森友捜査の女性元特捜部長が大阪地検ナンバー2の次席検事に栄転
森友事件の捜査で注目された当時の大阪地検特捜部の女性特捜部長が、函館地検検事正を経て大阪地検ナンバー2の次席検事に就任することになった。
これは“ご褒美人事”か!?
山本真千子氏。大阪地検次席検事に来月8日付けで就任する。おととし、大阪地検特捜部が森友学園の籠池泰典元理事長と妻の諄子さん夫妻を逮捕・起訴したのも、去年5月、佐川宣寿元国税庁長官をはじめ背任や公文書改ざんで刑事告発された財務官僚らを全員不起訴処分としたのも、彼女が大阪地検特捜部長の時だった。
公文書改ざんでは財務省近畿財務局の職員が無理矢理改ざんさせられたことを苦に自ら命を絶ったが、誰もおとがめなしだったのである。
山本元特捜部長はその後同期のトップを切って函館の検事正に就任したことから「ご褒美人事」と揶揄されたが、今回の異動はもっと凄い。
検察の出世コースに乗った
大阪地検次席検事になると組織の出世階段が約束されたようなものだ。例えば今回の人事で、今の次席検事は次は大阪高検次席に、前の次席は今は高検次席で次は大阪地検トップの検事正になる。ここまで来ると全国8か所の高等検察庁のトップである検事長まで進むことが多い。認証官と呼ばれ、大臣らと同じく天皇陛下から直接認証を受ける名誉ある官職だ。現在の検察組織ナンバー3の大阪高検検事長も大阪地検検事正経験者だ。山本真千子元大阪特捜部長は見事に検察の出世コースに乗ったのである。
山本特捜部長(当時)はギリギリまで頑張った側面もあったのだが…
私はNHK大阪放送局で司法担当記者だった時に山本特捜部長を取材している。財務官僚不起訴の会見にも出席して質問した。その時のことを著書「安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由」に以下のように書いている。
【「この事件の捜査には国民の大きな期待と注目が集まっていましたが、全員不起訴という結論で終わりました。このことを特捜部長としてどう考えていますか?」
山本特捜部長は答えた。
「必要かつ充分な捜査を遂げた結果、真相を解明し、それが犯罪になるかどうかを判断して不起訴にしました」
真相を解明したと言った!ここを突っ込むべきだ。
「真相を解明したとおっしゃいましたが、その真相は明らかにできるのですか?」
「関係者の名誉やプライバシー、捜査の内容に関わるため、それは明らかにはできません」
結局、明らかにできないんじゃないか。だから起訴すべきなんだ。起訴して公判になれば、特捜部が集めた膨大な証拠はすべて法廷に出される。そして公判廷で明らかにされる。有罪かどうかは裁判官が判断すれば良い。そのための刑事裁判だ。特捜部は過去に無理矢理の起訴を繰り返してきたのに、今回に限って無理矢理の不起訴で証拠を闇に葬ったんだ。私はそう感じていた。】
その日の夕方の関西向けのニュース。私はスタジオ解説で次のように述べた。
「特捜部は1年3か月という長期間にわたる捜査で、大勢の関係者から事情聴取を行い、多数の証拠を集め、膨大な国費が費やされました。しかし全員不起訴では、集められた証拠は一切日の目を見ません。起訴すれば法廷で明らかにされるのです。それで国民が納得するでしょうか?通常、検察庁は、不起訴にした事件については説明しませんので、今回の会見は異例だとは言えますが、やはり問題の真相は明らかになっていません。国有地の値引きの根拠の説明もなかったこと、決裁文書の改ざんが300か所以上と膨大なこと、佐川氏が「交渉記録は廃棄した」とうその答弁をしていたことからして、国民から納得が得られるかは大いに疑問です。」
この時、私はすでに記者を外すと通告されており、NHKを辞める決意をしていた。最後の離任のあいさつについて著書では以下の通り記している。
【数日後、私は大阪地検の特捜部長室に異動のあいさつに訪れた。山本真千子特捜部長は私の異動を先刻ご承知だ。和やかな会話の後、部長が私に尋ねてきた。
「相澤さんは、会見でのあの質問を前もって考えていたんですか?」
「いや、あの場で考えました。部長の答えを当日の記者解説で使おうと思って考えたんです」
「そうですか…私はね、相澤さんが解説で話したことに何も言うつもりはありません。でもね、そのあとの7時の全国ニュースで、私の顔写真を使ったでしょう。あれはちょっとね」
「そうですね、わざと斜めにして、印象悪く見えますよね。あれは意地悪だと私も思います」
山本特捜部長は「相澤さんが話したことに何も言うつもりはない」と言った。これを私は「私の解説内容に異論はない」という趣旨だと受け止めた。特捜部長自ら、不起訴に国民は納得しないことを事実上認めたのだと思った。
こうして会話は終わった。すべてを不起訴にして山本部長は栄転するのだろう。事実、3週間後、同期のトップを切って(3人同時だが)函館の検事正になった。
だが、山本特捜部長が最初から不起訴ありきで捜査を指揮していたとは思わない。東京からやいのやいの言われてもギリギリまで捜査を続けていたこと自体が、そのことを物語ると思う。ギリギリになって一転、全員不起訴が決まったのは、何か大きな力が働いたのではないか?そんな気配を感じさせるものがある。】
私は今も山本真千子氏について個人的には好印象があり、森友事件の背任捜査で現場の特捜検事にギリギリまで捜査を許していたという側面もあったと感じている。だが最後は全員不起訴になった。大組織の圧力にはあらがいがたいということだろう。今回の人事もそれを決めた上層部の問題と言える。
人事周知は籠池夫妻求刑の前日
この人事が検察内部で周知されたのは10月29日。偶然にも筆者の誕生日だが、それよりこの日は籠池夫妻の詐欺事件の裁判の論告求刑の前日だった。これも因縁だろう。
論告で検察はものすごい早口で長々と書面を朗読した。あまりの長さに裁判長が「書面の朗読は結構ですから。読めばわかりますから。簡潔に要約して話してください」とたしなめたほどだ。さらに論告のほとんどが籠池泰典元理事長ではなく妻の諄子さんに関するもので、しかもこれまで法廷で主張してこなかった内容だった。これには諄子さんの主任弁護士が怒りをあらわにし、「これまでしてこなかった主張を論告になってするなんて非常識だ。それなら弁護側としてもきょうの最終弁論の内容を補足して後日追加書面として提出する」と釘を刺した。最初から最後まで異例ずくめの公判だった。
取材記者としての私の実感は「軍配は弁護側。検察の主張には無理がある」これは「籠池夫妻は間違っていない」という意味ではない。財務省の背任より籠池夫妻の捜査を優先し、最終的に夫妻だけを恣意的に狙って財務省はおとがめなし。その一連の流れが刑事手続きとして不当だということだ。
裁判所の軍配は?そして山本真千子元特捜部長のコメントは?
もちろん実際の軍配は裁判所が下す。検察の求刑は夫妻ともに懲役7年。判決は来年2月19日だ。そして次席検事は広報責任者だから、籠池夫妻の判決で地検コメントを出すのは山本真千子氏になる。
果たしてどういうコメントになるのか?「適正な判決と受けとめている」となるか?「上級庁と協議し適切に対処する」となるか?そこは判決次第であるが、少なくとも「私はこの事件をよく知らない」とは言えない。彼女ほどコメントを出すのに適任者はいない。これも皮肉な巡り合わせだ。
【執筆・相澤冬樹】