“総裁選ルール”は“公選法ルール”とどう異なるのか、「公平性」が何より重要な理由
自民党総裁選も最終盤に入り、候補者陣営の間、支援者の間で、様々な形でのバトルが激化している。ここへきて、今回の総裁選にあたって自民党選挙管理委員会が定めたルールとの関係で問題が指摘されることが多くなっている。
総裁選は、自民党という一つの政党のトップを選ぶ選挙であり、公職選挙ではないが、事実上それが総理大臣を選ぶ選挙になっているだけに、社会的注目度は大きい。選挙で設定されたルールは、正しく、公平に適用されなければならないし、それに基づく批判も正当に行われることが必要だ。「公選法が適用される場合の違法評価」が、総裁選に関しても引き合いに出されることがあるが、今回の総裁選のルールと、公職選挙法のルールとは基本的な性格に違いがある。その点を踏まえて議論をしないと、混乱が拡大するだけだ。
今回の総裁選ルールと「公平性」が特に重要な理由
今回の自民党総裁選挙で、岸田文雄首相が、総裁選不出馬、退陣の意向を表明した最大の原因となったのが「派閥政治資金パーティー裏金問題」である。岸田首相が行ってきた対応が国民から全く評価されず、政権への信頼が失われたからこそ、再選に向けての出馬を断念せざるを得なかった。
「政治とカネ」がテーマとなった総裁選となることから、その総裁選は可能な限り金をかけない選挙にしようということで 選挙管理委員会は9月4日付で、政策パンフレットの郵送や自動音声(オートコール)による電話作戦の禁止を党内に通知した。それは、今回の総裁選をめぐる政治情勢を考慮したテンポラリー(一時的)・ルールだ。
最も重要なことは、このルールが各候補者の総裁選に向けての活動に公平に作用すべきだということだ。そこで「不公平性」が問題となった場合には、事実上の「総理大臣を選ぶ選挙」の正当性に重大な疑問が生じることになる。
「法律によるルール」とは異なり、ルール適用の時期、適用の範囲等について厳密な規定があるわけではない。しかし、総裁選ルールの性格に照らし、公平性が特に重要であることを認識しているのは当然であり、自らの行動が「公平性」の面から問題がないかどうかは、常識的に判断が可能なはずだ。それが認識できない候補者は、そもそも総裁になる資格自体があるのかすら疑問だ。
公選法ルールとの性格の違い
公選法とのルールの性格の違いも明確に認識する必要がある。
公職選挙法が、すべての人に向けられた法律であるのに対して、今回の総裁選に関して設定されたテンポラリー・ルールは、あくまで、総裁選を戦う候補者、陣営の間の「戦い方」に関するルールだ。そのような候補者本人の活動、陣営の活動以外の、地方組織も含めて党の所属議員、党員・党友による総裁選に向けての活動全体に適用されるべきものではない。もちろん「カネをかけない総裁選」という方針は、できるだけ党全体において尊重されるべきであるが、ルール自体が適用され、その違反が問題にされるのは、候補者、陣営自体の行為である。
「カネがかからない総裁選ルール」との関係も、候補者、陣営が行った行為とそれ以外の支援者の行為とでは評価は全く異なる。
高市氏のリーフレット郵送問題
上記の総裁選ルールへの違反が最初に問題にされたのが、高市早苗氏だった。高市氏の総裁選に向けての政策を記載したリーフレット30万部超が、上記のルールの通知後に全国の党員・党友に届いたことで、ルール違反の疑いが指摘された。この問題で、逢沢選管委員長は、9月11日、高市氏を口頭注意した。
高市氏は、総裁選出馬が確定していなかった7月に原文を書き、8月の頭に業者に依頼して、8月末には発送の手続きを済ませ、それが上記のルール通知後に配達されたもので、総裁選ルールには違反しないと説明している。しかし、8月21日に自民党選管から逢沢一郎委員長の名前で出された書面で、「自民党が変わる」「自民党を変える」決意に相応しい選挙とするために「今回の総裁選に関係する告示前の活動(いわゆる事前活動)についても、極力、費用をかけないよう努めるべき」と通達しており、発送を終えるまでに、「カネのかからない総裁選ルール」は十分認識できたはずだ。高市陣営以外にも、封書を党員に送る手配を進めていたものの、選管の上記方針が出たので発送を取りやめた陣営が複数あるとのことだ(山本一郎氏【笑ってはいけない自由民主党総裁選、高市陣営が党員向けリーフレット配った件で空中戦が発生】)。
少なくとも、各候補者が、党員・党友に自らの政策の周知を図る上での公平性に重大な疑問が生じたことは否定できない。選挙序盤で高市氏の優勢が伝えられると、他の総裁選候補者の陣営から批判が相次いだのも当然と言えよう。
高市氏支持者のネット上の主張
そのような高市氏の総裁選ルール違反が問題とされたことを受け、高市氏を支持する人達がSNS上で、「他の候補も総裁選のリーフレットを送っている」として、党員に送付されたリーフレットの現物の写真をアップするなどし、高市氏も、党選管から問題視された自身のリーフレット郵送に関し「1人だけ郵送したわけではない」と発言し、「他陣営も同様のことをやっている」と主張した。
