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石川佳純はなぜ「世界卓球」代表落ちしたのか 実力でも若返り戦略でもない理不尽すぎる理由

伊藤条太卓球コラムニスト
石川佳純(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

石川佳純(全農)29歳。世界選手権には、14歳で初出場した2007年ザグレブ大会(クロアチア)から2021年ヒューストン大会(米国)まで14回連続出場し、五輪にも2012年ロンドン、2016年リオ、2020年東京と3回の出場を誇る日本卓球界を支えてきた大選手である。

その石川が、今年9月から成都(中国)で行われた世界選手権に代表落ちした。さらに、来年5月にダーバン(南アフリカ)で行われる世界選手権にも出られない見通しとなっている。

技術の進歩が激しく、有望な若手が次々と現れる日本女子卓球界。一時代を築いた石川にも実力的にとうとう世代交代の時期がきたのかと誰でも思うだろう。

しかし、石川の代表落ちは実力によるものではなく、きわめて理不尽な理由によるものである。

理不尽な選考といえば、客観的な指標に基づかない不透明な選考や、世代交代を促進させるために若手を優先するといった選考に思われがちだが、そういう理由で落とされたのでもない。そういう理由なら、本人は納得がいかなくてもむしろ妥当な選考である。卓球は相性がある競技だし、調子による出来不出来も激しい。客観的な指標にも限界があるため、最後は結果に責任を持つ者が、その知見をもとに選ぶことも必要である。若手を優先するのも長期的な視野に立てば当然で、福原愛も張本智和も、そして当の石川自身もそのように起用されてきたからこそ大選手となったのだ。戦略的選考の結果なら少しも理不尽ではない。

石川の代表落ちは、実力でもなければ戦略的な選考によるものでもない。単なるクジ運によるものなのだ。それが理不尽という意味である。

2022年世界選手権成都大会の選考は、5人を選ぶのに、全日本選手権(以下、全日本)優勝の伊藤美誠以外の4人は、3月に行われた「LIONカップTOP32」という「1回負けたら終わり」のトーナメント戦一発で決められた。ベスト4に入った4人がそのまま代表となったのだ。前代未聞の選考である。いや、全員が機械的に決められたのだから、選「考」ですらない。

トーナメント戦は、組み合わせによって結果が左右され、優勝者以外の順位はアテにならない。だからこそ、これまでの選考でトーナメント戦の結果を使う場合には、優勝者しか選考の対象にはしなかった。

「LIONカップTOP32」では、組み合わせ抽選会の様子がYouTubeで公開され、公平性が強調された。1月の全日本の結果をもとに、強い者同士が早めに当たらないように配慮し、なおかつ全日本と同じ対戦カードが起こらないよう巧妙に配置を工夫し、選択の余地がある場合だけクジを引く抽選だった。透明性、公平性、いずれも申し分ないように見えた。関係者の誠意は疑いない。

その結果、何が起きたか。世界ランキングが日本選手中2番目の早田ひなと、3番目の石川が同じブロックに入り、どちらかが代表落ちする組み合わせとなったのだ(平野美宇が木原美悠のブロックのクジを引き、石川は自動的に早田のブロックとなった)。結果、石川は準々決勝で早田にフルゲームの9-11という大接戦で敗れ、勝った早田は最終的に優勝した。石川は、優勝した早田に大接戦で1回負けただけで、自身15回目となるはずだった世界選手権の出場を逃したのだ。

なるほど、石川がそのブロックに入ったのは元はといえば全日本で加藤美優に負けてベスト16に終わったためであり、実力の反映だという理屈もある。しかし、その全日本もトーナメント一発なので精度が低い。卓球の実力は、そう安定して結果に表れるものではない。全日本で優勝し、日本選手の中で世界ランキング最上位の伊藤が、この大会では長崎美柚に敗れて石川と同じベスト8に終わっていることがその証左である。後述するが、これはパリ五輪の選考会でもあったのだから手を抜いたはずもない。

2022年1月の全日本選手権で優勝した伊藤美誠。「LIONカップTOP32」では石川と同じくベスト8に終わった
2022年1月の全日本選手権で優勝した伊藤美誠。「LIONカップTOP32」では石川と同じくベスト8に終わった写真:森田直樹/アフロスポーツ

トーナメント戦ではなく総当たり戦ならよかったという話でもない。もちろん総当たり戦の方が何倍もマシではあるが、それでも翌日同じことをすれば順位が変わるのが卓球である。一度の選考で何人も決めてしまうことそのものに無理があるのだ。しかも、日本選手どうしでやっている限りは、対外的な実力の指標としては怪しくなる。プレースタイルにより、国内で強い者が国外でも強いとは限らないからだ。

良くも悪くも卓球はこういう競技なので、選考方法は長年の試行錯誤によって改良が重ねられてきた。近年では、対外的指標である世界ランキングや国際大会の戦績、全日本の優勝者、選考会(グループごとの総当たり戦&決勝トーナメント戦)の優勝者、そして卓球に関する深い知見と覚悟を有するはずの強化本部による「推薦」を注意深く組み合わされた選考方法となっていた。

