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東京地下鉄千代田線6000系車両、最終の「さよなら列車」の車内で起きた混乱はだれが悪いのか

梅原淳鉄道ジャーナリスト
東京地下鉄千代田線から引退した6000系(ペイレスイメージズ/アフロ)

激しい混雑を契機に車内は怒号と悲鳴とに包まれる

 東京地下鉄の千代田線が1971(昭和46)年に開業して以来、ずっと走り続けてきた同社の電車を6000系という。電車の顔である前面に特徴があり、向かって右側には大きな窓、左側には窓のない非常口をはさんで細長くて小さな窓が配置されている。写真をご覧になっておわかりになった方も多いかもしれない。

 6000系は2018(平成30)年秋限りで引退となる。東京地下鉄は、利用者の長年の愛顧に感謝して2018年10月13日(土)から同年11月11日(日)までの土休日に「千代田線車両特別運転」と銘打って、いわゆる「さよなら列車」の運転を行った。

 「さよなら列車」は千代田線の綾瀬駅と霞ケ関駅との間を13時台から14時台にかけて1往復している。事前の申し込みは不要で、なおかつ一般の普通運賃で乗車可能であったという。この手の「さよなら列車」の多くは定員制で、くじで選ばれた幸運な人たちが乗車する例が多い。東京地下鉄は、通勤電車として長年親しまれた6000系との別れの機会をより多くの人々に与えたいと考えたと思われる。

 鉄道のイベント、殊に「さよなら列車」であるとか路線の廃止といったイベントの場合、多くの鉄道ファンが押し寄せて混乱が生じるケースが多い。大勢が集まる式典の会場などで怒号が飛び交い、罵声合戦となるのは毎度の出来事だ。なかには、駅を出発しようとする「さよなら列車」に近づきすぎて急停車し、あわや重大事故というトラブルも見られる。

 今回の6000系の「さよなら列車」はどうだったのであろうか。実を言うと、鉄道ファンの悪評を覆すかのように大変平和的に推移した。ただし、「さよなら列車」のなかの「さよなら列車」である11月11日の綾瀬駅行きを除いては……。

 最終の「さよなら列車」に乗車した鉄道ファンが撮影した動画によると、車内の至るところで押すな押すなの叫び声が上がり、また乗車していた子どもたちが泣き出すといった様子が映し出されていた。これだけならば非常事態と筆者は考えないが、どうやら乗車していた人は身の危険を感じたらしい。終着駅の一駅前の北千住駅付近で、車内に設けられた乗務員への非常通報ボタンが押されている。

最終の「さよなら列車」はどの程度混んでいたのか

 鉄道ファンが引き起こすトラブルはマスメディア、特にテレビの格好のニュースだ。在京の民放の一部は翌11月12日のニュース番組で取り上げた。その際の視聴率がよかったのであろう。さらに翌日の11月13日にはより深く踏み込んで検証風に取り上げられ、専門家の解説付きで放送されている。

 かくいう筆者も、ともに13日放送の日本テレビ系「ZIP!」、TBSテレビ系「ひるおび!」の両番組にて事前の収録でコメントを行った。いわく、6000系とはどのような電車で、なぜ混乱が起きるほど人気があったのかというのが両番組で話した内容だ。放送後に確認すると、鉄道ファンが怒号を上げたのも、最終の「さよなら列車」の混雑に原因があり、東京地下鉄の対応に不手際があったのではないかという趣旨で締めくくられていた。しかし、いま挙げた趣旨は筆者の意見ではない。なぜなら筆者はそのように考えなかったからである。

