者、それに大統領さえも、(トランプ前大統領に関する)不快な発言をしてきた。彼らが責任を負う時がきた。彼らはトランプを選挙から排除しようとし、投獄しようとしてきた。そして、今回の事件が起こった」と、トランプ攻撃が暗殺未遂事件を誘発したと、民主党を非難した。ただ、その後、投稿は削除されている。

 こうした共和党議員やトランプ陣営の発言は、いずれも犯人が特定される前の発言であり、犯人が共和党支持者であることが明らかになった現在、やや違和感を覚える発言となっている。大統領選挙に対する影響も、事実解明次第で様相が変わってくるだろう。共和党も一方的にバイデン批判を続けるのは難しいかもしれない。

 こうした動きとは関係なく、SNS上で様々な偽情報や陰謀論が飛び交っている。『ワシントン・ポスト』は、その状況を報道している(2024年7月14日、「Misinformation spreads swiftly in hours after Trump rally shooting」)。左派のSNSでは「銃撃はトランプ自身の支持者によって行われた『false flag operation(偽旗作戦)である」との投稿が見られた。「偽旗作戦」とは、テロリストから攻撃されたと偽り、被害者であると主張する作戦である。そうすることで、敵の攻撃を阻止することを狙ったものである。

 逆に極右のSNSでは「バイデン大統領が命令した」という種類の投稿が相次いだ。同紙は、アメリカの暴力や差別の実態を調査するSouthern Poverty Law Centerの研究者が「政治暴力事件が起こると陰謀論や間違った説明が行われる。今回の事件も同様で、陰謀に与する人々が無実の人を犯罪者とか、犯罪を誘発したと非難している」と伝えている。

 トランプ暗殺未遂事件は、しばらく鳴りを潜めていたQAnonの「陰謀論」を復活させている。陰謀論者はTikTokに「ディープ・ステート(リベラル派が支配する影の政府)はトランプ暗殺をライブで中継しようとした」と投稿し、100万回以上視聴されている。また暗殺未遂事件は「悪魔崇拝のエリート小児性愛者を倒すための代償である」と書き、250万回視聴されている。

 動機の解明など、事件の全容の解明には時間がかかるだろう。だが、その間に、こうした陰謀論や偽情報がNSN上で飛び交うのは間違いない。こうした情報に惑わされてはならない。

■暗殺未遂事件の背後にある党派的「相互憎悪」

 民主党支持者と共和党支持者の間に克服しがたい「憎悪」が存在している。今回のトランプ暗殺未遂事件の背後には、そうした相互憎悪が政治暴力を誘発したともいえる。現在のアメリカ政治では、憎しみが政治を支配しているのである。ABC Newsは2020年10月3日に「どのようにして憎しみがアメリカの政治を支配するようになったのか(How Hatred Came to Dominate American Politis)」と題する記事を掲載している。同記事は「憎しみのレベルは民主主義にとって悪いだけではなく、民主主義を破壊する可能性のある水準まで上昇している」と、憎しみと敵意に基づく党派対立が限界点に達していると指摘している。

 「この40年間に党派間の嫌悪感と不信感はますます悪化し、対立する傾向は強まり、相手に対する見方は史上最悪になっている」と、状況の厳しさを指摘している。その背景には3つの傾向があったと分析している。①政治の全国化(nationalization of politics)、②都市と地方の地域的分断と保守とリベラルの文化的分断、③国政選挙での民主党と共和党の勢力の拮抗、である。その結果、民主党と共和党が党派を超えて妥協することが困難になっていると指摘している。「両党とも政治の完全支配を目指す」ようになっている。妥協するよりも、完膚なきまで相手を叩き潰そうとするようになっている。

 ロチェスター大学が行った調査の結果では、「アメリカの全ての人にとって党派間の敵意が最高潮に達していることはが明白」であり、「党派間の敵意が民主主義の制度と機能を劣化させる可能性がある」と指摘している(調査結果は『Partisan Hostility and American Democracy』として出版されている)。

 Pew Research Centerの調査でも、党派対立が極限にまで達しているという調査結果がでている(2022年8月9日、『As Partisan Hostility Grows, Signs of Frustration with the Two-Party System』)。同調査は「両党の支持者の相手の党に対する否定的な見方は過去最高水準に達してる」と指摘している。2016年の調査では、共和党支持者の47%、民主党支持者の35%が「相手の党は“少し”不道徳であると答えた。だが、現在では、共和党支持者の72%、民主党支持者の63%が、「相手の党は不道徳あるいは不誠実と考えている」。党派対立は、政策の違いではなく、道徳的にお互いを受け入れることができなくなっているのが原因である。