しかし、アップされたリーフレットやその送付文書等を見ると、これらは、候補者本人や陣営ではなく、支持する地方議員個人や支援者等が行ったもののようだ。そうであれば、候補者や陣営がルール違反に問われる問題ではない。高市氏自身の判断で、30万部超のリーフレットを郵送した問題とは全く違う。
高市氏のリーフレット大量郵送問題は、郵送の判断を行った時点で、他の候補者との「公平性」に疑問が生じることは十分に認識可能だったはずだ。それを敢えて行い、実際に、党員・党員の支持を得ることについての公平性の問題が生じることになった。仮に、高市氏が総裁選に当選した場合、この問題は、総裁の地位の正当性に重大な疑念を生じることになろう。
高市氏側の反論における「石破氏側の問題」の中身
総裁選の決戦投票で高市氏との対戦相手になる可能性があると言われているのが石破茂氏だが、最近、高市氏を熱烈に支持する人達によって「大阪での中華料理店での支援者の会」のことが大きく取り上げられている。
須田慎一郎氏は、「虎ノ門ニュース」と称するYouTubeチャンネルで【※削除覚悟※ 須田慎一郎さんが自民党総裁選のある候補の秘密を掴んできてくれました】と題し、「緊急生配信」と大きな赤文字の下に「あの総裁選候補の秘密 遂に掴みました」などと記載した目立つサムネイルを付けた動画を配信している。
石破氏の支援者が大阪の中華料理店で開いた会について、討論会で大阪に来た石破氏が1時間余り会に参加すること、知人も誘って参加できるとされていることなどがわかるLINEのやり取りなどを示し、「党員・党友なら」「無料で参加できる」などとLINEには書かれていないことを付け加えている。
石破陣営が、「カネのかからない総裁選」のルール違反行為を行っている例であるかのように述べ、それを「緊急配信」「秘密を掴んだ」などとし拡散している。
しかし、LINEのやり取りを見る限り、単に、支援者が開いた集会に石破氏が短時間参加しただけの話であり、少なくとも石破氏やその陣営の側の問題ではない。それだけであれば、何の問題もないことは、須田氏も認識しているようで、「その費用を石破陣営が出しているのではないか」「全国で同じようなことをやっているのではないか」などと「全く根拠のない憶測」を遠慮がちに述べているだけだ。その動画の内容に問題があることを自覚しているからこそ、タイトルに「削除覚悟」という言葉を入れているのであろう。
敢えて「公選法のルール」を持ち出した場合
このような高市支持者による石破氏に関する指摘について、「公選法が適用される選挙であれば違反になるのではないか」、と思う人もいるようだ。「たとえ支援者が開いた集会だとしても、飲食が提供されるのは問題ないのですか?しかも聞けば結構な高級店みたいなのですけど。会費制なら問題ないにしても、無料だったみたいですから。」との投稿もある。
確かに、公職選挙であれば、支援者が特定の候補者を当選させる目的で有権者を饗応した事実があれば、公選法違反になる。しかし、それは、あくまで「当該支援者の行為」であり、その行為者である支援者が公選法違反に問われるだけだ。候補者側にも責任が及ぶのは、候補者自身や連座制の対象者が饗応に関与していたり、その資金を提供した事実があった場合だ。
前述したように、今回の総裁選では、候補者やその陣営に対して「カネのかからない選挙」にするためにルールが設定されたもので、支援者に対して適用されるルールではない。しかも、「石破陣営が費用を負担しているのではないか」というのが全くの憶測であることを須田氏自身も述べており、そもそも「党員・党友であれば何人でも無料で」という点も、引用しているLINEにはない。それであれば、たとえ公選法が適用される選挙であっても、候補者側の責任が問題になる余地は全くない。そもそも、このような「大阪での支援者の会」を「緊急配信」「候補者の秘密」などと取り上げること自体が、凡そ理解し難い。
ネットの世界での単純化
須田氏の動画は、全く中身のない単なる印象操作に過ぎないが、その動画が高市支持者に拡散される間に、あたかも石破陣営が高市氏のリーフレット郵送問題以上に露骨なルール違反を行っているかのように単純化されていく。
特に露骨なのは、門田隆将氏@KadotaRyushoだ。
門田氏は、須田動画のLINEを一部引用し、
などと、候補者陣営が総裁選での饗応工作を行ったかのように単純化して印象操作している。そして、フォロワー50万人を超える門田氏の投稿がさらに拡散され、あたかも、石破陣営は総裁選のために大阪の高級中華料理店で多数の党員・党友に饗応を行った事実があり、高市氏の総裁選ルール違反を問題にする資格がないかのような印象を与えている。
候補者自身が、相当な資金をかけて「国政だより」を党員に大量配布した高市氏の問題と、支援者が主催した会食に限られた時間参加しただけの石破氏とは全く問題が異なるのであり、高市氏の行為を擁護・正当化する理由には全くならない。
9月27日の投開票日が迫っているが、自らの総裁選ルール違反に対して他の候補者の問題を引き合いに出して全く非を認めようとしない高市氏が有力候補の一角とされ、手段を選ばず高市氏支持を拡大していこうとするネットの世界の熱烈な支持者の動きは、事実上総理大臣を決める選挙の「危うさ」を象徴しているように思える。