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中村憲剛が助言を続ける理由 フロンターレの大黒柱が明かした「人間観察」の鉄則

金明昱スポーツライター
中村の助言にはチームメイトの能力を引き出す力がある(写真:川崎フロンターレ提供)

 中村憲剛の助言は選手を変えると評判だ。

 川崎フロンターレ一筋18年。36歳でJリーグMVP、37歳でリーグ初優勝、38歳でリーグ連覇、そして39歳の昨年は左膝前十字靭帯損傷の大ケガを負ったが、今年8月に301日ぶりの復帰を果たした。酸いも甘いも経験した大ベテランだからこそ、その言葉は胸に響く。

 10月31日に40歳の誕生日を迎える男の“人間観察力”に迫る。

「良くなる確信があった」魔法の言葉とは

「選手がどうなれば良くなるかは、見れば分かります。例えば大世と柄俊なんて、思考がまったく同じでしたから(笑)」

 中村憲剛が最初に挙げた選手は、“元チームメイト”のFW鄭大世(アルビレックス新潟)とFW安柄俊(Kリーグ・水原FC)だ。在日コリアンの2人はともに川崎フロンターレでプロデビュー。

 鄭は2006年から2010年、安は2013年から2016年まで在籍した。中村を尊敬してやまない2人は「(川崎時代に)憲剛さんが助言してくれたことが、今ではよく分かる」と語っていたことがある。

 2人にどのような言葉を掛けて、成長をうながしてきたのだろうか。結果を出せずにもがいていた当時を中村が振り返る。

「答えは簡単でした。Jリーグではよくあることですが、彼らは能力が高いから、大学生まではそれだけでやれてきたんです。ただ、Jリーグの“ピラミッド”を上がっていくと、能力だけでは戦えなくなります。当時は2人とも若く、『点が取りたくてしょうがない。俺が取るんだ』という気持ちも本当に強かった。それを分かったうえで、『周りもうまく使いながらやれば、もっと簡単に点が取れるんじゃない?』と言い続けました。それができれば、彼らはもっと良くなる確信があったからです」

川崎フロンターレでチームメイトだった中村憲剛と鄭大世(写真:アフロスポーツ)
川崎フロンターレでチームメイトだった中村憲剛と鄭大世(写真:アフロスポーツ)

川崎を離れて覚醒した在日コリアンの点取り屋たち

 2人のプレーに変化が現れたのは、川崎フロンターレを離れてからだった。韓国Kリーグの水原三星でプレーしていた2013年頃から鄭は周りをうまく使い始め、ゴールを量産できるようになった。

 安も昨年からKリーグに渡り、才能が開花。今季はKリーグ2部で得点ランキング1位(10月25日時点)をひた走り、おもしろいようにゴールを決めている。こうした近況を中村に報告すると、「やっとサッカーが分かったか。昔からずっと言っていただろ」というメッセージが届いたという。

 中村はかつてのチームメイトの活躍に目を細める。

「気づいてくれたことは本当に良かったです。もちろんフロンターレにいる時に気づいてくれるのが、ベストだったんですけれども(笑)。気づかないままだったら、たぶん2人とも、サッカーを本当に楽しめなかったと思いますから」

根底に流れる「人間観察が好き」という思考

 クラブを巣立った選手を思いやる優しさが中村にはある。もちろん現在のチームメイトに対しても同じ目線だ。選手の特徴をつかみ、的確なアドバイスを送るにも「コツがある」という。

「毎日言い続けないことが鉄則。試合や練習中に『そこ』っていうタイミングがあるんです。ずっと気になっていたようなプレーをした時に説明をするほうが、相手はより理解しやすくなりますよね。分かりやすいのは、大きなミスや痛い目にあった直後、あとは完全に煮詰まっている時。だって、そのほうが俺の言葉に説得力が出ますから(笑)」

ケガを乗り越えて復帰した中村。チームの大黒柱として奮闘する(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
ケガを乗り越えて復帰した中村。チームの大黒柱として奮闘する(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 中村は”人間”をよく見ている。「人間観察が好き」だから、周囲にも気づきを助言として送り続けているが、それゆえに頼られすぎることはないだろうか。

