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「新・ガザからの報告」(4)(24年6月10日)

土井敏邦ジャーナリスト
(避難所が爆撃され逃げ惑う住民/撮影・ガザ住民))

【イスラエル人人質救出の裏側】

(Q・4人のイスラエル人人質が救出されましたね?)

 6月8日でした。私の家はこの場所から数キロほどの距離です。作戦はイスラエル軍の特殊部隊によって行われました。ドローンやヘリコプター、戦闘機に支援された作戦で、人質が解放されてから戦車も投入されました。その作戦で女性1人を含む4人のイスラエル人の人質が解放されました。

 3人の男性はある住民の家から救出され、200メートルほどの距離で通り一つ隔てた違った建物からです。この作戦は午前11時に行われ、ヌセイラート難民キャンプは人で混雑していました。この難民キャンプはガザで最も人口密度の高い難民キャンプの1つです。この時間に作戦を行うのは挑戦的です。この結果、274人が殺害されました。

 私が得た情報によると、現場の様子を知っている人に聞いたのですが、80~90人がその建物を守っていたハマスの戦闘員だったということです。死者の30%ほどです。市街戦、ヘリコプターなどによる空爆で彼らは殺されました。残りはまったくの一般市民でした。約500人が負傷しています。

 今日得た新たな情報によれば、イスラエル軍は4~5人のハマス戦闘員を逮捕し、へリコプターでイスラエル国内に連行したということです。他の人質がどこにいるのか、尋問するためでしょう。

(Q・民衆の反応はどうですか?怒っているでしょうね?)

 もちろん人々はとても悲しみ怒っています。4人の人質解放のために、何百人も殺したのですから。とても破壊的な作戦です。しかし私たちはこの虐殺を両方を非難しています。

 マーケットで食べ物を買っていた女性や子どもたちも含めたくさんの人が巻き込まれました。彼らはまったく無実な人びとです。イスラエル軍の特殊部隊は気が狂ったような力を行使したんです。だから人びとはもちろんイスラエル軍を非難しました。

 一方でハマスも非難しています。これほど混雑する地域に人質を匿(かくま)っていたからです。なぜこんな地域に人質を置いたのか。人質がいる場所はいつでも攻撃されることは予想ができたはずです。イスラエルの情報部員に発見されたら、もちろんその場所は攻撃されます。なぜそんな場所に人質を隠したのか。ハマスがそんな人で混雑する場所に人質を匿ったのはひどい行為です。

(Q・イスラエル軍はどのようにして、その場所を発見できたのでしょうか?)

 イスラエルからの情報によれば、地上戦のごとに、イスラエル軍はハマスの戦闘員を降伏させ、拘束しています。この戦争で何百人ものハマスやイスラム・ジハードの戦闘員が拘束されています。たとえばシェファ病院の作戦だけでハマスとイスラム聖戦の戦闘員を約900人拘束しています。

 両手を挙げ、白い旗を掲げて降伏したその戦闘員たちが情報源となっています。彼らに対しシンベート(イスラエル諜報機関)が人質や指導者たちの隠れ場所などについて集中的な尋問を行っています。

 例えばジャバリアでの作戦で拘束したハマスの戦闘員に案内させて、7人の人質の遺体を見つけています。

 さらにある情報によれば、イスラエル軍は拘束したハマス戦闘員を戦車の中に乗せ、ガザ内の拠点を案内させているというのです。

(Q・そのような情報をあなたはどうやって手に入れているのですか?)

 私自身が持っている情報源からです。ハマスの元戦闘員の知り合い、ジャーナリスト、目撃者などです。戦車の中にハマス戦闘員を乗せていることは、私がよく知っているジャバリアの住民の目撃者から得た情報です。自分の隣人が戦車に乗せられているのを目撃しました。イスラエル兵に厳重に守られて、拠点を指さして示すのです。その後、ブルドーザーがやってきて、掘り起こします。だから私の情報源は目撃者たちです。

(親族の死を悼む女性たち/撮影・ガザ住民))
(親族の死を悼む女性たち/撮影・ガザ住民))

【ガザ内部での“内戦”】

(Q・この戦争はハマス内部から崩壊するのでないでしょうか?)  

 ハマスは銃弾が不足しています。すでに9ヵ月、戦闘が続いています。ハマスが銃弾など武器をある程度、蓄えていたと思いますが、まったく供給がなく、銃弾もロケット弾や弾薬も限られてきていると思われます。イスラエル軍は大量の武器を押収していますし、武器の倉庫が空爆されています。武器の不足にハマスは苦しんでいます。これは深刻な問題です。

(Q・フィラデルフィー回廊(エジプトとガザ地区との国境に沿った地帯)はすでにイスラエル軍に占拠されています。将来、すべてのトンネルからの搬入はできなくなり、あらゆる武器や物資や資金などの供給も止まってしまい、ハマスは戦闘を続けることができなくなるのではないですか?)

