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清原果耶主演『透明なゆりかご』は、最終回が「再再放送」された秀作

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

綾瀬はるか主演『義母と娘のブルース』(TBS系)などが話題を呼んだ、今年の夏ドラマ。しかし、目立たぬ秀作がNHKにありました。10月4日に、好評だった最終回が“再再放送”された、ドラマ10『透明なゆりかご』です。

物語の舞台は由比朋寛(瀬戸康史)が院長を務める、小さな産婦人科医院。そこに看護師見習いとしてやって来たのが、高校の准看護学科生である青田アオイ(清原果耶)です。

産婦人科といえば、最近だと綾野剛主演『コウノドリ』(TBS系)の印象が強いですよね。あのドラマでは、総合病院における最新の「チーム医療」が描かれていました。

しかし、由比のところのような個人病院ではとても無理です。その代わり、由比は個々の妊婦とその家族に可能な限りコミットしていきます。いや、むしろ彼はそのために独立したと言っていい。

実際に、この個人医院を訪れる妊婦たちは、それぞれの事情を抱えています。受診歴のないまま来院し、出産後に失踪する人。自らの持病のために出産を断念しようとする人。それどころか、出産後の血圧低下で命を落とす人もいるのです。

また、このドラマは死産や中絶といった重いテーマも、果敢に取り込んでいました。中には14歳の中学生が妊娠・出産するという回もあったくらいです。その判断に至るまでの本人や家族の葛藤をきちんと描き、さらに出産から9年後の母子の姿までも見せていました。

何より好感がもてたのは、どのエピソードでも、決して「わかりやすい結論」を下していなかったことです。理想や倫理だけでは白黒つけられないグレーの部分で、悩んだり、傷ついたりしている妊婦や家族。そんな彼らを静かに見つめていくのがアオイたちです。

実はアオイも、ADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断された過去をもっています。また感情の起伏の激しい母親(酒井若菜)との関係もうまくいっていませんでした。

自分に自信が持てなかったアオイが、命の現場に立ち会うことで少しずつ成長していく。16歳の清原さんはドラマ初主演でしたが、アオイが憑依したかのような“静かな熱演”は、特筆すべきものでした。

原作は、沖田×華(おきたばっか)さんの同名漫画です。しかも、小学生時代の「ADHD」も、高校時代の「看護師見習い」も、看護師としての「病院勤務」も、沖田さん自身が経験したことだそうです。このドラマのリアリティを支えている、大きな要素かもしれません。

そして脚本は、『失恋ショコラティエ』(フジテレビ系)や『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(同)などの安達奈緒子さんが手がけていました。

無理にドラマチックにしない、抑制の効いた安達さんの脚本は、女性が、女性であるがゆえに抱える、やるせない気持ちまでも丁寧にすくい上げながら、生真面目でいて温もりに満ちた「命」のドラマを構築して、見事でした。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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