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ロマチェンコは最強ランキングから陥落すべき? リング誌で巻き起こった議論の内幕

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams / Top Rank

10月17日 ラスベガス

MGMグランド ボールルーム・カンファレンス・センター

世界ライト級4団体統一タイトル戦12回戦

IBF王者

テオフィモ・ロペス(アメリカ/23歳/16戦全勝(12KO))

12回判定 3-0(117-111, 119-109, 116-112)

WBAスーパー、WBCフランチャイズ、WBO王者

ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/32歳/14勝(10KO)2敗)

衝撃的な新旧交代劇

 世界最高級と評価された王者がまさかの王座陥落―――。ボクシング界に大きな衝撃を引き起こしたロマチェンコ対ロペスの新旧対決は、米専門誌リングマガジンのランキング選定委員の間でも熱い議論を呼ぶことになった。

 最初に断っておくと、日本の一部のファンの間でそうだったように勝敗に関して意見が分かれたわけではない。サイズ、パワーで勝る新鋭ロペスがスピード、距離の取り合いでもロマチェンコを上回り、意外にも前半を通じてアウトボクシングしてみせたこの一戦。8〜11回に反撃を許すも、最終回に踏ん張ったロペスが2〜4ポイント差で勝利という見方がアメリカでは圧倒的だった。

 世界各国のメディアメンバーで構成されるリングマガジンのパネリスト内でも、勝敗は議論の対象にはなっていない。焦点となったのは、ここで3つの王座と不可侵のオーラを失ったロマチェンコを、全階級最強ランキングのパウンド・フォー・パウンド(以下、PFP)・ランキングでどこにランクするか。

ロマチェンコに何が起こったのか

 筆者も昨秋よりパネリストを務めるリング誌のPFPランキングは、選定委員たちのグループメールによる話し合いで決められる。土曜夜から日曜の朝にかけて始められるメール交換での会議に参加するのは、3人の編集者と世界中にいるパネルメンバー。今回の試合後、複数のメンバーが「前半を通じて戦意を見せなかったロマチェンコはトップ10から外すべきではないか」と発言した。

 「PFPにランクされるべき選手のパフォーマンスではなかった」という意見は適切なのだろうか。

 確かに1〜7回のロマチェンコは余りにも手数が少なく、7回までなんと合計31発をヒットさせたのみ。左カウンターを当てた2回以外、有効打と言い切れるパンチは非常に少なかった。

 よりサイズに恵まれた相手のパンチの射程外に出ることで、もちろん自分のパンチも届かない距離となり、慎重に様子を伺うばかりだったロマチェンコの姿に目を疑ったファンは多かっただろう。ロペスのスピード、反射神経、カウンターのうまさに面食らっていた印象もあり、そこには最強王者の面影はなかった。

 実際にはロペスのクリーンヒットも少なかったのだが、どちらが優勢かを選ぶとしたらIBF王者しかないと思えるラウンドが続いていく。ともに有効打がほとんどないとしたら、専守防衛のロマチェンコよりも、手を出し、ボディブローを浅いながらも当て、試合を作っている方にポイントを振り分けるのが適切に感じられたのだ。

注:試合後、ロマチェンコは事前から痛めていた右肩を序盤ラウンドに悪化させ、後に手術が必要になったと伝えられた。

Photo By Mikey Williams / Top Rank
Photo By Mikey Williams / Top Rank

後半の追い上げをどう評価するか

 もっとも、このような負け方でタイトルを失ったからといって、前3冠王者が名誉あるPFPランキングでトップ10から陥落させられるべきだとはやはり思えない。

 厳しい展開の中でも、8回以降、ロマチェンコはなりふり構わない攻めでラウンドを奪っていた。バッティング、クリンチ際のパンチも駆使したややダーティな戦いには余裕は感じられず、逆転KOの予感は最後までなかった。それでも8〜11回は多くのパンチを当て、ポイントを連取した。12回の激しい攻防でダメージを受けた際には、“こうなることを恐れて攻められなかったのか”と思わされたが、最終的にはリスクを犯して勝負に出た姿勢はリスペクトされていい。

 接戦ではあっても、完敗と評されても仕方ない内容のファイト。それでも「戦意がなかった」という風には感じられなかった。そういう風に見える戦いにしたロペスの実力と闘志の方を褒めるべきだろう。少し飛躍した話をすると、ここでロマチェンコをランク外に落としてしまったら、多くから“最強”と目された王者を攻略したロペスの頑張りの価値を下げてしまうのではないか。

 そう考えた私は、リングマガジンのグループメールにこう書き記した。

 「ロマチェンコが余りにも慎重だったことには当惑させられたが、戦意がなかったという見方には同意できない。より大きく、若く、力強いボクサーと対戦したロマチェンコには適応の術を見つける必要があったということ。最後の5ラウンド中4回でポイントを奪ったが、届かなかった。この試合のあとでロマチェンコをランキングから外すことは、ロペスの勝利の価値を貶めることになるのではないか。ロペスが勝ったのは素晴らしいゲームプランを用意し、それを遂行したから。相手が偉大なファイターではなかったから勝てたわけではない」

今後への期待

 17日までの結果が反映された最新のPFPランキングでは、ロペスが6位、ロマチェンコが7位にランクされている。前戦でキース・サーマンに競り勝つという印象的な星を挙げたものの、リングから14ヶ月遠ざかっているマニー・パッキャオ(フィリピン)がトップ10から陥落。ロマチェンコをランク外にするという抜本的な案を唱えたのはごく一部だったため、大多数のパネリストの意見が通ったということだろう。

 ともあれ、私がパネリストになって以降、これほどPFPの議論が過熱したのはこれが初めてだった。試合内容は年間最高試合の候補になるようなレベルではなかったものの、それだけインパクトのあるマッチアップ、結果だったということ。最新のビッグファイトが大きな反響を呼んだ後で、今後もこのようにPFPランキングに影響を及ぼす試合が次々と実現することを余計に願いたくなる。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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