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卓球日本女子、悲願の中国越え!「卓球ニッポン」復活の兆しと中国の苦悩

伊藤条太卓球コラムニスト
張本美和(写真は2024パリ五輪)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

とうとうこの日が来たという思いだ。10月9日、アスタナ(カザフスタン)で行われたアジア選手権の女子団体決勝で、日本が中国を3-1で下して優勝したのだ。中国を破っての同大会での優勝は、1974年横浜大会以来、実に50年ぶりのことである。そして、同大会に限らず、アジア競技大会、世界選手権、五輪といった4大主要大会において、日本女子が団体戦で中国に勝ったこと自体が50年ぶりである。現在60歳以下の卓球人のほとんどは日本が中国を破った報せをリアルタイムで聞いた経験がない。文字通り前代未聞の快挙だ。

1950年代から60年代にかけて日本の卓球は、守備が中心であった欧米の卓球を攻撃的な卓球で打ち破って世界の王座につき、男女ともに”卓球ニッポン”と言われた。しかし1960年代半ばに中国に追い越されると、徐々に差を広げられ、1990年代以降は、韓国、北朝鮮、香港、シンガポールといった中国以外のアジア勢、さらには欧州勢にも後塵を拝するようになる。

下の表は、1970年以降の日本女子と中国の対戦結果をまとめたものである(中国との対戦がなかった大会は負けた試合を記載)。また、ほとんどの大会で中国が優勝しているため、中国以外のチームが優勝した場合だけそのチーム名を吹き出しで入れた。

日本は中国に対して五輪で3連敗、世界選手権で16連敗、アジア競技大会で9連敗、アジア選手権で13連敗の合計41連敗で、その多くが0-3で敗れている。また、1980年代半ばからの約30年間にわたって中国との対戦がない大会が散見されるのは、中国と対戦する前に敗れたということであり、この時期の低迷が表れている。打倒中国どころか、その挑戦権すら得られなかったのだ。

この低迷期に、中国卓球界から選手や指導者が日本に流出してそのエッセンスが広まったことや、福原愛の成功例によって就学前からの超早期英才教育を始める親が出始めたことなどにより、2010年代に入ると日本の実力は徐々に向上してくる。そしてとうとう中国以外にほぼ負けなくなったのが、ここ最近の10年間であった。

しかし中国の壁は途方もなく高く厚い。中国に次ぐ堂々世界2位の位置を獲得してなお、多くの試合で日本は1試合も勝てずに0-3で敗れている。

その流れが変わったのが、今年2月に釜山(韓国)で行われた世界選手権で中国を2-3と追い詰めた試合だった。中国から2点を取ったのは、2004年ドーハ大会以来20年ぶりのことだった。試合後、中国選手たちは泣きはらした顔で会見に現れた。中国女子が日本選手に勝って泣く、それは初めて見る光景だった。それほど日本は中国を追い詰めたのだ。

2024年世界選手権で日本に勝ち、安堵する中国女子チーム
2024年世界選手権で日本に勝ち、安堵する中国女子チーム写真:ロイター/アフロ

半年後のパリ五輪で日本は0-3で中国に敗れ、中国は再びその強さを見せつけた。こうして迎えたのが今回のアジア選手権だった。

パリ五輪で完勝したとはいえ、釜山での死闘を思えば中国にとって日本は依然として恐ろしい相手であり、大きな不安があっただろうことは想像に難くない。その中国の不安は現実のものとなった。

16歳の張本美和が世界ランキング(2024年10月8日付、以下同)1位の孫穎沙と、4位の王芸迪を、そして平野美宇が6位の陳幸同を破り、3-1で日本が中国を倒したのである。しかも日本はエースの早田ひなを怪我で欠いての勝利だった。

陳幸同を破った平野美宇(写真は2024パリ五輪)
陳幸同を破った平野美宇(写真は2024パリ五輪)写真:長田洋平/アフロスポーツ

この勝利は、日本女子卓球黄金時代の幕開けだと私は見る。

それは早計だと考える向きもあるだろう。まず考慮しなければならないのは、中国にとってのアジア選手権の位置づけである。重要な大会であることは間違いないが、五輪や世界選手権ほど重視していないことは戦績や選手の起用を見れば明らかだ。

中国はこれまで、アジア選手権では他の大会と比較すると最も多い5度も敗れている。また、平野美宇が女子シングルスで中国選手3人を倒して優勝したのもアジア選手権(2017年)だった。その大会で平野に敗れた丁寧(当時世界ランキング1位)は、翌々月の世界選手権できっちりと平野にリベンジしている。

今回のアジア選手権では、世界ランキング1位の孫穎沙こそ出ているが、2位の王曼昱、3位の陳夢が出ていない。パリ五輪で日本を破った3人のうちの2人が出ていないのだ。到底ベストメンバーだったとは言い難い。

それでもなお私は、日本女子は近い将来、中国を超えると見る。その理由は選手の年齢構成である。中国と日本の世界ランキング20位以内の選手の年齢は以下のようになっている。

1位 孫穎沙 (中国)23歳

2位 王曼昱 (中国)25歳

3位 陳夢  (中国)30歳

4位 王芸迪 (中国)27歳

5位 早田ひな(日本)24歳

6位 陳幸同 (中国)27歳

7位 張本美和(日本)16歳

9位 伊藤美誠(日本)23歳

12位 平野美宇(日本)24歳

17位 大藤沙月(日本)20歳

現状は、世界ランキング上位を中国勢が独占しており隙がないように見える。しかし、年齢を見るとそうとも言えず、むしろ中国の不安が見て取れる。若手が育っていないのだ。もちろん、世界ランキングがどれだけ実力を正確に反映しているかはわからないし、出場機会を与えられない猛者がランク外に潜んでいる可能性もある。ただ、張本クラスの若手が10代にいないことだけは間違いない。

勝ち続けることを使命と考える中国卓球界は、世代交代に関して入念な采配を行ってきた。有望な若手がいれば、経験を積ませるために必ず早くから大舞台に起用する。陳夢が20歳、王曼昱が19歳、孫穎沙が20歳でそれぞれ五輪または世界選手権の団体メンバーに入ったように。

2024パリ五輪女子団体優勝の中国。このメンバー構成自体に将来への不安が表れている
2024パリ五輪女子団体優勝の中国。このメンバー構成自体に将来への不安が表れている写真:ロイター/アフロ

しかし中国は、2024パリ五輪という超重要な大会を、陳夢、孫穎沙、王曼昱という2020東京五輪とまったく同じメンバーで戦った。五輪に団体戦が採用された2008年北京大会以来、中国が2大会続けて同じメンバーで戦ったのは、男女を通して初めてのことだった。それだけ有望な若手がいないということであり、また、そのメンバーでなければ日本に勝てないと考えていたということでもある。

中国がこうした不安のある状況を長年培った常勝戦略と底力で乗り切るのか、あるいは日本女子が完全に中国を超える日が来るのか。こうした未曽有の状況に今、女子卓球界はある。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、一般企業にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、執筆、講演活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。NHK、日本テレビ、TBS等メディア出演多数。

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