 もちろんです。ほとんどのガザへの補給路だった地下トンネルは破壊されたと思われます。イスラエル空軍によってです。残ったトンネルは地上侵攻でイスラエル軍が破壊しています。ケロムシャローム(ガザ地区南部のイスラエルとの検問所)から地中海に至る回廊は完全にイスラエル軍に侵略され、さらに戦車が北部に移動しています。昨日の情報では、イスラエル軍はラファ地区全体の37%、つまり3分の1を制圧しています。今も銃弾などを搬入するトンネルを破壊しているのです。

(Q・近い将来、ハマスは降伏する?)

 ハマスは銃弾不足で苦しんでいます。イスラエル軍も対面の銃撃戦でも「ハマスは最低限の銃弾しか使っていない」と言っています。

 一方、ガザ地区中部では“内戦”が起こっています。とりわけデイルバラ町、ヌセイラート難民キャンプなどでです。この内戦で、毎日、何人も殺されているのです。

 前回、盗賊のことを話したが、今はさらに危険になっています。彼らはカラシニコフ銃など武器を携帯し始めました。そして家やマーケットの店を襲っています。

 最近、デイルバラ地区で9人が殺されました。ハマスとあるファミリーとの衝突によってです。「ファタハ」(PLO主流派)と関係のあるファミリーです。何人も負傷したひどい戦闘でした。すごい銃撃音で、イスラエル軍が侵攻してきたのかと思ったほどです。昨日はヌセイラートとブレイジの難民キャンプの間でさらに2人が殺されました。そんな犯罪が増加しています。

【トレンチ(塹壕)病】

 イスラエル軍がフィラデルフィー回廊を占拠してから、エジプトからの支援物資を運ぶトラックの搬入が止まりました。この戦争の初めから、エジプトからのトラック輸送が主要な食料などの搬入ルートでした。それが切断されたのです。今、私たちには食べ物が入ってきません。フィラデルフィア回廊ではイスラエル軍の戦車が行き来しています。

 イスラエル側(ケロムシャロームとエレズの両検問所)からのトラックは多くはありません。ときどき、ハマスが迫撃砲やロケット弾でケロムシャロームを攻撃しています。だから私たちには入ってくる食料がないのです。

 アメリカの海外輸送も量が限られていて、十分な食料も搬入できません。だから食料の値段が上がっています。戦争の初期のように、人びとは飢餓状態になっています。ひどい状態です。

(Q・ハマスは停戦案を受け入れると思いますか?)

 論理的に、ハマスは受け入れるべきです。ハマスの戦闘員は何ヵ月も地下のトンネルの中で過ごしています。しかも銃弾も不足している。彼らの両親や子どもたちが殺され、家が破壊されたというニュースを聴いているはずです。とても士気も弱くなっていると思われます。

 第二次大戦の時に闘っていたナチスの軍隊の中で精神的な病が起こっていました。何ヵ月も地下トンネルで過ごしていたため、彼らは精神的な異常、トレンチ(塹壕)病を患ったのです。一種のうつ病です。

 ハマスの戦闘員たちは同じような病、トレンチ病を患っていると思われます。戦闘員のほとんどが家族の1人か2人を失っています。だからハマスは停戦を受け入れるべきです。これ以上の闘いにもう耐えられないからです。闘いのための銃弾も十分ないのですから。彼らは、十分な供給を様々な所から得ることができる強国イスラエルと闘っているのです。だから論理的に考えて、この戦争は負けます。どうしてこれほどの破壊が必要なのか。さらに何万というパレスチナ人が殺されなければならないのか。もう十分です。

 この戦争を終わらせるのも、戦争を命じた者の責任です。最初に命じた人物です。シンワール(ガザ地区でのハマスの最高指導者)が始めたわけではありません。だから彼がこの戦争を終わらせることはできない。決定は外からなされました。もちろんハニーヤ(ハマスの最高指導者)です。彼が最も力を持った人物です。

 何万というパレスチナ人が殺され、何十万という人が負傷しました。しかしこれだけの犠牲を出した戦争は何一つハニーヤの態度を変えることはなかったのです。

(Q・だれもモハマド・デイフ〈ガザ地区の軍事部門の最高指導者〉について言及しないのはなぜですか?)

 彼は軍事部門の指導者です。彼こそが10月7日の越境攻撃の責任者で、彼が攻撃を計画し、宣言し、指導したのです人質も彼の計画です。今も彼が人質を管理しています。

 デイフについて語られないのは、彼はシャドー(影)の男だからです。彼の顔を人びとは知りません。イスラエルも彼の古い写真を使っています。彼はすでに60歳を超えていると思います。彼はメディアとは一切関わりを持ちません。

 デイフはガザと西岸のカッサーム旅団の総司令官です。シンワールは政治部門での指導者です。しかしメディアは愚かなシンワールを持ち出します。彼は公にスピーチをしたり、ビデオに登場して銃を振り回す。だから彼はメディアの注意を引くのです。しかし真の指導者はメディアに知られていません。メディアはシンワールを誇大化して伝えています。しかし最も危険な人物はモハマド・デイフです。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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