 共和党支持者の62%が、民主党支持者は「怠け者」であると答えている。だが、民主党支持者で共和党支持者が「怠け者」だと答えた比率は26%と低く、2016年の調査と変わりはない。共和党支持者の民主党支持者に対する見方が急激に悪化しているのである。他方、民主党支持者は、共和党支持者を「知性がない」と考えていることも明らかになった。これは共和党支持層が保守派のキリスト教徒や白人労働者であることを反映したものであろう。民主党と共和党を分けるのは「道徳観」や「嫌悪感」である。

■政治的目標を達成するために「政治的暴力」を容認

 民主党支持者と共和党支持者の間の相互憎悪の高まりとともに、相手の党に対する「政治暴力(political violence)」が増えている。カリフォルニア大学のUC Davis Healthは「政治暴力」に関する調査を行っている。2022年に行った調査結果では、回答者の80%が「政治暴力は一般的に良くない」と答えているが、「20%の回答者は時々、あるいは常に正当化される」と答えている。また「80%の回答者は政策目標を達成するためには、時々、正当化されると考えている」という結果がでている。

 さらに「政策目的を達成するために、どんな手段を使うか」という問いに対して、「8%が相手を脅す」、「7%が相手を傷つける」、「5%が相手を殺す」と答えている。また指導者に関する質問に対して、「42%が民主主義を守るよりも強い指導者を擁するほうが重要」だと答えている。日本人が信じるアメリカの民主主義は意外に脆いものかもしれない。

 別の調査でも同様な調査結果がでている。PBS NewsHoue/NPR/Maristが2024年4月4日に行った調査では、20%の回答者が「国を正常な軌道に戻すためなら暴力に訴えても良い」と答えている。共和党支持者に限れば、その比率は28%に高まる。トランプ支持者が2021年1月6日に議会を襲ったのも、こうした背景があるからと思われる。共和党支持者の中には暴力を許容する極右の民兵組織が存在していることを反映したものかもしれない。

 共和党支持者だけが暴力的ではない。シカゴ大学のロバーツ・ぺイプ教授が2024年6月に行った調査では、回答者の10%が「トランプの大統領就任を阻止するための武力行使は正当化される」と答えている。この回答者は民主党支持者であろう。このうち3分の1は銃を保有している。また「7%がトランプを大統領に復帰させるために武器使用を支持する」と答えている(『ニューヨーク・タイムズ』2024年7月14日、「Recent Poll Examined Support for Political Violence in U.S.」)。

■反対党の支持者の死を願う人々

 同様な結果が、Chicago Project on Security and Threatsの調査でも出ている(2023年7月10日、「Danger to Democracy」)。回答者の40%が「選挙はアメリカの基本的な問題は解決できない」「政治指導者は民主党、共和党問わず、最も非道徳的だ」と、アメリカの民主主義に対して極めて強い不信感を抱いていることが明らかになった。20%の回答者が、陰謀論を信じているという結果も出ている。「トランプを大統領に復帰させるためには武器を使用して良い」と答えたのは7%であった。この数が大きいのか、小さいのか判断は難しいが、7%は1800万人に相当する。しかも、この比率は増加している。

 やや古い資料であるが、『Great Good Magazine』は2018年11月7日に「何がアメリカを政治暴力に駆り立てるのか(What’s Driving Political Violence in America?)」と題する記事を掲載している。政治学者の論文(「Lether Mass Partisanship」)を引用して「共和党支持者の15%、民主党支持者の20%が、対立する政党の支持者が死ねば、国は良くなる」と答えている。また「2020年の選挙で対立候補が勝利した場合、暴力が許容される」と答えたのは、両党の支持者のそれぞれ9%であった。そして研究者は「党派に対するアイデンティティ(帰属意識)が暴力を支持する最も重要な要素である」と指摘している。「さらに悪いのは、共和党はここ数十年、白人支持者が増え、民主党は人種的多様化が進んでいる。白人キリスト教徒は地位を脅かされるという感覚をもっている」と、党派対立の背後にある理由を説明している。

 限られた資料しか紹介できないが、アメリカ政治が「憎悪」をベースに展開されている事実と、少数であるが、政治目的を達成するために暴力を容認する比率が確実に存在していることを示している。

 トランプ暗殺未遂は、単に1つの事件ではなく、こうしたアメリカ政治の変化を背景に起こったのである。そして、今後も、似た事件が起こる可能性が強い。もしトランプ前大統領が敗北したら、共和党支持者は2021年1月に行ったように武力行使をする可能性は否定できないのである。バイデン大統領とトランプ前大統領の公開討論会で、司会者がトランプ前大統領に「敗北したら受け入れるのか」と質問したが、トランプ前大統領は答えることはなかった。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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