アメリカで急増する「児童労働」の現実(2):児童労働法の規制緩和を進めている保守派議員と産業界
「目次」(字数4900字)
■多くのアメリカ人は児童労働の現状を知らない/■アイオワ州で成立した児童労働法改正の内容/■他の州でも進む児童労働法緩和の動き/■なぜ児童労働は増加しているのか/■連邦政府や連邦議会の対応
■多くのアメリカ人は児童労働の現状を知らない
本稿の(1)で、アメリカの児童労働の状況を説明した。多くのアメリカ人は児童労働の状況についてほとんど理解していなかった。一部のメディアのキャンペーンで、初めて状況の深刻さを知るようになった。バイデン政権の担当者は事態の深刻さにショックを受けたと語っている。
本稿の(2)では、産業界と政治が児童労働にどう対応しているのかを説明する。結論を先に言えば、保守派議員と産業界は、雇用不足に対応するために児童労働を容易にするために規制緩和を求め、幾つかの州では既に規制が実現している。これに対してバイデン政権やリベラル派の議員は、児童労働法違反の取り締りを強化することで児童労働の増加を阻止しようとしている。だが、その動きは鈍く、状況が急速に改善する兆しは見せていない。むしろ児童労働の状況はさらに悪化する懸念が高まっている。
現実に起こっていることは、共和党が支配する南部の州議会が児童労働の規制緩和を進めていることだ。リベラル派の研究所Economic Policy Instituteは2023年3月14日に「Child labor laws are under attack in states across the country」と題する調査報告を発表している。同報告は「児童労働法違反が増加しているにもかかわらず多くの州は児童労働法の緩和を進めている。過去2年間だけでみても、児童労働基準を緩和する法案が10州の議会に提案されるか、可決されている」と指摘している。
同報告はさらに「アメリカで児童労働を規制する連邦法が導入されたのは1世紀前である。多くの人は児童が危険な仕事に従事するようなことは過去の話だと思っている。しかし、州議会の議員が児童労働の基準を緩和しているため、実際には児童労働法違反は増え続けている」と、児童労働を巡る状況の悪化を指摘している。さらに2022年中に児童労働法違反で未成年を雇用している事例は37%増加している。そうした事態にもかかわらず、多くの業界団体は保守派議員の協力を得て、児童労働法の規制緩和を求める動きを強めている。
『PBS』は衝撃的な報告をしている(2023年5月25日、「Some lawmakers propose loosing child labor laws to fill worker shortage」)。PBSは傘下に349のテレビ局を持ち、視聴者や企業の寄付で運営される非営利の放送局である。その報告は「幾つかの州の州議会の議員は児童をもっと危険な場所で、夜間にもっと長時間働かせ、14歳の児童にバーやレストランで酒の給仕を認める法案を検討している。こうした児童労働法の大幅な後退は主に共和党議員によって進められている」と書いている。
■アイオワ州で成立した児童労働法改正の内容
Economic Policy Instituteも「複数の産業は連邦法を無視して低賃金の労働者を雇い、州の児童労働法の規制を緩和させようとしている。最近の州議会における規制緩和を求める法案提出の増加は、児童労働法と労働者保護法を骨抜きにするという産業界の長期的な目的と結びついている」と、分析している(2023年6月23日、「Iowa governor signs one of the most dangerous rollback of child labor laws in the country」)。