参考記事

【卓球】代表選考の歴史「選考リーグ1位で出られないならどうしたら出られるんですか?」

それがなぜか今回は、それらすべてをご破算にする驚愕の一発決めの選考が採用され、石川はそれによって代表落ちしたのである。こんな決め方をしたらどれほど強くても落ちる可能性が出てきてしまう。実際、石川が落ちなかったら早田が落ちたのだし、結果的に世界選手権で歴史的大活躍をした男子の張本も負けて出られなかった可能性も十分にあった。そんな危険な選考だったのである。

実はもともと「LIONカップTOP32」は、パリ五輪選考会の第1回として行われた。Tリーグ個人戦を含む同様のトーナメント戦を2年かけて8回にわたって繰り返して戦績をポイント化し、これにTリーグ、全日本、アジア選手権、アジア競技大会、世界選手権(個人戦)のポイントを合計した結果の上位2名がパリ五輪のシングルスに出られることになっている。

抽選によるトーナメント戦を8回も繰り返せば実力を正確に測定できるという目論みだが、あろうことかその第1回で世界選手権の選考を兼ねてしまったのである。

一発決めは論外として、その後、選考トーナメントは4回目まで行われたが、パリ五輪選考に向けてどれだけ正確に実力を測定できているのだろうか。

下の表は、12月5日現在の選考ポイント上位7名について、ポイントの内訳を独自に調べたものである。これまでの4回のトーナメント戦のベスト8決定戦以降(7人全員がすべての大会でベスト16まで進んでおり、そこまでは点差がないため)の順位決定戦を含めたすべての対戦を総当たり戦の表に入れ込み、誰と対戦して何ポイント得たのかわかるようにした。

筆者作成
筆者作成

〇印は、その対戦で勝って得たポイント(負けた場合との差分から計算)で、×印は負けた試合である。対戦ごとに得るポイントが違うのは、トーナメントのどこで対戦したかによる。「選考会」では順位決定戦によって1位から8位までを決め、それらの獲得ポイントが5点刻みになっている(優勝50点、2位45点、・・・、7位20点、8位15点)ので、ベスト4決定で勝つと一気に20点が入る一方、決勝で勝っても5点しか入らない。不思議な配点だが、トーナメント戦の結果をポイントにすること自体に無理があるのだからこれは仕方がない。

一見してわかるのは、圧倒的勝率の早田が1位なのは妥当として、2位から7位までの順位が、概ね「8位以下の選手と対戦した回数」の順になっていることだ。石川はそれらの選手との対戦がもっとも少なく、ポイントも10点と極端に少ない。一方で、早田、伊藤とは合計4回も当たって全敗しており(そのうち1回は怪我で棄権)、平野、長崎美柚、芝田沙季にはきっちり勝っている。木原とはやっていない。これで7位なのである。

そして、実はこのパリ五輪選考レースの途中結果の上位5名(同点選手の決着方法は決められている)が、来年の世界選手権のアジア大陸予選に出場できることになっている。つまり、8位以下の選手と多く対戦できた順に世界選手権に出られることに現実なってしまっているのである(恐ろしいことにパリ五輪選考もこの延長線上にある)。

石川は、今年の世界選手権には一発決めのトーナメント戦で優勝した早田に負けて出られず、来年の世界選手権には8位以下の選手との対戦が少ないために出られないのである。

私は「石川を出すべきだ」と言っているのではまったくない。「これでは実力がわからない」と言っているのだ。実際に石川が8位以下の選手と多く対戦してもポロポロと負け、平野以下との対戦を繰り返せば、やはり負け越して7位以下が妥当なのかもしれないし、そうではないかもしれない。やっていないのだからわかりようがない。

もちろん、こうした組み合わせも配点も選考方法も、特定の選手を不利にしようと目論んで決められたものではない。石川はクジ運が悪かったのにすぎない。これを「同じ条件で抽選したのだから公平だ」と考える人もいるだろう。しかしそれは「ジャンケンで日本代表を決めればみんな同じ条件だから公平だ」と言うのと同じく、選考の目的を忘れた間違った考えである。観客を楽しませるための興行ならいざ知らず、これは選考会なのだ。わざわざトーナメントの組み合わせ運や抽選などの不確定要素を入れ込む必要などどこにもない。「運も実力のうち」で済ましてよいことではないのだ。

選手選考は、可能な限り偶然の要素を排し、総合的な実力を正確に測ってなされなければならない。あるいは、強化本部によって独断的に戦略的に決められなければならない。どちらも勝つために必要なことだ。これまでそうしてきたように。

日本卓球界に計り知れない貢献をした大選手・石川佳純は、そのキャリアの最後を実力でも戦略でもなく、見せかけの公平さによるクジ運で終わらせられようとしているのである。そうであることさえ誰にも知られずに。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、一般企業にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、執筆、講演活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。NHK、日本テレビ、TBS等メディア出演多数。

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