「『こういう時はどうすればいいか』みたいな質問もたまにあるのですが、結局、言ったことを相手がちゃんと聞いていれば、聞いてこなくなるんですよ(笑)。できるようになれば、アドバイスは必要なくなる。こっちがバーっと言って、『何かある?』って聞くと『もうないです』ってなる。要は先に全部言っちゃう。チームメイトのことはずっと見ているので、今、これを言ったほうがいいな、という時がきたら、すぐに全部言っちゃうんです」

フロンターレの“大黒柱”が助言を続ける理由

 口で言うのは簡単だが、相手のことを普段からしっかり見ていなければ、正しい方向には導けない。中村は主力に成長したFW小林悠とMF守田英正を例に挙げて説明した。

「悠はもともと自分で点を取りたいという思いが強い選手だったけど、型を見いだしてからは、そんなに声を掛けなくてもよくなりました。今は“あうんの呼吸”でプレーができています。守田は1年目にグンと伸びて、日本代表まで行った。だから、2年目の時に『おまえは気を付けてやらないと大変だぞ』という話をしたんです。成長して、どんどん欲が出てくると、見えてくるものも多くなります。もちろん一選手としてはいいことだけど、それとチームが求めている仕事とは微妙に違っていたりしますから」

 中村の“後輩思い”の根底にはこんな思いもある。

「フロンターレに来たからには誰もが良くなってほしいし、活躍してほしい。もちろん“枠”を争うライバルかもしれませんが、フロンターレを背負ってピッチに立ってほしいわけです。今、自分が持つ経験や知識を、下の子たちに伝えていくのは自然のこと。このあと俺がいなくなったとしても、若い時からずっと声を掛け続けていれば、その選手たちが主力や中堅になってくれる。今では(小林)悠や(谷口)彰悟や(大島)僚太もちゃんと主力に成長した。チームはただ続くだけじゃダメ。フロンターレとしておもしろいものを見せて、伸びてほしいから、後輩たちに助言するんです」

主力として活躍する小林悠、谷口彰悟、大島僚太ら若手が成長するのを見るとうれしいという中村(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
主力として活躍する小林悠、谷口彰悟、大島僚太ら若手が成長するのを見るとうれしいという中村(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 すべてはフロンターレのため――。

 中村は「自分の役割がそこまで大きいとは思っていません」と謙遜するが、そうした能力でチームメイトの良さを引き出してきた歴史があるからこそ、今季の川崎はJ1で首位を独走している。

「今はみんなの志が高くて、一人一人が質を求めているし、飽くなき向上心もあります。このチームにはそういう空気がすごくある。それは(負傷した左膝の)リハビリをしている時から頼もしかった。実際に戻ってきた時も、これはどんどん伸びていくなと感じました。今シーズンは過密日程のため、いろんな選手がローテーションで出ているので、ものすごい相乗効果がある。モチベーションも高い。チームがより良い方向に進んでいると感じます。そこに携われていることがうれしいです」

「アンテナ3本立っています。自分で圏外にしたら終わり」

 中村自身もピッチで戦う覚悟はまだ消え失せていない。

 インタビューが終わりかけたころ、「みんな簡単に『カズさんを超えろ』と俺に言うんですが、無理ですよ」と苦笑いを浮かべた。復帰できるかも未知数だった大ケガを乗り越えた中村は、川崎一筋で18年間走り続けてきた選手だ。

「ずっとフロンターレだからってマンネリはないんです。タイトルを取ったら、もう1回欲しくなる。自分が刺激を受け取れる心構えでいるので、いつだってアンテナはバリバリ3本立っていますよ。自分で圏外にしたら終わりですから。僕は35歳を過ぎてから、MVPをもらって初優勝を経験した超まれな選手だと思います。それは周りの人や後輩が育ってくれたおかげ。やっぱり続けることが大事だということです。あきらめなければ絶対に自分に返ってくるんです」

 中村憲剛、まもなく40歳。今が一番充実しているのかもしれない。己を奮い立たせ「何か気づきを与えられる選手でありたいというのは、自分の中にずっとある」という境地に達した。

 フロンターレの大黒柱の“人間力”はここにあったのだ。

今年40歳になってもなお向上心に溢れている。中村の背中を見て学ぶべきものは多い(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
今年40歳になってもなお向上心に溢れている。中村の背中を見て学ぶべきものは多い(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

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スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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