さらに同報告はアイオワ州知事が児童労働法の規制を大幅に緩和する法案に署名したと指摘している。その法律の内容は、①企業は従来禁止されていた洗濯業界の危険な作業に14歳の児童を雇うことができ、軽い組み立て作業では15歳の児童を雇うことができる、②州当局に16歳から17歳の児童が解体作業、屋根での作業、発掘作業、電動機械の操作といった危険な作業に従事する際の規制の緩和をする権限を与える、③14歳の児童が学校の授業がある日に夜勤シフトで6時間働くことを認める、④レストランで16歳の児童にアルコール提供の仕事に就くことを認める、⑤企業が法令違反をした場合、州当局が罰則を科す権限を制限する、といった内容である。また、児童がケガをしたり、死亡した場合でも、企業が責任を問われることはないという内容も盛り込まれている。同報告は「州法の幾つかの条項は『公正労働基準法』に反するものである」と指摘している。
こうした動きに対して、アイオワ州の労働組合(Iowa Federation of Labor)の委員長は「この法案は、児童労働は制限され、安全なものでなければならないという基本的な認識を損なうものである」という声明を発表し、批判している。さらに労働不足を解決するには、「労働者の賃金を引き上げ、労働環境を改善し、アイオワ州を魅力的な働く場所にすることだ」と、州の児童労働法緩和の動きは間違った方向に進んでいると指摘している。
■他の州でも進む児童労働法緩和の動き
アイオワ州以外でも児童労働法を緩和する動きが顕在化している。フロリダ州では16歳から17歳の未成年の労働時間の上限の撤廃と、授業がある日の残業を認める法案が提出されている。法案を提出した保守派の議員は「10代の子供たちは働きたがっている。州政府は子供たちが最善の道を選ぶことに介入すべきではない」と、法案提出の理由を語っている。この議員は「子供たちが働かざるを得ない現実」が存在するとは夢にも思っていないようだ。子供は自由に仕事を選べるべきであり、それを規制するのは自由市場を否定するものであるという“歪んだ”新自由主義の発想である。残念ながら、歴史も現実も無視する保守派の議員は多い。
ミネソタ州議会では16歳から建設工事現場で働くことを容認する法律が提出されている。オハイオ州議会では、両親の許可があれば、14歳の児童の労働時間を延長することを認める法案が提出されている。「親の同意」は極めて欺瞞的な条件である。貧困家庭であるために子供が働かなければならないのが実情であり、親は子供の収入に期待しており、「同意」するのは当たり前である。他にもニューハンプシャー州議会とアイダホ州議会では未成年の労働時間の延長を認める法案が審議されている。ウィスコンシン州議会は児童の労働時間延長を認めた法案を可決したが、知事が拒否権を発動して、法律成立は阻止された。
アーカンソー州では14歳から15歳の子供が働く場合、今まで両親の許可や州の許可が必要であったが、同州の議会は、その条件を廃止している。州政府は、その説明として「両親に許可を求めるのは両親に負担をかけることになる」と、理由にならない理由を挙げている。こうした規制緩和に対して批判者は「子供の搾取の道を開くものだ」と警鐘を鳴らしている。
レストラン業界の団体National Restaurant Associationは、政治家に対して児童が合法的に働くことができる労働時間の延長や、18代以下の子供が酒のサービスの提供を行える条件の緩和などを求めてロビー活動をしている。『ニューヨーク・タイムズ』の記事は、そうした産業団体の活動の結果、「過去3年間に19州の州議会が児童労働関係の法律を緩和する法案を提出している」と指摘している。
■なぜ児童労働は増加しているのか
なぜ児童労働が増えているのか。様々な理由が指摘されている。まず「労働不足」と「賃金の上昇」がある。『ワシントン・ポスト』は「企業は賃金を引き上げて大人の労働者を雇うよりは、若くて、賃金が安い労働者を雇うことを好む。制度に穴がある。不幸にも穴に落ち込むのは子供たちである」と指摘している(2023年2月11日、「In tight labor market, some states look to another type of worker: Children」)。
