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【卓球】パリ五輪日本代表選考 トーナメントの組み合わせは何を根拠に決められたのか

伊藤条太卓球コラムニスト
石川佳純(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

筆者はこれまで、日本卓球協会が行っているパリ五輪日本代表選考システムの問題点を指摘してきた。今回は、さらに踏み込んで詳しく検証する。

【参考記事】パリ五輪日本代表選考システムは公平か?

現在の選考システムは、トーナメント戦にポイントをつけ、それを繰り返した積算ポイントで選手を決めようというものである。

トーナメント戦の結果は優勝者以外は組み合わせに大きな影響を受ける。そのため、強い選手どうしが早く当たらないように離して配置することで、試合結果の順位が実力の順位にできるだけ近くなるように工夫する。これがシードだ(「種」「種をまく」のseedと同じ単語で、畑に種をまくように離して配置することからだという)。

具体的には、実力が最上位の2人は決勝で当たり、実力トップ4人どうしは準決勝で当たり、トップ8人どうしは準々決勝で当たるようにするのである。

パリ五輪選考システムでは、何回戦まで勝ち進んだかでポイントが違うので、選手にとって組み合わせは死活問題である。当然、これまでのポイント対象大会も、選手の実力に基づいてシードが組まれているが、問題は何の実力を根拠にシードするかだ。みなさんなら何を根拠にするだろうか。選考会も回を重ねていけば選考ポイントが積み上がってくるからその順位を根拠にすればよいが、最初をどうするかが問題だろう。やはり世界ランキングだろうか?

実際は下の表のような根拠でシードが組まれている。

筆者作成
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最初の第1回選考会は全日本を根拠にしている。そのあとは「選考会」は直前の選考会、「全日本」は直前の全日本というように、なぜだか同種の大会の直前の成績だけを根拠にしてシードが決められている。かと思えば「Tリーグ個人戦」は独立で、Tリーグの成績を根拠としている。当然、Tリーグに参戦していないと出られないはずだが、Tリーグに参戦していなかった伊藤美誠が、なぜか全日本の優勝者だからという意味不明の名目で第1シードとなっている。Tリーグの成績でシードを決めるのもどうかと思うが、一貫性すらないのだ。

日本卓球協会は、世界選手権成都大会(昨年9月)および世界選手権ダーバン大会(今年5月)のメンバーを選考ポイントで決めた。建前だとしてもそれほど選考ポイントを信頼しているのにもかかわらず、その選考ポイントは一度もシードの根拠にしていない

次に、主な大会の実際の組み合わせを見ていく(ベスト16以降のみ表示)。

第1回選考会では、世界ランキングが日本で2番目の早田ひなと3番目の石川佳純がベスト4決定戦で対戦した。ただ一度のトーナメント戦である全日本を根拠にしたためだ。この選考会のベスト4はそのまま世界選手権の代表となることになっていたため、石川は早田とフルゲームの大接戦の末に敗れて、世界ランキング8位なのに自身15回目となるはずだった世界選手権の出場を逃した。石川が勝てば世界ランキング6位の早田が出られなかったことになるから、どちらにしても前代未聞の世界選手権選考である。

【参考記事】石川佳純はなぜ「世界卓球」代表落ちしたのか

筆者作成
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続くTリーグ個人戦では、第1回選考会で5位の伊藤と6位の石川が同じブロックに入った。第1シードの伊藤以外はTリーグ2021-22年レギュラーシーズンのシングルス勝利数でシードが決められたからだ。石川はTリーグに6回しか出場しておらず4勝2敗で16位だったため、13~16位のクジ引きによってこの位置となった。なお、Tリーグ勝利数1位の木原美悠は16勝8敗で、勝率では石川と同じ66.7%だった。

こうして世界ランキングが日本で1番目と3番目の2人がベスト8決定戦で対戦することになり、敗れた石川はさらに順位を落とした。この時点で石川が大暴れしたとしても誰が責められよう

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第3回選考会では、選考ポイント3位につけていた長崎美柚と8位の佐藤瞳が同じブロックとなった。佐藤は第2回選考会でベスト16に終わっていたため、8シードが得られなかったのである。結果、長崎が敗れて順位を落とす羽目となった。このように、ある上位選手が敗れると、次の試合でシードが得られずにさらに下がるか、または他の上位選手が被害を被ることとなる。こうした現象が、トーナメントのあちこちで見られている。

筆者作成
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もっとも信じがたい組み合わせが、男子の全日本だった。あろうことか、選考ポイント2位の篠塚大登と3位の吉村真晴、1位の張本智和と8位の横谷晟が同じブロックとなった。1年も前に行われた全日本を根拠にシードを決めたからだ。この時点で選考ポイントはすでに4大会分が積み上がってそれなりに安定しかかっており、それで世界選手権の代表を選んだほどなのに、それをまったく使わずにこの組み合わせである。篠塚と吉村など、本来は準決勝で当たるべき実力なのに、その2つも前でやらされて、負けた吉村が順位を落とした。気の毒すぎる。

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以上のように、選考ポイントが上位者どうしが同じブロックに入った場合、どちらかが大きく順位を落とす。同時に、上位者がいないブロックができるため、そこに入った選手が順位を上げることとなる。かくして順位はジェットコースターのように乱高下する。

選手生命にかかわる世界選手権やパリ五輪の選考が、このような組み合わせで行われているのである。こんな理不尽な組み合わせで負けたら、泣くのは当たり前だし、テレビ的には恰好の見せ場だろう。見世物としては理想的だ。だが、選手選考がこれで良いのか。

全日本の期間中に行われた馬場美香・強化本部長の記者会見で、筆者が、なぜ1年も前の全日本を根拠にシードを決めているのかを問い質すと「全日本の組み合わせは組み合わせ委員会が決めるので、強化本部は関与できない」という回答だった。そうであれば、そもそもそんな大会をポイント対象にしていることが間違いである。あるいは何が何でも関与するかのどちらかだろう。

来年1月の全日本は、パリ五輪前の最後のポイント対象大会となっている。もしもそのシードを今回の全日本を根拠に決めるとなると、今回ベスト16に終わった伊藤美誠は、ベスト8に入った早田、木原、横井咲桜、石川、出雲美空、佐藤、鈴木李茄、平野美宇のいずれかと抽選によってベスト8決定戦で当たることになる。仮にその時点で伊藤とその対戦相手が選考ポイントの1位と2位になっていたとしても、負けた方が一気に順位を落としてパリ五輪を逃す事態になるかもしれないのである。1年も前の戦績の亡霊によって。そんな理不尽なことがあってよいのか。

馬場美香・強化本部長は会見で「今後は選考ポイントを根拠にシードを決めたらどうか」との筆者の提案に「検討します」と答えた。しかし、今後なにかを改善したとしても、各選手がこれまでに獲得したポイントが消えるわけではない。

合理性も公平性も、そして一貫性すらもないパリ五輪日本代表選考システムは、日本卓球界に何をもたらすのだろう。大事故の悲劇が起こらない幸運を祈るのみである。

付記

参考までに、これまでの各選考会の順位および積算選考ポイント順位の履歴を載せておく(2023年1月30日現在、選考ポイント順位が上位8人に入っている選手のみ表示)。

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卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、一般企業にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、執筆、講演活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。NHK、日本テレビ、TBS等メディア出演多数。

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