新型コロナウィルスさえも情報戦のツールとして利用されつつある紛争下のシリア
紛争が続くシリア
紛争が続くシリアでは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)さえも情報戦のツールとして利用されようとしている。感染状況をめぐるさまざまな情報が発信・拡散されているのだ。
同国は現在、政府(バッシャール・アサド政権)支配地域、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配地域、米主導の有志連合の占領地(55キロ地帯)、トルコの占領地(「ユーフラテスの盾」、「オリーブの枝」、「平和の泉」地域)、そしてシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構をはじめとする反体制派の支配地に分断されている。
こうしたなか、各支配地域の医療当局の検査能力、検査態勢、情報公開度、情報発信者の専門的知識の有無を知り得る手段がないことを逆手にとるかのように、情報が発信・拡散されている。その真偽を確認することはできないが、以下では、これまでに発信された主な情報を紹介したい。
反体制メディア活動家の発表
パリ在住の反体制メディア活動家であるワーイル・ハーリディーなる人物は2月21日、自身のツイッター・アカウントで、ダマスカス県のムジュタヒド病院で子ども1人が新型コロナウィルスに感染して死亡、付き添いの女性(子どものおば)も感染が確認されたと綴った。
ハーリディーによると、感染が確認された女性がいた部署は隔離され、子どもの主治医は、診断前に、子どもの咳を顔に浴びるのを恐がり、泣いているのが目的され、病院では箝口令が敷かれていたという。
在英反体制系NGOの発表
英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団は3月10日、政府支配内の複数の医療筋から得た情報として、ダマスカス県、タルトゥース県、ラタキア県、ヒムス県で新型コロナウィルスの感染が急速に拡大していると発表した。
感染者のなかには、死亡した者もいれば、隔離されている者もいるという。
同監視団はまた、上記4県の複数の医師の話として、政府当局から箝口令が出ており、感染拡大について口外しないよう指示が出されていると付言した。
シリア政府の対応
シリアの保健省は3月11日、報道向け声明を出し、新型コロナウィルスに感染したことが疑われ、ダマスカス県のムワーサー病院で隔離されていた患者1人に対して行った検査結果が陰性だったとしたうえで、依然としてシリア国内での感染者は確認されていないと発表した。
新型コロナウィルスへの感染を疑われた患者は細菌性肺炎だったという。
シリア政府はこれに先だって、2月上旬頃からヨルダン国境に位置するナスィーブ国境通行所(ダルアー県)に移動式クリニックや救急車輌を派遣し、帰還する難民らへの検査を開始した。また、イラク国境に位置するブーカマール国境通行所(ダイル・ザウル県)でも同様の検査態勢を整えて対応してきた。
だが、シリア周辺国での感染者拡大を受けて、イマード・ハミース内閣は7日の閣議で、感染(拡大)防止策として、レバノンとイラクからの巡礼観光を含む両国への出入国を1ヶ月、また感染者が確認されている国への出入国を2ヶ月間規制することを決定した。
閣議ではまた、これらの国からの入国者に対して14日間の予防隔離期間を設けることも合わせて決定した。
北・東シリア自治局の対応
北・東シリア自治局傘下のスィーマルカー国境通行所局は3月10日に声明を出し、欧州在住者にシリア北部および東部への渡航を行わないよう呼びかけた。
呼びかけは、欧州での新型コロナウィルス感染者の拡大を受けた措置。
スィーマルカー国境通行所は、北・東シリア自治局の支配下にあるシリアのハサカ県東部とイラク・クルディスタン自治政府の支配下にあるイラクのダフーク県西部を結ぶために違法に設置された通行所。
「イランの民兵」の感染状況
PYD寄りのBasnewsは3月10日、複数の情報筋の話として、政府が支配するダイル・ザウル県西岸のブーカマール市一帯に展開するイラン・イスラーム革命防衛隊傘下の民兵、いわゆる「イランの民兵」の7人が新型コロナウィルスに感染して死亡、また40人が感染していると伝えた。
遺体はブーカマール市西のハウダーン地区近くに埋葬される一方、同市のアーイシャ・ハイリー病院には感染者を隔離するセクションが設置されたという。
死亡した民兵の一部は、3月初旬にイラン、イラクから陸路でシリアに入ったという。
(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)