 混雑の度合いは動画を見ても見当が付くものの、正確な数値を求めて東京地下鉄に確認した。同社の広報部によると、最終の「さよなら列車」の混雑率は200パーセントであったという。定員の2倍を意味する200パーセントの乗車率とは、「体が触れ合い、相当な圧迫感がある。しかし、週刊誌なら何とか読める」だ(国土交通省の定義)。混乱も起きるのはやむを得ないと考えていたところ、続いての回答に拍子抜けしてしまった。10両編成の6000系のうち、200パーセントの混雑率を記録していたのは先頭の1両、そして一番後ろから2両目の2両で、ほかの車両は定員乗車であったというのだ。

 身も蓋もない結論で恐縮ながら、混雑で混乱するのが嫌ならば、空いている車両に移ればよい。もちろん、移動したくないからこそそのまま乗り続けていたのであろう。その理由として、筆者がコメントした番組では、運転室の窓越しに運転士の運転操作を撮影したかったからだと推測していた。その可能性は高いが、運転室の付いていない後ろから2両目が混雑していた理由を説明できない。

 筆者は、終着駅の綾瀬駅に到着したらいち早くプラットホームに降り、先頭と最後部とにある電車の前面を撮影したかったからだと考える。けれども、やはり後ろから2両目の車両が200パーセントの混雑を記録していたのかを説明できず、結局確たる理由は不明だ。

 最終の「さよなら列車」の車掌は、各車両の混雑状況を把握しており、空いている車両へと案内したという。最終的には指示に従わなかった鉄道ファンの責任だ。とはいえ、動画を見ると、混雑率は200パーセントというほど過酷なものには見えない。あまり圧迫感があるように思えないし、何より走行中の車内で移動している人の姿が確認できるからだ。

 少々専門的ながら、東京地下鉄は混雑率を測定した際、車内に乗車していた人の数を数えたのではなく、6000系の車体と台車との間に付いている空気ばねの沈み具合によって総重量を測定したため、多少の誤差、もっと言えば実際には200パーセントまで届かなくてもそのような数値をはじき出したと考える。6000系には、空気ばねが沈んだ分、加速力やブレーキ力を向上させる応荷重制御という仕組みが採用された。混雑によってブレーキの効きが悪くなっては困るので、多少の余裕をもたせた結果、たとえば180パーセント程度の混雑率であっても200パーセントと見なしたのかもしれない。

 要するに、最終の「さよなら列車」は混雑したから混乱は起きたものの、別にすべての車両で生じたのではなく、回避は可能であった。しかも、最も混雑していた車両も言うほどの混み具合とは思えない。最終の「さよなら列車」の混雑ゆえに東京地下鉄を非難するのであれば、2017(平成29)年度に町屋駅から西日暮里駅までの間に178パーセントという混雑率を記録した千代田線の毎朝のラッシュのほうが深刻だ。

東京地下鉄に改善の余地はあったのか。そして鉄道ファンの立場は

 となると、悪者は鉄道ファンという結論に至ると思われるであろうが、筆者はそうとも考えない。今回の最終の「さよなら列車」で最も深刻な混乱となる可能性のあった場所とは、終着駅の綾瀬駅のプラットホームだ。綾瀬駅では北綾瀬駅行きの列車が発着する0番乗り場を除いてホームドアは設けられていない。そのような状況で、営業運転に就いた6000系最後の姿を撮影しようとわれもわれもと前に殺到し、動き出した6000系と接触したり、線路に落ち、負傷者が生じるというトラブルこそが最悪の混乱である。過密ダイヤということもあり、綾瀬駅に到着した最終の「さよなら列車」は鉄道ファンらを降ろすと、一目散に車庫へと引き上げてしまった。お目当ての車両がすぐにいなくなったこともあり、目立った混乱は起きていない。東京地下鉄はここまで計算して「さよなら列車」を走らせていたのであれば大したものだ。そして、綾瀬駅で混乱を起こさなかった鉄道ファンの態度も褒めたい。車内での怒号については次回の検討課題にするとしよう。差し当たりはとにかく譲り合いの精神で、「どけ」と言われれば黙って去り、余計なことを言って騒ぎを広げないとよいかもしれない。

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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