企業は低賃金で労働者を雇おうとする。その最初の対象になるのが、10代の子供たちである。貧困層の子供たちは家計を助けるために働かざるを得ない。長時間労働や危険な職場での仕事も受けざるを得ない。12歳や13歳で働く子供たちの多くは学校に行かなくなる。大人になっても学歴も仕事のスキルもないため、貧困から抜け出すことはできない。児童労働の背景には、こうしたアメリカの貧困と格差の存在がある。
また暴力や貧困から逃れて入国した移民の子供たちは「企業や手配師、派遣会社の“餌食”になっている」と指摘していると、Economic Policy Instituteは指摘している。親と離れ離れになって移民してきた子供の数は過去2年間で25万人に達している。2008年の連邦法の改正で移民の子供たちの入国が容易になり、正規の手続きを経ないで入国する子供が急増している。こうした子供は「亡命」認定を待っている状況に置かれ、親戚や保護者と一緒に暮らしている。そうした状況に置かれた子供たちには「労働許可」は与えられないし、社会福祉制度の埒外に置かれている。労働許可がなければ違法を前提に、隠れて働くしかない。こうした子供たちは、お金を稼ぎ、親類や保護者にお金を払っている。それを利用する親戚や保護者もいる。また、そうした子供たちは移民する際に借りた借金を返済しなければならず、劣悪な労働条件の仕事も引き受けざるを得ない状況に置かれている。現在のアメリカでは、こうした子供たちを保護する制度は崩壊してしまっている。
正規の手続きを経て入国してきても、移民家族が生活するのは容易ではない。多くの移民家族は英語も満足に話せず、社会保障も十分に得られない状況に置かれている。移民家族は、子供を働かせるしか所得を得る道はない。
事態を悪化させているもうひとつの要因は、制度運営の問題である。連邦政府の取締官の絶対数が足りない上に政府機関の間の調整が十分に行われていない。取り締りのための資金も十分ではない。また大企業は就職斡旋業者を利用することで、責任を逃れている。大企業は違反が明らかになると、人材斡旋業者や下請け会社に責任を転嫁し、罰金を逃れてきた。こうした事態に対応するために労働省は、企業が下請けを含めて児童労働法違反が明らかになった場合、製品の他州での販売を禁止する措置を検討している。ちなみにアメリカ憲法は連邦政府に州際取引を規制する権限を与えている。さらに罰金の増額も検討されている。
■連邦政府や連邦議会の対応
政府も遅ればせながら、やっと動き始めている。バイデン政権は2023年2月に「移民児童労働(migrant child labor)」の取り締まりを強化する方針を出している。具体的には児童労働法違反の企業に対する捜査を強化すること、移民児童に対する支援を強化することである。
連邦議会の下院でも児童労働を規制する「2023年児童労働法」が提出された。現状に対応できるように「公正労働基準法」を修正することを目指している。法案を提出したボブ・ケーシー議員は「21世紀の状況に対応し、児童労働法に違反した企業や下請け会社などと戦う法律を提案するのに長い時間がかかった」と語っている。法案の内容は、労働長官に児童を使って製造した製品に「児童労働を使った」と表記するよう命令する権限を与え、違法な児童雇用を行った場合、民事訴訟での罰金を子供一人当たり1万1000ドルから15万1380ドルに引き上げる条項も含まれている。刑事訴訟の場合、罰金の限度額を1万ドルから75万ドルに引き上げるとしている。ただ下院では共和党が多数を占めており、簡単には成立しないだろう。しかし、やっと国のレベルで児童労働問題が重要な問題であると認識され始めていることは確かである。
ヒラリー・ショルテン下院議員は「多くのアメリカ人は、子供が学校をドロップアウトしたり、疲労から病気になったり、機械に挟まれてろっ骨を折る子供の物語はチャールズ・ディケンズやアプトン・シンクレアの小説中の話だと思っており、2023年の日々の生活の出来事ではないと思っている」と、人々の無関心を指摘している。常に最も弱い人が犠牲になり、多くの“善良な”市民は、その事実に気が付かないのである。アメリカは貧困と移民問題を抱えており、児童労働問題は簡単には解決できないだろう。世界で最も豊かな国で、世界で最も貧しい国で起こっているのと同じ事態が起こっているのである。